大学受験を決意する①-おまけ | 「逆境と闘う」-弁護士田中広太郎のブログ

「逆境と闘う」-弁護士田中広太郎のブログ

弁護士田中広太郎のブログです。逆境と闘い,独学で大学進学した実体験とその後の人生経験をご紹介しています。
不利な環境を乗り越えて大学受験を目指す方に少しでも参考になればいいなと思いながら昔の思い出を書く予定です。

前回は,少年事件で初めて司法関係の通訳をしたことが,

自分の心と考えに大きなくさびを打ちこむ最初の機会だったことを書きましたが,

「少年事件の内容についてもう少し知りたい」とコメントをいただいたので,少しだけ詳細を書いてみたいと思います。

 

① 当時感じたことや覚えていること

 

●事件の背景

 

確かこの事件は,お父さんがいなくて,お母さんが1人で働いて立派に子供たちを育てている家庭で育った,ある男の子の出来事だったと思います。

やってしまった犯罪行為は,強盗や傷害致死のような重たい事件ではなく,少年にありがちな軽い窃盗だったように記憶しています。

 

当時,日本で生活しているラテン系の外国人の方たちは,親は本当に四六時中身を粉にして仕事をして稼ぎ,本国に送金しないといけないので,なかなか子供たちのことを顧みてあげられないケースが多かったように思います。

 

また,親たちは日本語が全くわからない一方で,子供たちは日本語をすぐに習得し,母国と全く違う学校環境にすぐに慣れてしまうので,「家庭の中なのに言語や文化が違う」という,独特の現象がおき,学校で起きている出来事が良くわからない親は,ますます子供を顧みることが難しくなるというような状況がよく見られました。

 

そして子供たちはというと,たいていラテン気質でノリがよく,外国人の外見なので人目をひくので友達が多く,但し,学校の勉強はやり方が良くわからないので勉強はほとんどしない,という子が多くいたように思います。

 

かくして,

「親は子供が何をしているかよく把握できない」

「子供は友達が多いんだけど勉強は全くしない,ということで,外国人の子供たちで不良グループに入ってしまう」

(しかもその中でなかなか人気者になる)

というケースがよく見られていたように思います。

 

その子もそんな感じで,不良グループと仲良くしていたため,

そのグループが窃盗をした時に一緒にいて,そのまま捕まってしまったという状況だったように記憶しています。

 

もともと私は,この家族と顔見知りという程度の知り合いだったのですが,

お母さんが,子供が捕まってしまったということで真っ青になり,他に頼る人もいないので,

何とか私に通訳してくれと頼みこんできたという経緯でした。

 

●当時おきたこと

 

この通訳をしてみて感じたことの一つは,ラテン系の外国人の家庭の家族のきずなの強さでした。

お母さんは,息子との最初の接見の時に大泣きしながら,どれだけ息子を愛していて,戻ってきてほしいと思っているかを繰り返し繰り返し訴えていました。

当の息子の方も,普段は生意気な態度をとっているくせに,この時は鑑別所職員数人や私の前で,人目もはばからずに大泣きに泣いて,自分もどれだけ母親を愛しているか,どれだけ自分の行動を反省しているかを繰り返し繰り返し訴えました。

 

この様子を見て,鑑別所の職員の方たちも驚きを隠さず,家族の絆の深さに明らかに感銘を受けている様子でした。

一筋縄ではいかない少年事件もたくさん見ている職員の方たちには,さすがに驚くような深い反省と家族愛だったんだと思います。

そして,このような場を実現することに貢献してくれてありがとうと,私に何度もお礼を言ってくださいました。

 

●当時感じたこと

 

この時私が学んだことはいくつかありますが,まずは,ラテン系の方たちの家族のきずなの強さに本当に感銘を受けたことを覚えています。

私は,両親との関係は極めてよくありませんでしたので(理由や経緯はそのうち書きたいと思います),こんなにも家族が愛し合えるということに感動もしましたし,少し不思議な感覚も感じました。

 

何より強く感じたのは,「正規の教育を受けていない自分でも,勉強さえすれば,こんなに人に感謝してもらえることがあるんだ」という思いでした。鑑別所の職員の方たちや,家庭裁判所の調査官たちは,自分と違って,大学や大学院を出て,心理学や教育学を学び,教員免許を持っている人もいたりして,特に資格もなく肉体労働だけしていた自分はこうした場には場違いだと恥ずかしい気持ちで参加したわけなのですが,いろんな人に感謝されたりほめてもらえました。

 

私は,どんな仕事であっても,必ず人の役に立っていると思いますし,

逆にどんな仕事であっても所詮は自分が生きていくお金を得るためにするんだ,と今でも思っていますが,

ただ,当時の私は,「直接人の役に立っていることを実感できる仕事はなんて素晴らしいんだ」と強く思い,

できることであれば,自分はそういう人生を歩んでみたいものだと願うようになっていきました。

また,「直接会うことはできなかった裁判官や弁護士さんというのは,いったいどんな仕事をしていて,いったいどんなことを考えていきているんだろう」と,ボンヤリ考えるようになってゆきました。

 

② 今思うこと

 

それから約10年たって,自分は弁護士になりました。

弁護士になったら,少年事件をやりたいと考えてはいましたが,いざなってみると,少年事件を担当する機会は一度もありませんでした。

 

というのは,弁護士でダイレクトにスペイン語対応できる人は数が限られているので,どうしても殺人事件や違法薬物の密輸事件,捜査機関のミスで逮捕される冤罪事件などを扱うことが多く,そうした重大犯罪に集中せざるを得ない状況にあるからです。

 

10年前に人生の転機の一つとなったこの少年事件とは,質も重大性も,全く違いますが,

一つ一つの事件に深い感動や,やりがいがあったりします。

(特に,違法薬物の密輸事件は,「懲役10年か,または,無罪か」の2つの結論しかない場合も多く,そういう事件はとても燃えます。)

 

当時,一通訳人としてかかわった事件と,現在扱う事件は,困難度もケタ違いですが,

少なくとも,若い時に感銘を受け,「もしできることならばこういう仕事をしてみたい」と思っていた仕事をできるようになったことには,

本当に感謝しています。

 

話がそれましたが,大学受験を決意することとなった,もう一つの人生の出来事について,次回,書いてみたいと思います。

 

弁護士田中広太郎のブログ11

 

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