ここ数日、連絡がとだえてしまっていましたが、僕は無事です。まあ、僕が居るところは神奈川県川崎市なので、確かにそれなりに揺れたし、本棚の上からものが落下してきたりはしたし、夜まで停電もしたけど、それでも僕自身の身体にダメージはありません。


けれど、少し心が折れました。せどらーのままじゃいられないかもしれません。



たとえ不動産王になってからだって、年老いてからだって、僕はずっとせどらーでいる。

そう思っていましたよ。


大量消費社会の中で埋もれたままの本を拾い出し、必要としている人にその存在を知らしめ、お手元に届けるこの仕事に意義を感じてもいました。


だけれど、震災と津波の被害の報道を見ていて思ってしまったんですよね。

そんなことが、被害に遭われた人たちにとって、一体何になるんだと。


本なんて言う、かさばる割には水にも火にも弱いか弱い存在は、まともな住環境があってこそ持っていられるものなんだよね。地震や津波によって出来たがれきの山の中では、本なんてもはや原形を保っていられる訳がない。これまで僕が少なくない労働力を投入して探し集め、そしていろんな人に届けてきた本の何割かが、今回のことでダメになってしまった。そう思うと、何だか徒労感でいっぱいになってきます。たやすく失われてしまうものの為に、僕は過分の代価を頂いてきてしまったかもしれないとも思う。


それに、被災地の方たちにとって、今必要なのは、決して本なんかじゃない。食料だったり、水だったりといった生活必需品だと思う。今後長い時間をかけて行われていくはずの生活再建の過程でも、決して本は必要にはならない。何とか暮らしていけるようになって、学びや楽しみを求めていくことの出来る段階になって初めて本が必要になってくるんだと思う。けれども、被害の状況を見るに、その段階までは余りにも遠い。


そんな中で、自分はこのまま本を売っていていいんだろうか。必要としている人の絶対数が明らかに減った中で、今まで通り本を売り続けていて、それで自分は世の中で一定の意義ある役割を果たして存在していると胸を張ることが出来るんだろうか。そんな風に思うようになった。



このような状況下では、未来商店・明日楽はこのままでいてはいけないと思う。被災者の方に今すぐに役立つことは出来なくても、生活を再建していく中で、必要になってくる物や道具、そういった物を扱うことで、役立っていかなくてはならないんじゃないかと、そんな風に思う訳なんです。


だから、本とかホビーとか、そんなものだけを売っている店でいることをこの機会にやめようと思います。幸いにも僕は古物商でもあるので、そちらの方で、今後必要になってくるいろんな物を提供していく様にしていきたい、そんな風に思うのですよ。


既に仕入れてしまった本は、しばらく時間をおいてから出品していき、その後は新規に仕入れは行わないようにしていきたいと思います。