3月23日(土)は千葉県国府台城、松戸城での見学会があり参加しました。日本城郭史学会主催の見学会です。
 今回の見学会は史学会委員の大竹正芳さんが案内してくれました。大竹さんは日本画家で、西ヶ谷先生の本の城郭イラストを書いた縁で城郭研究にも携わるようになりました。神奈川県の玉縄城で数回に亘る現状調査が行われたときに調査団長を勤めました。

 

国府台合戦の経世冢

 

  集合場所は松戸駅改札口外でした。乗降客の多い駅ですが、今回の見学会の参加者以外に集合場所周辺にまとまった集団がいなかったのですぐに分かりました。集合10分前には大半の参加者は集まっていました。集合時間になり、ほどなくして参加者全員が揃ったので城見学の開始です。

 

集合場所の松戸駅

 

 今回は1537年天文6年の第一次国府台合戦と1564年永禄7年第二次国府台合戦の舞台になった相模台城、松戸城、国府台城の3城の見学です。当初の予定では相模台城は入っていなかったですが、松戸駅のすぐ東側にある城なので松戸城と一緒に見学する事になりました。
 相模台城と松戸城は周辺は都市化されて遺構はほとんど残っていないように思えます。以前、見学したときは明確な遺構は確認できませんでした。この日の見学会でどういう発見があるのかを楽しみにしながらの城見学でした。

 相模台城は台地の一角に築城されています。松戸駅の近くにあり完全に都市化されていますが、比高20Mほどの台地の地形は残っています。駅を出てすぐに少し登りました。

 

相模台城を目指して登ります

 

 下総にある城なのに相模と名乗るのは不思議ですが、一説によると鎌倉幕府の14代執権北条高時の屋敷がここ相模台城にあり、そのために相模台城と称するようになったといわれています。

 第一次国府台合戦では小弓公方・足利義明と真里谷武田氏の軍勢がここ相模台城に入ります。一方の後北条氏の軍勢は利根川(現江戸川)を渡河して、すぐ南側の松戸城に入り布陣します。そして、両軍の間で国府台合戦が始まります。

 城跡の一角に入り、駐輪場で少し説明がありました。この辺りは城内ですが全く遺構はなく、城の名残もありません。

 この日の参加者は50人ほどでかなりの人数でした。これだけの集団になると移動や案内も大変で、主催した史学会の人達も見学会を無事に終らす為に、隠れた苦労が多かったのではと思います。

 

相模台城跡(現駐輪場)

 

 相模台城跡は聖徳大学の敷地にもなっています。国府台合戦の経世塚が大学構内にあるので、見学するために大学に入ります。事前に連絡してあるの、そのまま入れました。守衛の人に言えば経世塚を見学できます。

 

聖徳大学構内に入ります。

 

 大学に入ってすぐの場所に経世塚がありました。第一次国府台合戦で敗北した小弓公方方は公方の足利義明、義純父子以下千余人が戦死したと言われています。経世塚をその戦死者を葬った跡だと言われています。

 前回、相模台城を見学した時は経世塚の存在を知りませんでした。経世塚は今回の見学で新しい発見でした。

 

国府台合戦の経世塚

 

 相模台城跡は大正になって陸軍工兵学校が設立されました。今でも当時の門が残っています。公園の門にしては立派で不自然です。すぐそばに説明板があるので門の由来が分かります。

 

陸軍工兵学校門跡

 

 工兵学校門から相模台城跡を出ます。堀跡を利用して作られた道路を下りました。その後は上り坂を登って、再び相模台城の南側曲輪に入ります。現在は相模台公園になっていますが、削り残し土塁が残っています。公園の西側が一段高くなっていてここが土塁跡です。土塁跡の東側の低い場所は改変されているみたいですが曲輪跡です。

 ここも前回の見学では来ていませんでした。相模台城で二つの新しい発見がありました。

 

削り残し土塁の上にいます

 

右が削り残し土塁

 

 相模台城を出て南側にある松戸城跡を目指します。300Mしか離れていないのですぐに着きました。松戸城跡は現在、戸定ヶ丘歴史公園になっています。公園駐車場から北側を見れば相模台城跡がよく見えます。

 

戸定歴史公園から相模台城跡

 

 次の見学地である松戸城跡に入ります。松戸城跡は明治期になって、徳川幕府15代目将軍慶喜の弟で水戸藩主だった徳川昭武が住んだ戸定邸の建物が現存します。城跡より戸定邸がある場所として有名です。今回は中世の城跡見学なので戸定邸はパスします。他の人から見れば不思議な集団に見えたでしょう。

 

松戸城跡に入ります。

 

 戸定ヶ岡歴史公園は公園として整備されています。はっきりとした城跡の遺構はなく、高台地形以外は城の雰囲気がありませんでした。

 

戸定ヶ丘歴史公園にて

 

 戸定ヶ丘公園を出てから千葉大園芸学部に入ります。千葉大学構内も松戸城跡に含まれます。こちらには多少の遺構が残っています。個人での見学だったら大学に入るのは大変です。今回の見学会は事前に連絡してあるのでそのまま入れました。

 

千葉大学園芸学部入口

 

 大学に入り、堀跡を利用した道路がありました。多少は改変されていますが、堀跡の雰囲気を残しています。

 

堀跡を利用した道路

 

 堀跡の道路を進むと、南西の曲輪跡に着きました。曲輪跡は多少破壊改変されていますが、三方向が斜面になっていて曲輪の形状や雰囲気をよく残しています。曲輪跡から城南側を歩くと、松戸城の水の手だと思われる場所のそばを通りました。

 

松戸城曲輪跡

 

 松戸城南側の低地は水生植物が生えていて湿地帯になっています。曲輪の斜面からも水が流れています。ここが松戸城の水の手であったのではとの説明がありました。

 城に水の手が必須ですが、分かりやすいように明記すると水の手に毒をまかれたりします。そういうわけで水の手は機密事項で、大っぴらに分かるようにはしないとの事でした。

 

水の手の説明中

 

 大学校舎前に大寒桜があり、満開に近い開花でした。大寒桜の先の一段低い場所にテニスコート、プールがありました。この低い場所は堀跡です。造成で大分改変されていますが、幅の広い堀であったことが分かります。

 

先に見えるのは低い場所は堀跡

 

 校舎の東側から北側は一段低くなった箇所があります。堀跡の名残です。大学内はあまり人はいなかったですが、それでも会った人は何の大集団だろうと思われたでしょう。写真に写る電線工事の人も不思議な集団に見えたでしょう。

 

大学構内の堀跡

 

 大学を出て松戸城北側を歩きます。柵の向こう側には堀跡があります。現地に行って見れば堀が残っているのが分かりますが、写真だと分かりにくいです。せっかくの遺構ですが名称板すらないのが残念です。

 

松戸城北側堀跡

 

 松戸城は以前見学した時は大学敷地内に入らなかったので、ほとんどの遺構が見学出来ませんでした。通常だと入りにくい大学構内に入れて、ないと思った松戸城の遺構を見学出来てよかったです。

 松戸は鎌倉街道の終点で、ここから房総方面、常陸方面にも行けました。当時は交通の要衝だったので国府台合戦が2回もあったとの事でした。

 

南から見た松戸城跡

 

 松戸城を見学した後は路線バスで国府台城に移動します。参加者が多かったので1台のバスでは移動できませんでした。バスの本数が多いので次のバスに乗った人も程なく着きました。

 

 国府台城の主要部分は里見公園になっています。ここ国府台城は第二次国府台合戦の舞台です。後北条方の江戸城城代である大田康資が上杉氏に寝返ります。同じ江戸城城代だった遠山氏と富永氏は太田氏寝返りの責任を感じ、北条氏本隊の到着を待たずに川を渡り、里見氏と戦います。里見氏が緒戦は勝利するも、勝ちに油断していたところを北条氏本隊に攻められて大敗して国府台から敗走します。

 これが第二次国府台合戦です。

 

国府台城跡にて説明中

 

 公園化で造成されて、だいぶ改変されていますが土塁は残っています。元々は古墳があったので土塁跡と古墳が城内にはありました。

 

国府台城土塁跡

 

 土塁跡は公園内の遊歩道になっているので土塁の上を歩けました。見た感じ土塁はだいぶ改変されているように思えました。

 

土塁跡を歩く

 

 国府台城跡のすぐ西側に江戸川が流れていますが、当時は利根川でした。今でも当時と同じ川に面した水城である立地は変わっていません。江戸川越しに東京がよく見えます。

 

江戸川越しに見える東京

 

 城内には第二次国府台合戦で戦死した里見広次と里見将兵の慰霊碑と夜泣き石があります。夜泣き石は日本各地にあり、静岡県の小夜の中山が有名ですが、ここ国府台城跡にもあります。

 

里見広次と里見将兵の慰霊碑

 

 公園の南側に羅漢の井があり、現在も水が湧き出ています。里見氏が国府台城に布陣したときに飲料水に使用されたと言われています。今でも水が出ていますが、飲料水には適していないとの看板がありました。

 

羅漢の井

 

 羅漢の井のすぐ西側は江戸川が流れています。江戸川越しにスカイツリーや東京がよく見えます。

 

江戸川越しに見える東京

 

 羅漢の井を見学して、今回の見学会は終了です。大竹さんからの挨拶があり、解散して各自バス停に戻りました。

 

見学会終了、解散です。

 

 今回の見学会で国府台合戦の舞台となった3城を見学しました。遺構がほとんどないと思っていた相模台城、松戸城の遺構を見学でき、国府台合戦の背景に松戸があった事、3城の詳細な歴史を知る事が出来ました。

 

 このブログは別のブログで書いたものを一部を追記修正して投稿しました。