スポーツマン精神・・・お姉ちゃんにでもモテようと思ってんの?

 キレイごとばかりやってても、不条理は必ずや襲ってくる。

 そもそもだ、ルールを自分で作ってる訳でもない、奴隷同士の見世物運動会。

 そんなとき、幼稚なスポーツマン精神で対抗するとさ、行き詰まって生き難くなるんだっせ。

 獣には獣のルールがある、すなわち、自分が死んだらすべては終わる。

 人間は、どんなキレイごとを言ったところで、その持てる愛というもの、これは常に加害者・略奪者で生きているのが本当だ。

 そうとも知らず、偉そうな立場・スタンスで生きてるからこそ、マゾになり果ててる。

 

 大和の国の住人ならば、報道される国家だのというシロモノなんざ無視して良いだろう。

 その報道してる連中こそ、非国民、大和の国の者にあらず、トランプがアメリカの主要メディアすべてを敵に回してるのは酔狂なんかではなく、おなじような売国の徒だと知っているからこそだ。

 メディアを抑える、これで国家が簡単に手に入る? そんな時代がずっと続いているが・・・。

 阿呆も休み休み言いなさいよ。

 もっともらしいことを言っていながら、肝心要のところでアッチに行ってしまう、そんな大人ばかり、これを本当の陰謀と言うんだよ。

 

 資産あっても、財産あっても、借金・負債あれば落ち着かない。

 友人知人多くとも、身内や親戚多くとも、貸し借りあれば落ち着かない。

 俺はガキの頃からそんな哀れな大人社会を横目で嘲笑っておって、笑い過ぎて自分もその真っ只中に嵌ってしまってたこともあるけんども、いまでは借金・負債なく、貸し借りなく、のんびり生きて居れるようになった。

 これ、最上の贅沢というもんだ。

 身内も他人も区別なく、おなじ人類という感覚だけで付き合っておる。

 そうして今日終わりになるやも知れず、今日お別れになるかも知れず、だから後悔しないように生きる。

 大事なのは、俺自身が心底から笑っているかどうか、それだけだ。

 

 親子でも、恋人どうしでも、親友でも、夫婦であっても、ダラダラ優柔不断、煮え切らないケジメのない関係ならばとっとと終わりにするかどうかを話し合う。

 これが出来ないことじたい、安易も安易、自分に甘いだけのボケ老人・認知症予備軍だ。

 言葉のお遊びばかり、言葉で理路整然であることがさも凄いことのように思ってる馬鹿も多いけんども、その日常の行動は筋もなにも入ってないコンニャクな身体を持て余し・・・って、昔から相場は決まってる。

 騙されて、言いくるまれて、頷かされて・・・って、訪問販売の手口だろう。

 当たり前の話だけんども、その人を見るには言葉や喋りや文章ではなく、その日常の生き方だけで良い。

 

 今も、これからも、営業会社の在り方は、30年くらい前の我々の時代には戻ることもなく、スパルタや厳しいノルマやペナルティで洗脳するというような、そんな過去のやり方では通用しなくなる。

 競争の時代は終わった。

 洗脳の時代も終わった。

 経済の上昇や売り上げ追及の時代も、そろそろ終わる。

 借金・負債抱えて、守銭奴となり果てている法人や個人は、時代に取り残される。

 メディアの広告宣伝に影響を受けているのは、メディアに関わってる連中がほとんどのサクラ場。

 大企業同士の持ちつ持たれつでなんとか回転させてる収支なんて、いずれ終わりが来る。

 メディアの言う視聴率、これが人口の1割くらいの分母になれば、もっとまともな情報社会になる。

 1割でチャリティー運動会でもやってりゃ~エエがな・・・政治家や役人も入れてやってな。

 

 30年くらい前の派手な不動産バブルの頃、その中でも日本一の、兆円を超える負債を膨らませていた大阪のデベロッパーの東京支店を作ったもんだったが、石原慎太郎の元第一秘書以下の面々が先に別会社を青山の自社ビルに作っておったもんだった。

 信託銀行が作った住専、そこから迂回融資を受ける金融会社だな。

 事実は小説よりも希なり、三塚さんや渡辺さん、自民党の大物と呼ばれてた先生方とも取引はあった。

 大物芸能人、プロスポーツ選手・・・きりがないくらいに群がって来てたけんども、毎日のように新聞・テレビでニュースとなって出るようになり、国会でも毎日のように どうするか? どうしようか? とやってるうちに、蜘蛛の子を散らすように遠ざかって行ってしまったもんだった。

 総量規制という、都合の良い話が語られるようになった。

 日本興業銀行のバリバリの専務が小菅の拘置所に入れられて、出所するときにもお迎えに行ったことがあるけんども、足腰が弱ってしまってて、その後のことはついぞ連絡がなくなった。

 いろんなことがあった。

 ヤクザや右翼・その他もろもろ、大物のトップや幹部の元に、東京の一等地の地上げのオトシマエ交渉で出掛けて行き、いろんな楽しい打ち合わせもやっていた。

 裏話ならいくらでもあるけんども、別に話す気もない。

 人間の世の中社会は不条理から始まって、不条理に終わる。

 山奥で独りで生きて居ってもさ、地球や宇宙という不条理には逆らえない。

 過去とは、その時にすべてキレイにオサラバして、銀座で小さな自営の周旋屋を始めた。

 俺自身にも、他人の何倍もの日常があった。

 良い悪いなんてものは所詮は他人が語るものであって、気になんかしてたら生きてはいられない。

 みんなさ~、そこまで生き切ってみるべきさ。

 我慢して、体よく終わりにして、ほどほどで手を打って・・・後悔ばかりの生を積み重ねて、そのくせに過去を懐かしむなんてのは、調子の良い自己弁護、逃げ口上でしかない。

 誰から逃げるの? そう、自分自身からだ。

 ギャンブルに狂い、金儲けに狂い、時間とゼニ金に追われて、今の自分から逃げ回る。

 アルコールや薬に逃げるのとおなじこと。

 俺は、獣道に入ってしまってた。

 熊笹が胸まで道を覆い、見えない足元には木の根や瓦礫にコロコロ転がる石っころに、臭い新鮮な獣の糞。

 餓鬼畜生道というが、俺の歩いてきた道はそんなこと、ただただ責任と荷物はぜんぶ背負って生きて居る。

 山を歩くとき、いつもどんな山でも20キロ前後のザックを背負っているのと、おんなじさ。

 背中に負荷をかけて歩いておると、姿勢は良くなり、俯かなくなる。

 胸を張って、生きて行くのさ。

 

 人間なんてみな大差ない、善悪なんて大差ない、貧富や素性なんてもんも大差ない。

 国や民族、なんだかんだも大差ない。

 いつも獣ばかりの奥山を歩いていると、人間に遭うことが一番ドキッとする。

 そのくらいに、人類は地球の大自然や宇宙からは厭い嫌われてる存在になり果てていると、そういうこと。

 よ~く理解したうえで、今後の生き方を考えたほうが利口だよ。

 

 さ、今週末はどこの山に行くべか・・・。

 

 

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