処暑の候、あなたは死んで何を残したいですか? <お盆に考える親子論> | 「農業は 人生を賭ける 価値がある」

処暑の候、あなたは死んで何を残したいですか? <お盆に考える親子論>

 

「農業は 人生を賭ける 価値がある」

 

 

早くも秋雨前線が出現し

北海道上空から本州方面への

南下が始まったようです。

 

さて暦時計は

午後4時となりました。

 

お元気ですか?

北海道 小柴ふあーむ より

処暑 のご挨拶を申し上げます。

 

 

 

 

 

 

 

お盆を過ぎて

ご挨拶の言葉は

暑中から残暑へ

 

たしかに

残暑であります。

毎日蒸し暑い中で

作業に精忠しております。

 

 

 

 

 

 

 

とは申しましても

朝夕の風に

ほんのりと秋の気配が混じり始め

空を見上げれば高積雲が広がり

大気は確実に

再びの入れ替わりに転じてるようです。

 

地域の学校も

先週末から二学期が始まり

通学児童たちの歓声が

ふたたび朝仕事の畑で

楽しめるようになりました。

 

 

 

 

 

 

 

田んぼは

稔実から登熟へ

着々と色が進んできています。

 

稔るほど 頭を垂れる 稲穂かな

 

私の好きな一句でございます。

昔の人はよく言ったものです。

毎年秋になると

感心して反芻しております。

 

 

 

 

 

 

 

さて・・・

今回は「体重変動」について。

 

私の場合

1年を通して6〜7kg

変動するのが常であります。

 

仕事量、肉体負荷に連動して

体重が増減しております。

 

 

 

 

 

 

 

最重量期は

正月明けの1月末で

恥ずかしながら、90kg。

 

最軽量期は

お盆前の7月末で

絞りに絞って、83kgほど。

 

お盆休みを境に

体重はふたたび上昇傾向に移ります。

 

 

 

 

 

 

 

5〜6月

記憶を失くす6週間

 

6〜7月

戦線崩壊危機の4週間

 

この3ヶ月間は

測るたびに減っていきます。

 

その代わり

朝起きるのが地獄でありまして

減量中の力石徹に思いを馳せながら

一日も欠かせぬ朝の管理・収穫に

励んでおります。

 

 

 

 

 

 

 

私の場合

身長から求められる適性体重は

69kgらしく

 

83kgでもまだまだ

余剰脂肪だらけです。

 

なんぼ堪えても

燃やせぬ脂肪が

そこにあります。

 

 

 

 

 

 

 

記憶にある限り

23年前、転職してから2〜3年は

90kgから78kgまで絞れました。

 

それだけ

飽食の証が身に付いていたのでしょう。

 

がしかし、以降は

80kgを切ることは

なくなっております。

 

 

 

 

 

 

しかしながら

一つ異変がありまして

 

前職末期の頃と

絶対体重はあまり変わってないのに

スーツなどがそのまま着られるかと言えば

これが全然

入らなくなってしまいました。

 

特に腕、肩、背中にかけて

パンパンとなっております。

 

 

 

 

 

 

 

おそらく

体型が、寸法が

全然変わってしまったのでしょうか。

 

イギリス時代にあつらえた

お気に入りのスーツやジャケット類

バーバリー、アクアスキュータム、ダンヒル等々

 

今じゃ全て着られません。

完全に箪笥の肥やしとなってます。

 

 

 

 

 

 

 

好きだったんですけどね

スーツ着てお出かけするのが。

 

ボーナスが出た日など

代表にもオシャレさせて

ショーを見てからディナーを楽しんだり

 

そんなアーバンでフォーマルな

ちょっとブルジョアった楽しみを

持っていたんですがね。

 

そんなことも

夢のまた夢となって幾星霜

でございます。

 

 

 

 

 

 

 

なので

今の体型に合う正装は

無いんであります。

 

せめてジャケットくらいは

選び直そうと思ってますが

紳士服店もない地域ゆえ

ついつい先送りとなってます。

 

 

 

 

 

 

 

同じように

スラックス類もアウトでございます。

 

腰回りが入りませんね。

いえ、お腹は別としてw

 

太ももからお尻にかけてが

パッツンパッツンであります。

 

夏から冬のお仕事のためか

特にお尻は

全然入らなくなってしまいました。

 

 

 

 

 

 

 

これが

この23年かけて変化してきた

私の肉体であります。

 

筋肉量が増強してるだけでなく

おそらく骨や関節なども

丈夫になってると思われ

 

戦闘的で頑強な体型に

生まれ変わったと思われます。

 

おカネをかけてフィットネスではなく

おカネを稼ぎながらフィットネスの

23年であります。

 

 

 

 

 

 

 

己の肉体の変化を眺めつつ

ぼや〜っと思うことがありまして

 

いつの日か

私が焼かれて骨になった時

子どもらにはそれを見て何かを

感じてほしいと思ってます。

 

親が最後にできる子育ては

自分の骨を見せること、かな

と思ってます。

 

 

 

 

 

 

 

 

親の骨を見る時

その生きてきた道のりに

想いを馳せさせられます。

 

肉とは違って

骨はずっと芯に有って

生まれてから死ぬまで

道のりに合わせて

荷重を支え続け

耐え続けてます。

 

筋肉が消えたあとで

白く現れる骨。

人の道のりを表すのに

誠に象徴的であります。

 

 

 

 

 

 

 

私も、親の骨を見た時

これまでのあれこれを

想起しました。

 

特に父親の骨は

力仕事の逞しい後ろ姿や

殴られた時の拳の痛さと重なって

骨の存在は訴えるものがありました。

 

 

 

 

 

 

 

農家の子弟に聞くと

その感慨は一層強いもので

 

田んぼや畑、畜舎で

作業着の下に盛り上がった背筋と

この骨が生活を支えてきたんだ、と

物理的な要素も訴えてきて

思わず泣けると言ってます。

 

背骨、上腕骨、大腿骨

手指や骨盤

 

肉体労働の世界だけに

骨の存在はリアルなものであります。

 

 

 

 

 

 

 

虎は死んで皮を残す。

人は死んで名を残す。

 

たしかに

名を残したがる人が

多いかと思います。

 

目立って、有名になって

派手に稼いで、上で威張って

人の尊敬を集めたい。

 

そんな名声欲や顕示欲

承認欲求に現れる自己愛偏執は

人の業でありましょう。

 

否定するものではありません。

 

 

 

 

 

 

そんな中で

私は骨を残せればそれでいい

と思ってます。

 

いや、骨すらも

残さなくて良いかな?

と思ってます。

 

骨は

物理的に荷重を支えた証として

子どもらの瞼に焼き付けてくれれば

それでいいと思ってます。

 

 

 

 

 

 

 

 

骨の光景は

きっと子どもらの後半生に

生きるでしょう。

 

生きた証は

真っ白な残像となって

子どもらの瞼に焼きつき

 

そして

無言の教訓となってくれれば

それで報われると思ってます。

 

骨にはそれだけの

訴える力があると

思っております。

 

 

 

 

 

 

 

我が家の家訓

「働け、生きてる限り」

「生きてるうちに生きろ」

「死ぬまで生きろ」

 

それが伝えられるような骨を

見せられたらな

と思っております。

 

 

 

 

 

 

 

 

どこで何しようが

それは自由だけれども

 

たとえ、どんなに

遠くへ去っていったとしても

 

その時は

骨くらい拾いに来い

俺の骨を確かめに来い

 

と言っておきたいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

両親のお墓にお供え物をして

そんなことを漠と考える

我が家のお盆でありました。

 

 

 

 

 

 

 

それでは

次回「白露」にまたお会いしましょう。

 

それまでどうぞお元気で!

 

 

 

 

 

 

 

北海道 小柴ふあーむ

小柴 和美・孝志

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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