セブシックOP3の思い出②~「第2変奏曲」 | 寝ぼけ眼のヴァイオリン 寿弾人kotobuki-hibito

 

 

 

さて、セブシックOP3についてのまとめ記事です。セブシックOP3について知りたい人は前回の記事をご覧ください。

 

これは第2変奏曲。セブシックOP3のいいところはひとつひとつの練習曲が短いということ。見ての通り、短いでしょ。

ヴァイオリンの練習曲集では、ヴァイオリニストのカイザーさんの書いた練習曲集も有名ですが、カイザー練習曲集は偏執狂のように一曲が長いことで知られています。わざわざ短く編集した教則本が作られるほど、耐えがたい長さなのですよね。それでいてカイザー練習曲は、長いくせにヴァイオリンのどの技術を習得させたいのかがわかりにくい。

それに引き換え、セブシックOP3は一曲が短いうえに、その曲がきちんと弾ければ何がマスターできたかが明確なのです。

これはヴァイオリンを練習する人にとって、たいへんありがたいのです。

 

第2変奏曲はスピッカートの指定が入っています。おまけに音符には楔(くさび)のマークが入っています。

これね、スタッカートではありません。スタッカートなら音符にあるマークは点になります。

どう違うのか?

スタッカートは小学校の音楽の授業でも習うでしょう。「音を短く」という意味です。これは楽譜に一般的に使われる記号。

で、スピッカートというのは、何か?

これはヴァイオリン奏法の用語です。ヴァイオリンは弦と弓の毛を擦って音を出しますが、これは弦の上で弓を弾ませるという奏法のことです。

ヴァイオリンの場合、音符のスタッカートの出し方にもいろいろあります。弓の毛をあらかじめ弦の上に乗せておいて、ちょっと擦ってすぐ止めても「音を短く」していますから、スタッカートにはなります。

ただヴァイオリンには独自の音の出し方があり、弦の上で弓を弾ませる方法でもスタッカートを表現できます。この奏法でスタッカートをすることをスピッカートと言うわけです。

 

では音符にある楔マークはスピッカートのことを意味しているのか?

これが違うんですよね。この辺が面倒です。

楔マークはおそらくこれもヴァイオリン特有の表示だと思います。楔のように、音を出す瞬間に弦に弓の毛を押し付け、擦り始めたらすぐに力を抜いて、音を短く出す。そういうヴァイオリン特有の奏法を指定しているのです。

「短い音」なので確かにスタッカートではあるのですが、ガッガッガッというふうに、音のエッジが効いたヴァイオリン特有の奏法で音を出せ、ということです。

 

まとめてみましょう。

この第2変奏曲は、どの音もスタッカートですが、ヴァイオリン特有の奏法指定があり、弦の上で弓を弾ませながら(スピッカート)、弦に弓の毛が触れる瞬間に力を入れすぐに力を抜く(楔マーク)ということをやってください、というわけ。

 

弦の上で弓をポンポン弾ませるのは、これはもう慣れ、ですね。ポンポン弾ませる練習して、それができたら今度は弓の毛と弦が触れた瞬間にちょっとだけ擦って音を出す。

これで軽い音がする軽快なスピッカートの完成です。

ただし右手で弓を正しく持てていないと弓のコントロールがきちんとできませんから、弓の持ち方はこれ以前にマスターしておかねばなりません。実はこの弓の持ち方が実にやっかいです。初心者はそもそもこれができません。弓の持ち方は極めて不自然なので、長いこと練習していると右手の手のひらが筋肉で分厚くなります。5本の指の根元が盛り上がってくるんですよね。だから弦楽器やっている人の手はすぐわかるものです。私のように年取ってから始めると、指や手のひらの筋肉は、肘を通って肩までつながっていますから、五十肩や腱鞘炎を発症したりすることになります。ストレッチをきちんとしないとなかなか危険なのです。

 

問題はね、楔マークなんですよ。これが本当にやっかい。実を言うと、このセブシックOP3の40の変奏曲のうち、かなりがこの楔マークの奏法の練習なんです。

というのも、この楔奏法は、ヴァイオリンでの演奏でそれだけ重要なのです。

童謡などのゆっくりしたメロディを弾く際は、この楔奏法はほとんど必要ではありません。でもヴァイオリンのための技巧を凝らした速い曲の多くは、カッカッカッカッとエッジの効いた短い音を連続して出すことを要求してきます。ヴァイオリンってそういう意味ではまったく優雅な楽器ではないのです。

そしてこの楔奏法をどうやるかというと、弦に弓の毛が触れたときにちょっと力を入れて弓の毛を弦に引っ掛けるという感覚なんです。これを教えてくれた師匠は、弦に弓の毛が触れる瞬間にまず弓を押し付けて、それから弦を擦ってすぐ力を抜くとおっしゃっていました。でも私がこれをマスターしたときの感覚は「つんのめる」感じですね。急いで歩くとき足が上がらなくて、靴のつま先が地面に接してつんのめることってあるじゃないですか。あれをあえて弦の上でやる感じ。そしてつんのめったら「おっとっとっと!」とすぐ力を抜く。

まあ、とにかく感覚的なものなんですよ。だから弓を持つ右手の感覚が研ぎ澄まされてこないとできませんし、かなりの練習が必要です。

 

この練習曲は、ふたつの違った奏法をマスターするためのものですが、きちんとこの曲を卒業するには、指定速度♩=144で完璧に弾けないといけません。これはアレグロですが、まあまあ速いテンポです。このテンポでどの音も粒が揃ったきれいな音で弾けるようになればこの曲は卒業ですね。

ポンポンポンポンポンと5回弓を弾ませるたびに、カッカッカッカッカッと音を出すわけですが、これ、使う弓の毛はほぼ同じところで、1センチにもならないんじゃないかしら。

 

そしてこの曲には、弓を扱う訓練として、弓の上げ下げにも工夫が凝らされています。

最初の小節の最初の2音の上に「門」みたいな表示と「レ」みたいな表示がありますよね。

ヴァイオリンではこれは弓を引く(下げる)指定と弓を押す(上げる)指定なのです。

肉体の運動から考えれば、ひとつの音を出すのに、弓を引いたら、次の音は弓を押し上げて出す、というのはごくごく自然ですよね。

こうして弓の毛を弦に上下に擦りつけて音を出すのがヴァイオリンの基本ですから。

 

ところがこのセブシック先生はよく考えていらして、小節の終わりに八分休符を用意しているのです。

その結果、何が起きるか?

最初の小節は下げ弓(弓を下に引く)で始まりますが、次の小節は上げ弓(弓を上に押す)で始まるのです。

これ、なにげにいやらしい。

小節ごとに弓の動きがあべこべになるわけで、こういうことが器用にできないとヴァイオリンの基本は卒業できません。

普通、私たちは弓を下に引いて音を出すのを自然に感じますが、ヴァイオリンでは同じように弓を上に押して音を出すことにも慣れないといけないのです。

 

うーん、本当によくできた練習曲です。しかも実際に弾いてみると、なかなかいい曲なんですよ。短いけど。

 

ということで、今回はセブシックOP3の第2変奏曲についてでした。

 

 

 

追記 2024年3月5日

二人目師匠とのお別れも近いので、この「スピッカート+楔」について、深く問いただしました。

その結果、この「スピッカート+楔」の練習法はおそらく以下が有効です。

 

段取り①まずデタシェ(弓の毛と弦をくっつけ続けるべた引き)で全体を弾けるようにする。スピードも指定の速さで!

 これの目的は、移弦の時などの弓の動きを最小限にするためです。速いスピードの「スピッカート+楔」では、少しでも無駄な弓の動きがあると速さに対応できません。特に気をつけたい無駄な動きは、「弓を跳ねさせるのに力を使う(勝手に弓が弾力で弾むのが正しい!)」、「移弦などの時、弓の弾みが大きすぎてバタバタする(最低限の動きで弓を操ります!)」ということ。

 このうち「移弦などで弓の動きが大きすぎて(無駄がある!)バタバタする」のをなくすためです。

 デタシェだと自然と弓はもっとも効率のいい動き方になります。それができるようにまずするわけです。

 

段取り②スピッカート(楔なし)で全体を弾いてみる

 段取り①で効率的な弓の動きが習得できたら、スピッカートで演奏してみます。

 このとき、弓を弦の上で弾ませますが、そもそもスピッカートは勝手に弾む弓の力を利用するものです。弾ませるために何らかの力を加えているようではそれはスピッカートではありません。

 

段取り③一音一音に楔を加えてみる

 ただのスピッカートができたら、一音一音に楔を加えていきます。弓が弾んで弦に着地する瞬間に引っ掛ける、というのを根気強く練習していきます。最初はゆっくりで、ひっかける感覚とタイミングを覚えましょう。そして慣れてきたらテンポを速くしていく。スピードが速くなると感覚も研ぎ済まないといけなくなります。コンマ何秒というタイミングで、どんなときでもこれができるように。そして連続してずっと続けられるように。ひたすら練習です。