芒種の候、我も命 彼も命、自己愛は社会を滅ぼしていく <生殺与奪の狭間でもっと悩め>
「農業は 人生を賭ける 価値がある」
すでに真夏日連発だった1週間
もう夏ですか?
と思いきや
4月に逆戻りした低温多湿の
6月6日 ダミアンの日
暦時計は午前11時となりました。
お元気ですか?
北海道 小柴ふあーむ より
芒種 のご挨拶を申し上げます。
暦時計 11時であります。
次は12時、南中であります。
冬至から数えて半年
今年も半分を過ぎようとしています。
私の好きな
春分から夏至までの3ヶ月
過ぎようとしております。
いま畑では
メロン第1ロット
先頭を走る早生メロン先発隊!が
ようやくネットが入り始め
助走肥大から本格肥大へ入る頃。
そしてメロン第6ロットまで植わさり
メロン畑が苗で埋まりました。
代表は
第3ロット以降の着果作業に忙しく
私は
メロン、かぼちゃの畑作りと
アスパラの発送に忙しくしております。
芒種
郷では田植えが終わり
畦草刈りが本格化
道路傍の土手も手入れ最中。
草が伸びているのは
我が家のみとなっちゃいそうです。
とにかく
畑を作り切って
植え切らなければ
圃場保全には移行できません。
我が家的には
芒種の「芒」は「忙」であります。
そんな中
害獣との戦いも始まっており
エゾシカ、アライグマの被害が
予兆として現れ始めてます。
せっかく作った畑を
歩き回り踏み抜いて穴だらけとか
餌を探してほじくり返すとか
畑を原始状態に回帰させるような
狼藉を働き始めてます。
当然、忌避策を講じて
あるいは駆除を行なってます。
野生との生存権争いに
躊躇は無用であります。
入植した23年前
野生動物の影は殆どありませんでした。
特に中型大型の害獣は
全く居ませんでした。
せいぜいキタキツネが
肥料に食いつくくらいで。
それがこの10年かな?
急激な浸潤を感じるようになったのは。
今ではエゾシカが住宅街を平気で歩きます。
微笑ましさは皆無です。
ものすごい経済的損失をもたらす
悪い奴らですから。
自然保護とは言っても
自然過保護になってはいけません。
自然という概念自体が
人工的なものでありまして
本来の有り様を表現するなら
それは「野生」「原始」が的確でありましょう。
つまり
奴ら相手に共存するなら
やるかやられるか、の気構えが
必要であります。
人間社会の揉め事も
とどのつまりは経済利益の争奪であり
それは衣食住を満たす根源だからであります。
いや人間が野生獣と違って
嫌らしい部分なのは
精神性が強く押し出されることであり
それは「自我」
自己顕示欲とか自己愛とか
己の心の充足が最優先になること。
これが揉め事をややこしくしています。
野生獣相手なら
やるかやられるか、の単一基準で
互いに命の危険を感じさせながら
攻撃と防御のバランスを取れるでしょう。
しかし現在は
過保護状態が仇となり
その増殖が指数的増加をきたしており
駆除しても駆除しても
攻勢を止めることができません。
これは数学的、物理的に
当然の現象が起きてるだけで
情緒的思考で解決できるものでは
ありません。
地球に優しく
自然を大切に
???
何を偉そうに、と思います。
地球はそんな概念持つものでないし
自然は人間の勝手な概念だし
現実との一体感はありません。
野生との付き合い方は
もっとリアリティを持たねば
一方的に駆逐されてしまいます。
生物学的なパワーバランスを意識せねば
人間の生存権とやらが
覚束なくなります。
結局、人間も野生も
その経済的利益確保のために
勢力争いをするわけで
それは食料確保に回帰している点で
お互いにやっぱり野生でありましょう。
人間なんて、そんなもんです。
意識を殊更高めて
実態と乖離した寓話の世界に入っては
いけません。
翻って人間社会
我欲まみれの誇大妄想な人間が
地道な努力を重ねる人間の利益を奪い
土地を社会を荒らし破壊し
独占欲を満たした後に
崩壊の道を辿ります。
古代から繰り返される
人間の生物としての限界であります。
我欲を美辞麗句で飾ったところで
その行いは他者の損失の上に成り立ち
あるいは経済的強奪の日常化であり
それはすなわち
戦争による問題解決と
本質では同じだと思います。
強奪は、強奪です。
満たされぬ我欲を追い求めるあまり
隣人を傷つけ追い詰め剥ぎ取る行為
身近に幾らでもあるのではないでしょうか?
物質的な強奪はなくとも
知的財産の強奪は
知的教養のない人によって
日常的に行われてます。
屋号であったり
商標であったり
アイデアであったり
デザインであったり
コピーであったり
知的教養に欠けると
己の原始性を気付けぬまま
社会の破壊に加担してしまいます。
一見して経済的成長による
社会の活性化と思えますが
時間をかけて遠くから見ると
中長期的には破壊行為と表裏一体です。
地道な努力と成果を
土足で踏み荒らされ
機会を奪われる者たちの
地下に染み込む怨念と怨嗟の上に
成り立つ成長であります。
害獣駆除のみならず
病気消毒や害虫防除をしていて
我も命、彼も命 を
いつも痛いほどに思わされます。
決まったキャパを奪い合わずにおれぬ
野生の世界。
偉そうにうそぶく人間ほど
ずるくて厄介な存在はない
のかも知れませんね。
それでもやっぱり
今日も自分の生存圏を維持すべく
縄張りを誇示しつつ
監視に努める農業者であります。
周期的に襲ってくる
ヤマセ
昔の人はこれで
首を括る羽目になったわけで
今の私たちは
その犠牲の上に培われた技術で
生きながらえております。
生きていくことは
そんな綺麗事じゃ済まされない
と自覚しながら
それでもやり続ける
生き残るために。
人間として、野生として
根本は変わらぬ原始でありましょう。
今日もヤマセに震えながら
メロンたちの保護管理に努めております。
それでは
次回「夏至」の候に
またお会いしましょう!
それまでどうぞお元気で
北海道 小柴ふあーむ
代表 和美
その夫 孝志
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