12月18日(土)は埼玉県小川町での日本城郭史学会主催の見学会があり、参加しました。腰越城見学会は9月に予定されていましたが、12月に延期になりました。今回の見学会は史学会委員の阿部和彦さんが案内してくれました。

 

腰越城遠景

 

 当日は東武東上線の小川町駅に集合です。駅からバスで腰越城を目指します。いつもはそれほど混まないバスですが、見学会の参加者で混雑しました。10分ほどで最寄りのバス停に着きました。

 

麓の腰越城案内図前

 

 腰越城の麓には説明板があります。腰越城を目の前に見ながら、ここでこの日の見学会の説明がありました。

 

正面の山が腰越城

 

腰越城の入口には「県指定史跡 腰越城跡」の案内があります。この細い道を進むと徐々に登り坂になります。

 

 

腰越城入口

 

腰越城に向かう

 

 最初に城北側の二重堀切を目指します。比高100Mの山城なので麓から少し登ります。滑りやすい木道がありましたが、それ以外は歩きやすかったです。腰越城の堀切は斜面まで続いて竪堀になっているケースが多かったです。東側の帯曲輪経由で城の中心を目指します。

 

腰越城腰曲輪

 

 腰越城の遺構には囮小口があります。堀に誘い込まれて、その先は行き止まりで敵の攻撃を受ける小口に似せた構造になっています。

 

 

腰越城囮小口

 

 腰越城の見所の一つである囮小口を見学したら、三ノ郭、二の郭経由で主郭を目指します。城内には何本かの竪堀がありますが、それぞれ離れた箇所にあり畝状竪堀を形成するまでにはなっていません。現地だと竪堀だと分かりますがそれほど幅がない竪堀が多かったです。

 

小口から入る

 

 二の郭から少し登った箇所に主郭があります。主郭は城内最高所にあり麓からの比高は100M程です。主郭の西側には土塁がありますが、低い土塁なので分かりにくいです。

 

腰越城主郭

 

 主郭からは木が少し邪魔ですが見晴らしがよく、城の西側が見渡せます。戦国時代前期は腰越城は扇谷上杉家の最前線でした。城の北側から西側は山内上杉家の勢力圏でした。腰悟城西側の山内家の領国を見渡す役目を果たした城だったのでしょう。

 

主郭からの眺め1

 

 

主郭からの眺め2

 

 

腰越城石碑

 

 腰越城を見学した後はバスで移動して中城を目指します。中城は小川町駅から近くで歩いて行く事が出来ます。周辺は市街地ですが、高台の地形と土塁、櫓台、空堀、小口が残っています。

 

中城二重土塁

 

 北側から南側にかけて土塁と空堀がよく残っています。曲輪に沿って空堀が掘られ、堀は幅と深さもあり意外と土木量のある堀です。空堀の内側と外側には土塁があり二重土塁を形成しています。土塁も折れがあり横矢を浴びせられる構造になっています。

 

中城喰い違い小口

 

 櫓台も残っていて現在では神社が建てられています。後世の改変もある可能性もありますが、櫓台の規模は大きいです。

 

中城櫓台

 

 中城は曲輪内にはテニスコートがあります。この日は誰もいませんでした。説明板もない城ですが遺構は意外とよく残っています。隠れた名城と言えるでしょう。

 

中城土塁と空堀

 

 中城見学後は後は大梅寺に向かいます。数分歩いたら着きました。大梅寺には二連板石塔婆があります。板碑が二基分の塔婆で頂部が二つの山形になっている塔婆は珍しく埼玉県では二基しか確認されていません。その一つがここ大梅寺にあります。

 

 

大梅寺の二連塔婆

 

 二連板石塔婆を見学したら小川町駅に戻ります。駅で解散となりこの日の見学会は終了です。今回は天気がよくて山城も支障がなく見学出来ました。