「川越style」

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1月10日は「110」番の日。

この日に合わせ、適切な110番通報を呼びかける啓発イベントが各地で開催されました。

ここ川越では1月9日、昨年に引き続き、川越高校応援団がPRしました。

有名人やゆるキャラを起用してPRするケースも多く見られますが、

川越警察署は近年ずっと川越高校応援団に依頼、

ある意味川越らしい硬派なイベントとなっています。

例年だと川越駅東口デッキで行っていましたが、

今年はウェスタ川越交流広場に場所を移しての開催です。

14時半の開演に向けて、広場ではすでに準備が整っていました。

昨年までの駅前デッキでは、場所柄応援団の演技は一際目を惹いていましたが、

ウェスタ川越広場は広い分、応援団員が伸び伸びと演技することができる利点があります。

しかし、広い場所なので演技がよく見えるという点で、嘘がきかない場所でもある。

これだけの人数の団員がいると、駅前では難しい面もあるかもしれない。
この日集まっている応援団員は、団長はじめ幹部二年生・一年生団員合わせて29人。

創部56年の伝統ある川越高校応援団は、今や日本一の規模となっている。

特に目が引かれるのは、制服がなく私服で、自由な校風の川越高校の中で、

「型」そのものと言える応援団に入り、揃って学ランを着用するような活動に、

こうしてあえて入ってくる高校生が多いこと。

現実の練習は大変だと思いますが、それでも今は

応援団員というものがカッコいいものとして捉えられているのでしょう。


2015年9月のくすのき祭の演技発表会を最後の雄姿に、第50代の三年生は引退し、

第51代になる二年生へと応援団の歴史のバトンは引き継がれました。


(「第51回演技発表会」川越高校くすのき祭2015年9月6日

http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-12071109157.html


新しい団長が誕生して4ヶ月。第51代となった応援団は、

学校行事に参加しつつ川越の催しにも呼ばれる機会は多くあり、

目にしたことがある方も多いのではないでしょうか。

2015年11月の小江戸川越ハーフマラソンでは、

スタートするランナーたちの背中を応援で後押しした。

川越高校応援団は、川越という街が大事にしている伝統文化という意識が共有され、

見守られているものです。

そして年が明けて110番の日。

代が代わってまだ4ヶ月ですが、しかし短い高校生活を思うと4ヶ月も経ったと言うこともでき、

この4ヶ月の時間で、二年生幹部の佇まいは落ち着き、深みを増し、

団長は団長の顔になっていき、幹部もそれぞれの役職の顔になってきていた。

その姿に、また応援団の歴史が一代、受け継がれていくことを間近に見た。

一年生団員は応援団員らしい顔つきにだんだん変わってきました。

いつも思いますが、高校生の成長スピードの速さは凄いです。

ここまで引き締まった表情の人が私たちの街にいるでしょうか、

ここまで鋭い眼光の人たちは、

ここまで直立不動でぴくりとも動かない姿勢の人たちは、

ここまで張りのある大きな声を出す人たちは、いや、全て応援団員に当てはまるんです。

それは、応援団という生き方をしている人とも言え、人としての存在感が強い。

新しくできたウェスタ川越という施設の雰囲気で、つまりギャップで、より際立つようでした。


ウェスタ川越の広場には彼らの演技を見ようと、多くの方が詰め掛けていました。

保護者はもちろん、一般にも応援団好きはたくさんいて、

開演前からステージ前を囲んでいました。


14時半に川越警察署から挨拶があり、

110番のうち、4分の1はいたずらか間違い、緊急性の低い電話だったという。

さらに110番通報の際の注意点も話しがありました。

「昨年度川越警察署が受けた110番は27000件、一日74件の通報があった計算になります。

その中の60%以上が携帯電話からで、

家の電話と違って携帯だと番地が分からないので、近くのランドマークなどを教えてください。

110番は適切な利用をお願いします」

その後、振り込め詐欺注意喚起や交通事故防止のポイントなどの話しがありました。

そして促され、応援団がステージ中央に走り込んできた。いよいよ川越高校応援団の演技が始まる。

もちろん始めは応援団旗の掲揚から。団旗を高々を揚げられると観客から拍手が起こります。

そして演技が披露されました。




一年生が務める司会の呼び込みで、副団長が颯爽とステージ中央に現れ、

彼をリーダーにして第一応援歌が始まった。

第一応援歌「奮え友よ」

「奮え友よ 奮い立て今
初雁の校旗はためく武蔵野に
鍛えし我等
栄光の伝統守り
熱血の闘魂高く
今こそ誇れ
勝利の王座 勝利の王座
川高 川高 川高 川高

おお我が川越高校」




応援歌の後に、110番のイベントらしく、

「振り込め詐欺に気をつけよう!」と二回繰り返しました。


続いての曲は第二応援歌。

応援団として普段練習している伝統の曲を惜しげもなく熱く披露していく。

第二応援歌

「一、血潮に燃ゆる若人の

待ち憧れし今日こそは

光輝ある歴史の

誉れの名をば轟かせ

一挙一挙いざ奮え

一挙一挙

いざふるふるふる

一挙一挙いざ奮え

我が応援の

意気見ずや

二、熱球飛んで土を噛み

凱歌は上がる我が軍に

見よや若人の

赤き血潮の高鳴るを

一挙一挙いざ奮え

一挙一挙

いざふるふるふる

一挙一挙いざ奮え

我が応援の

意気見ずや」






最後に、「防災は、日頃の備えと助け合い!」とPR。


大団旗の紹介の後は、いよいよお待ちかね、野球応援メドレーへと入っていきます。









そしてリーダーから

「その酒で、失う信頼、家族の未来」という掛け声の後に二回続けました。


第四応援歌「凌雲の志」
「一、凌雲の志を秘め競う
尽力の技冴えを見せ
地を蹴る我等
栄光目指し
武蔵野に覇を唱えん
川高川高
勝者勝者勝者
川高川越高校
二、高き飛翔に士気上がる
血気の闘志今溢れ
空駆ける我等
栄光求め
武蔵野に覇を唱えん
川高川高
勝者勝者勝者
川高川越高校」







「いち早く、急がず、慌てず、冷静に!」


最後は団長を中央にしての校歌で、応援演技は締めくくられました。

校歌
「一、紫匂う武蔵野の
天与も深き川越に
教えの庭の規模広く
礎すえし学びやは
秩父の嶺のゆるぎなく
入間の水の末長し
二、師弟の情思濃かに
切偲の友誼亦厚く
華美にはしらず実に著き
智を耕して徳をしく
我校風は三芳野の
社頭の梅と薫るなり
三、蛍に捜る鳥の跡
雪に尋ぬる文の道
大和心に西の才
雄飛の翼養いて
高き誉を初雁の城址の月と輝かせ」



今回は学校外で、しかも初めての場所ということで、団員にとっては慣れない部分もあったと思いますが、

見事に最後までやり切りました。

新しい代が着実に前に進んでいることを確認します。

応援団というのは、もちろん人を応援する人たちではありますが、

その演技は人に見せ、見られることで上達していくものでもあると思うので、

地域の温かい目で応援してもらえればと思います。

応援団の活動は今年も数多く予定されているので、熱を浴びに行ってみてください。

「川越高校応援団」

Facebookページあります。上手くリンク貼れないので、川越高校応援団で検索してください。



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2015年9月5日、6日に川越高校で開催されたのが、

「第68回川越高校くすのき祭」。

今年は黄色いはっぴを着た実行委員が「ご来校ありがとうございます!」と
一人一人の来場者を迎える。

正門に現れていたのが実行委員の門班が制作した巨大な門、

今年はイギリスのソールズベリー大聖堂が築かれていた。
門を潜るとそびえ立つクスノキが、この日一層勇壮に見える。






二日間に及んだくすのき祭は今年も多くの方が訪れていました。

そのメインイベントといえるのが、二日目午後、体育館にて行われる
「第51回川越高校応援部演技発表会」だった。


この日が現在の第50代応援団長の総決算の演技となり、

最後の舞台をもって引退、第51代へと伝統のバトンは渡されます。

現団長は2年半で作り上げてきた全てをここで出し切る。

体育館に繋がる階段には開場を待つ行列ができているのはいつものことで、

13時前に開場になると、待ちかねていた人たちが体育館内に次々に入っていく。

入口では実行委員がパンフレットを配布し、

舩山団長が立ち、一人一人の来場者に「こんにちは」と挨拶して迎えていた。



会場には、保護者や学校関係者だけでなく、

毎年のように演技発表会を楽しみにしている方も多く、

さらに近年の川越高校応援部の活躍にファンになった方も多くいて、

「前の方で見たい!この席にしようか」

昨年より客席を増やしていたにもかかわらず、満席となっていた。

手にしたパンフレットを読み込む姿、

応援団が今いかに多くの方を惹き付けているのか分かるようだった。


現在の川越高校応援団は総勢30人という規模で、

この規模だと放課後の屋上での練習の迫力ある声は、川越の街遠くまで響いていることもあり、

(時の鐘くらいまでは普通に聞こえる)

普段から応援団の声を耳にし、存在を身近に感じる人も増えて、

彼らの最高の舞台を間近で見てみたい、とやって来た人もいました。

中には、川越在住のカメラマン石原康男がいた。

石原さんはこの夏初雁球場で行われた野球の試合で応援部の姿を見て、引き込まれ、

以後放課後の練習の様子を撮影に行き、

なんと越後湯沢の夏合宿にまで撮影に行ったのだという。

「被写体としてとても惹かれる」と話す。

応援団のOBも多数駆け付けていて、

第16代副団長、第21代副団長が最前列に座っていた。
「40年前にこの体育館で演技発表会を行った」
40年前の応援団は11人の部員がいたそうで、

当時は六校応援団連盟主催の日輪の下には始まっていない時期で、
学校間の応援団の交流は、

川越市内の川越高校、川越工業、川越商業、川越農業、松山高校、

この5校で親睦を深める応援団協議会を開いていた。


川越高校は、2010年と2012年に野球部OBがマスターズ甲子園に出場し、

その時に応援団のOBが集まって応援に行ったことから、応援団のOB会が再度活発化していったそう。

(川越高校マスターズ甲子園出場時の応援団OBの集合写真。)

各代が揃い、第二代応援団員も駆け付けた)


13時半、第51回演技発表会開幕、ライトが落とされる。

余興という名の、コントのような舞台で客席を沸かせると、

マイクの前で司会を務めるのはまだ初々しい一年生だった。


「お待たせ致しました。ただいまより、我々川越高等学校応援団によります校歌、応援歌、拍手、

並びに大団旗の紹介を、盛大に行わせていただきます。

それでは皆様、体育館後方にご注目ください」

ライトが体育館内後方に落ちて、会場の視線が後ろに集まる。

大団旗が上げられ、吹奏楽部が校歌を演奏する、

第50代舩山団長自身が旗手を努める団旗入場となった。

一歩一歩すり足で客席の間を進んでいくと、花道両側から桜吹雪が舞う。

団長の有終の美に花を添える趣向だった。








いよいよ舞台では演技発表が始まる。

プログラムは、応援部として持てる技をじっくり魅せるもので、たっぷりと2時間に及ぶ構成。

2時間と聞いて驚くかもしれません、そんなにたくさん演技があるのか?と。

応援演技にはよく知られる野球応援や校歌だけでなく、実に多彩な演目があり、、

それは、川越高校応援部50年という長い歳月をかけて揃ってきたもの。

一つ一つに歴史があり、守ってきた自負がある。

たくさんある演目の中で、今年の演技発表会で何を見せるのか事前に話し合い、練習を重ねてきた。

「今年はこれを入れよう」など、その代によって考え方があり、

演技発表会は実は毎年のように演目は少しずつ変わっているのです。
昨年の「水月一拍子」「川高勝つ」は今年はやらず、新たに「乾杯の拍手」を取り入れていた。
それも後半の野球応援メドレーの前に入れていたところに、

この演目を大事にして見せようという気持ちが窺える。
さらに、幻の応援歌と言われる「第三応援歌」もプログラムに入れていたのが今年の特長。
また、同じ演目でも順番が昨年と変わっているところも注目で、

昨年は第二応援歌や団歌は後半にありましたが、今年は前半にもってきていた。


・第一応援歌「奮え友よ」、第50代団長
・第二応援歌、二年団員
・団歌、第50代団長
・初雁節、二年団員
・第三応援歌、二年団員
吹奏楽紹介
・川高節、第50代団長
・乾杯の拍手、二年団員
・野球応援メドレー、第50代幹部及び二年団員
学生注目
ファンファーレ
ファイティングマーチ
スパークリングマーチ
間接コール
ダイナマイトマーチ
F1
コンバットマーチ
大進撃

・応援歌「凌雲の志」、第50代団長
・校歌、第50代団長


奮え友よ

「奮え友よ 奮い立て今
初雁の校旗はためく武蔵野に
鍛えし我等
栄光の伝統守り
熱血の闘魂高く
今こそ誇れ
勝利の王座 勝利の王座
川高 川高 川高 川高

おお我が川越高校」


第二応援歌

「一、血潮に燃ゆる若人の

待ち憧れし今日こそは

光輝ある歴史の

誉れの名をば轟かせ

一挙一挙いざ奮え

一挙一挙

いざふるふるふる

一挙一挙いざ奮え

我が応援の

意気見ずや

二、熱球飛んで土を噛み

凱歌は上がる我が軍に

見よや若人の

赤き血潮の高鳴るを

一挙一挙いざ奮え

一挙一挙

いざふるふるふる

一挙一挙いざ奮え

我が応援の

意気見ずや」





団歌
「一、此處は武蔵野西の京
霊峰秩父の明け立ちに
古城の甍煌きて

雅の風姿岐疑に

二、滾り流るる瀧波も

焦がるる如き崖路さえ

精兵率いる我が団の

激つ血潮は負けはせぬ

三、城址の月に照り映ゆる

我等が母校川高に

晴嵐漂い剰え

獅子奮迅の団の虎

四、幾星霜の流れしも

我等が精魂永久に生く

一度契りし友の情

長五百秋に無尽なり」






初雁節
「一、月が出た出た
月が出た
アヨイヨイ
川越高校の上に出た
若い命を漲らせ

月を眺めてひと踊り
サノヨイヨイ
二、ひと山ふた山
み山越え
エヨイヨイ
やって来ました川高へ
初雁城址のその上に
ひときわ冴える月の色
サノヨイヨイ」


第三応援歌
「一、氷川神社の神主が
おみくじ引いて申すには
いつも川高は
勝ち勝ち勝ち勝ち
二、天にのさばる神様が
雲の上におんぶして
眺める様子は
川高の勝ち勝ち
三、川高健児の心意気
今日のこの場で見せましょう
それ打て やれ打て
今日も川高勝ち勝ち
四、もしも川高が負けたなら
電信柱に花が咲き
焼いた魚が
およぎだす およぎだす」





川高節
「一、ここは武蔵野か川越の町か
川越の町ならここ川高
二、高校川越の学生さんは
度胸ひとつの男だて
三、度胸ひとつで川越の町を
歩いてゆきます初雁ボタン
四、初雁ボタンは川高育ち
ボロはまとえど心はにしき
五、ボロはまとえど心はにしき
どんなものにも恐れはせぬぞ
六、どんなものにも恐れはせぬが
かわいいあの娘にゃ勝てはせぬ
七、かわいいあの娘はいつでも捨てる
母校のためなら命まで
八、命捨ててもその名は残る
母校川高のその名も残る」


乾杯の拍手



野球応援メドレー


第四応援歌「凌雲の志」
「一、凌雲の志を秘め競う
尽力の技冴えを見せ
地を蹴る我等
栄光目指し
武蔵野に覇を唱えん
川高川高
勝者勝者勝者
川高川越高校
二、高き飛翔に士気上がる
血気の闘志今溢れ
空駆ける我等
栄光求め
武蔵野に覇を唱えん
川高川高
勝者勝者勝者
川高川越高校」


ずらりと応援団員が並んだ様は壮観で、迫力ある川越高校応援団ですが、

実はその内情は、

三年生は団長一人で、他二年生、一年生合わせて29人の大勢の応援部員を

たった一人の第50代団長がまとめここまで引っ張ってきたという経緯がある。


舩山団長が川越高校に入学し応援部に入部したのが、2013年春のこと。

一年生だった時に、当時三年生だった第48代応援部員や生徒会など上級生が

夏の高校野球埼玉大会の初雁球場の試合で、

全校生徒による応援を実現するために奔走した姿を目にしている。

2013年9月くすのき祭で、第48代応援団は引退、

第49代である二年生が幹部になった体制の中に、当時一年生の舩山団長はいた。


あれは2013年11月のことだった、

川越の一番街では毎月第一土曜日恒例のイベント「宵の市」が開催されていた時で、

11月の宵の市に、川越高校応援部が幹部二年が中心となって演舞を披露していた中にも、

もちろん舩山団長はいた。

川越style


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(2013年11月宵の市で演舞披露より)


そして同じく11月には、

蓮馨寺で開催された東日本大震災復興支援イベントにも登場。

川越の街からぜひ演舞を披露して欲しいとのオファーが多くなり、

街で見かけることが多くなっていった時期でもあった。

川越style

(2013年蓮馨寺東日本大震災復興支援イベントより)


年を越え、2014年。冬の間も応援部の練習は日々続いていて、

寒さが緩んで桜が満開に咲き誇る春に二年生になった団長。

応援部にも新一年生が入部してきた。

まさか・・・こんなに。。。!信じられないほどの人数の入部希望者、その数に圧倒される。

大所帯となった応援部は、2014年5月GWの一番街でも演舞を披露していた。



2014年6月、屋上で行われていた練習、

当時から彼の凛々しい姿や男らしい声質の良さは際立っていた。


この時から舩山団長の学年は彼一人で、やがて必然的に団長になる彼の後姿を、

応援部に入ったばかりの新一年生は、様々な感情を抱いて見上げていたと思う。


その後、高校野球夏の県大会を経て、2014年9月くすのき祭での演技発表会で

第50代となる舩山団長へと応援団のバトンが渡された。


(2014年9月くすのき祭演技発表会より http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-11924062747.html


幹部二年生は自分たった一人、一人で大勢の一年生を指導し、

応援部としての形を作っていかなければならない。

もちろん下の者の指導だけでなく、自分の演技も高めなくてはならない中で、

舩山団長の苦悩は容易に想像することができる。

いつか彼が口にしたことがあった。

「同級生が応援部を辞めてしまって、自分一人になった時、自分も辞めようかなと思ったこともあったが、

でもやっぱり応援部が好きだし、一人でも続けようと思った」と。

一人では大変だろうと、例年以上にOBが放課後の練習などにも駆け付けてくれ、

もう悩んでいられない、前に進むしかない、

歴史ある応援団の第50代団長となった舩山団長は、腹を括った。

新体制となってすぐ、

アトレマルヒロが手がけた川越の一大ファッションイベント「カワコレ」こと、
『KAWAGOE COLLECTION 2014AUTUMN&WINTER』が開催され、

イベントの盛会を祈るようオープニングアクトに登場していたのが2014年10月のこと。

(2014年10月KAWAGOE COLLECTION 2014AUTUMN&WINTERより)


そして、年が明けた2015年1月に川越駅前で恒例ともなっている演舞披露。

1月10日は「110番の日」、

それにあわせて県内各地でさまざまな関連イベントが開催されていました。

ここ川越では、川越高校応援部に声がかかり、

川越駅という最も人が行き交う場で、演技を通して110番の適切な利用を訴えました。

応援部が110番の日に演技するのは一昨年から数えて今年で3回目。

この日を知っていて来られている方も多かったと思います。

ちなみに、応援部が110番の日のイベントに登場したことから、

街の人に広く知られるようになり、

一番街のイベント宵の市などに呼ばれて、さらに広がっていった。

街に出て行くきっかけになった原点といえる行事です。




(110番の日演舞披露より http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-11976709058.html


2015年2月には、六校応援団連盟による「日輪の下に」。

今年は浦和高校体育館にて行われました。

熊谷髙等学校應援團
不動岡高等学校応援部
川越高等学校應援團
春日部高等学校応援指導部
松山高等学校応援團
浦和高等学校応援団からなる六校応援団連盟の演技発表会は、

各校の応援団にとって大事な意味を持つ。

お互いの演技を見せ合っていい刺激とし、切磋琢磨しようという行事で、

舩山団長にとって、一年生から数えて2回目の日輪。

団長としては初めてで、そしてこれが現役最後の日輪の下にとなりました。



(2015年2月日輪の下に http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-11991374050.html


2015年春、最終学年となった舩山団長、

今年もまた新入部員が入ってくる季節となった。

昨年入ってきた数にも驚いたが、今年はなんと・・・もう言葉を失うよう。

昨年を上回る数の一年生が、応援部入部希望に押し寄せたのだ。。。

新一年生が加わり、これで総勢30人の大応援団となって、

高校・大学合わせても規模として日本一になったであろう川越高校応援団。

それは同時に、舩山団長の苦労がさらに増大していくことでもあり、

肩に重荷がずっしりと掛かりながら、たった一人で必死にまとめ上げようとする団長の姿は、

下級生の目にしっかりと焼き付いていたはず。

その姿に、より「この人のために」と応援団が一つになっていくようだった。


2015年6月、高校野球夏の県大会を目前に控えたある日の練習風景。

屋上の扉を開いて見えた風景、そこにあったのは、

想定していた様子と違ったものが広がり、いい意味で驚いた。

団長一人が動き回って孤軍奮闘のような姿をイメージしていたが、

二年生が積極的に一年生を指導し、部内の運営が上手く回っているのを感じた。



(2015年6月間近に迫った試合に向けて熱のこもった練習が続く

http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-12048348159.html


2015年7月、いよいよ応援部としての最大の仕事、野球応援の季節がやって来た。

第97回全国高校野球選手権埼玉大会。
川越高校は、ホームグラウンドともいえる初雁球場で強豪川越東高校を迎えた初戦に臨んだ。
天の采配かあるいはきまぐれか、数奇な運命は初雁球場で

初戦から川越の学校同士がぶつかるという川越ダービーが実現してしまった。

特に川越高校内では、この試合を全校生徒による応援で盛り上げたい、と

生徒会が中心となって動き、最終的に学校がGOサインを出したことで

一昨年以来の全校応援が実現しました。
全校生徒1100人を超える川越高校の全校応援は、

スムーズにスタンド内に生徒が収まるよう生徒会が声を出して誘導する光景があった。

限られた時間の中で混乱もなく、一塁側スタンド、ライト外野席まで川高生が埋め尽くされた光景は、

綿密な計画によって出来上がったものだった。

試合には負けましたが、スタンドを所狭しと縦横無尽に動く舩山団長に、

生き生きと活躍する二年生、一年生、笑顔絶やさず最後まで応援していたのが印象的だった。





試合後、舩山団長がスタンドに向き直り生徒に挨拶する。

「本日は熱い応援と声援どうもありがとう!

残念ながら負けてしまったが、全校一丸となったこの絆、この先生きてくると思う!

こうして全校応援することができたのも、生徒諸君の協力のおかげで

OB諸兄、先生方に本当に感謝申し上げたい!

本日は最後の最後まで、ありがとうございました」


最後に深々と頭を下げると、スタンドの生徒から惜しみない拍手が送られました。

野球応援が終われば、いよいよ応援部としての最後の舞台、

くすのき祭での演技発表会を残すのみとなった。

その日をもって舩山団長は引退となる。

あと2ヶ月・・・

ついこの間新体制となって日々の練習に、応援に、街の活動に、

目の前のことを全力で取り組んできたと思ったら、もう団長が引退する時が迫っていた。

あと2ヶ月・・・

特に二年生にとっては、言葉にならない想いがあったはず。

それは共に過ごした者達にしか分からない感情で、

同級生に抱く戦友のような感覚とは違う、おそらく、感謝だろうと思う。

たった一人で自分達下級生を引っ張ってきてくれた舩山団長。

演技発表会までの2ヶ月の練習でさらに自分達を追い込み、

団長の最後の花道を盛大に祝いたい、団長を最後男にしたい、

二年生達は感謝を胸に抱きながら、残り少ない団長との日々を大切にしていた。


その背中から多くのものを受け取った二年生は、

ある時、部を辞めようと悩んでいた二年部員がいるのを見ると、

二年生はみんなで頑張ろうと励まし、必死に引き止めたこともあったのだという。

その一致団結した姿に、いつの間にかこんなに・・・と、成長に目を見張るようだった。


8月、越後湯沢で行われた恒例の夏合宿で猛烈な練習を重ね、

ついに迎えたのが、2015年9月川越高校くすのき祭での演技発表会でした。

実の所、舩山団長が団旗を手にして体育館後方から歩いてきている段階から、

舞台上の二年生たちは涙ぐんでいるように見えた。

もう舩山団長が応援団旗を手にする姿を見ることはない、

この姿を目に焼き付けておかなければならない、様々な想いが脳裏を駆け巡っていただろう。

一年生にとっても特別な想いはあったはずで、

演技発表会直前に転倒して足首にひびが入ってしまった一年生部員は、

演技発表会に出られないかもしれないと悔しくて涙をボロボロ流していたが、

なんとかこの舞台に立つことができていた。


こうして、一番街で初めて見た時からを今振り返ると、本当に隔世の感がある。

見る側の反応があの時と歴然とした差があって、

始めは古色蒼然たるスタイルに、

珍しいものを見る、古い物を懐かしむような視線があって、

しかし、だんだんと応援団の姿が浸透していくと、

むしろ今の時代に合っているのはこういうことなんじゃないかという街の反応に、

応援団が広く受け入れられていくのを肌で感じていた。


舞台上の演技発表会、ラストを飾るのが校歌。

その時壇上では、舩山団長の後ろに居並ぶ二年生はみな涙していた。




校歌
「一、紫匂う武蔵野の
天与も深き川越に
教えの庭の規模広く
礎すえし学びやは
秩父の嶺のゆるぎなく
入間の水の末長し
二、師弟の情思濃かに
切偲の友誼亦厚く
華美にはしらず実に著き
智を耕して徳をしく
我校風は三芳野の
社頭の梅と薫るなり
三、蛍に捜る鳥の跡
雪に尋ぬる文の道
大和心に西の才
雄飛の翼養いて
高き誉を初雁の城址の月と輝かせ」


これで最後、その時間を噛み締めるように、最高の演技を披露した。

共鳴するように客席からもすすり泣く声があちこちから聞こえてくる。

舩山団長の団長としての最後の演技は、

鬼気迫るような、神々しいような表情で、美しかった。

舞台上に、30人もの応援団員が並んだ光景は、そうそう見れるものではない。

団長が最後に場内に
「フレー!フレー川高!フレー!フレー!川高!」と声を響かせた。

団長の最後の挨拶は、短くも簡潔な挨拶でした。
「決して私は一人ではありませんでした。多くの人々に支えられながら、こうして壇上に立つことができる。本当にありがとうございました。本日は最後の最後まで、どうもありがとうございました」
ゆっくりと太鼓が打たれ、幕が下がる、団旗がしまわれると、
拍手はいつまでも続いていました。

これで、第51回川越高校応援部による演技発表会は閉幕。

これにて、第50代舩山団長の活動は終了となりました。


この後は、外のグラウンドで後夜祭へと続いていく。

生憎の雨で、予定されていた催しは多くが中止になりましたが、

時間を繰り上げて応援部の登場。




そこで舩山団長の口から新団長含めた新幹部が次々と発表され、

グラウンドに集まった生徒が盛り上がる。

学校の象徴的存在である応援部は、くすのき祭の後夜祭で、

新団長が発表されるのが毎年の習わしとなっている。


新幹部は舩山団長自身が全て決めたもので、

こいつに団長を任せる、副団長にはこいつがいたらいいだろう、

統制はこいつ、旗手長、渉外、総務、鼓手長はこいつだな、など今まで共に過ごした日々から

その役職に自然と当てはまるような形で決めていった。

この日の発表前に、顧問の先生には「こうしたい」と話しがあったそうですが、

先生から見ても、「思った通り」の陣容になっていたのだという。

人を見て、適職を考え、よく整った組織は、

舩山団長が応援部がこれからも続いていくよう最後に成した大仕事だったのかもしれない。


「俺の最後の校歌だ!みんな全力で歌ってくれ!!」




これから川越高校応援部は、第51代の新しい体制で進んでいくことになります。

今の応援団の隆盛は、顧問の先生の熱意と二年生のいい雰囲気があってこそで、

そしてその様子を見ている一年生の雰囲気もまたいい、と非常にいい歯車で回っている。

幹部となった二年生のこれから、一年生の成長、

日本最大規模の応援団のこれからをどうぞお楽しみに。

リアルタイムの情報として、川越高校応援団のFacebookページがありますので、

そちらの更新をご覧下さい。

演技発表会の様子も動画でアップされているので、臨場感があります。

川越高校のページだけでなく、応援団の専門のページがあることが凄い。

そして、早速今月、街で彼らの雄姿を見られる機会が訪れます。

2015年9月18日(金)午後5時ごろより、

川越駅前アトレ川越入り口付近で演舞を披露することになりました。

アトレ丸広の開店25周年記念行事の一環として行われるもので、

ちょうど、2014年10月のKAWAGOE COLLECTION 2014AUTUMN&WINTERと

同じような場所になるのではないかと思います。

第51代の外部初デビューの演舞になりますので、

新団長に新幹部に、そして一年生の姿に、温かい目で見守ってください。

51代の歩みを引き続き追いかけていきたと思います。


川越高校応援部年間活動
平成26年度
9月陸上競技大会激励応援
ラグビー応援
10月サッカー応援

アトレ川越イベント

11月陸上部駅伝応援
小江戸川越マラソン

1月110番の日イベント
2月「日輪の下に」において演技発表於浦和高校

平成27年度
4月入学式
新入生歓迎会
新入生校歌応援歌指導
新入生歓迎会において演技披露
離任式

野球応援対久喜北陽

5月青年会議所イベント
6月球技大会
水泳応援

野球部親善試合対城西川越
7月全国高校野球埼玉県予選開会式
一回戦対川越東15-0
8月強化合宿
サッカー応援
9月くすのき祭にて演技発表

ここから次の51代へ。


第50代舩山団長、お疲れ様でした!

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ギラギラするように燃える太陽が朝から球場を照りつける。
試合開始が近づいてくるとチケット売り場には長蛇の列ができ、

チケットを握りしめた人たちは一塁側、三塁側へとそれぞれ吸い込まれていった。
見るとスタンドは人で埋まり、試合開始を待つ


第97回全国高校野球選手権埼玉大会。
川越高校は、ホームグラウンドともいえる初雁球場で強豪川越東高校を迎えた初戦に臨む。
天の采配かあるいはきまぐれか、数奇な運命は初雁球場で

初戦から川越の学校同士がぶつかるという川越ダービーが実現してしまった。
川越高校は川越が誇る伝統校で、現役生に各年代のOBの熱も熱く、

応援部は学校の華で顔的な存在。

この日の応援のために、野球部を勝たせるために、

放課後の屋上では試合を想定した練習を重ねてきた。


「川越高校応援部 熱のこもった練習が続く http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-12048348159.html
30人に上る応援部は、日本全国でも屈指の大規模応援部になっている。


かたや川越東高校は、春季関東大会で決勝まで進み、

敗れたとはいえ第一シードの浦和学院と熱戦を繰り広げ、今大会優勝候補の一つに数えられている。
両校の対戦は、組み合わせ抽選で決まった時から話題となり、

学校関係者だけでなく川越の多くの方が初雁球場に詰めかけるだろうと予想された。

川越で高校野球といえば初雁球場。

今年は何日の何時にどこの学校が初雁でやるんだろう、川越の方なら必ずチェックしているくらい、

初雁球場で高校野球を見るのを楽しみにしている方は多い。

この日は午前中の試合から、スタンドには多くの方が詰めかけていて、

OBであるとか関係なく、初雁球場で川越の学校を応援する、

それも川越の人に根付いた文化であると言えます。


特に川越高校内では、この試合を全校生徒による応援で盛り上げたい、と

生徒会が中心となって動き、最終的に学校がGOサインを出したことで

一昨年以来の全校応援が実現しました。
全校生徒1100人を超える川越高校の全校応援は、

スムーズにスタンド内に生徒が収まるよう生徒会が声を出して誘導する光景があった。

限られた時間の中で混乱もなく、一塁側スタンド、ライト外野席まで川高生が埋め尽くされた光景は、

綿密な計画によって出来上がったものだった。


在校生が1100人なら、そこにプラスしてOBが数多く応援にくるのが川越高校。

バックネット裏、ベンチ裏には各年代のOBが陣取り、グラウンドの練習を見つめていた。

今から50年以上前の1957年第9回卒業生は、

「川越高校の応援には毎年来ている。同じクラスだった3-Dの連中といつも一緒に応援に来ているんだ」

とこの日もクラスメイトだった15人で野球応援に来ていた。

中にはこの日のために名古屋から駆け付けた人もいるという。


そして応援部員も、気合が入りつつ表情は楽しそう。

「全校応援という、この環境で応援できることは本当に嬉しい」と話していた。

全校応援はそれを実現したことは大変なことですが、

当日の運用こそ考えなければならないことがたくさんある。

1100人全てが熱い気持ちで応援できるよう、

約30人の応援部員がくまなく目を行き届かせなくてはならない。

応援部員は一ヶ所に固まって集まるのではなく、スタンドの各所に立つという陣容で、

全ての観客に応援に参加してもらうよう、それぞれの持ち場を担当することになる。

この1100人の大応援団を生かすも殺すも、学校でも先生でもなく、応援部にかかっているのだ。

ただ1100人になると一塁側とライト外野席では距離が相当あるため、応援の連携が難しくなる。

吹奏楽の演奏も外野に届くまでに時間差が生じ、応援を揃えるのが困難になるのだ。

校歌などは統一してやりますが、

試合中は一塁側と外野席では異なる応援を行う場面も多くなり、

外野は外野で別の応援部員が統率することになる。

両者それぞれで行う応援の声は、まるで応援のウェーブのようであり、

グルーヴとなって球場内で声がさらにうねることになる。

今か今かとソワソワするスタンド、引き締まった表情でスタンド中を回る応援部員。
真っ青な青空の下、きっかり10時、

グラウンドに両校選手が整列して挨拶の声が響き渡ると、
いよいよ、全身がヒリヒリするような高校野球の暑い夏が始まった。

川東ナインがグラウンドに散らばっていく。

一回の表、川越高校の攻撃。

吹奏楽部が高らかに演奏する、
一塁側スタンドの生徒がみな立ち上がると、応援団長の掛け声で校歌、エール交換へと続いていく。








どの応援部員も生徒も声を枯らしてバッターの背中を押し、

球場中に1100人の渦巻くような声が立ち上がっていた。

一球ごとに歓声を送り、途切れることなく応援部員がスタンドを盛り上げる。

一死後、投手前に転がったボールにバッターが全速力で駆け出す、一塁セーフ。

大盛り上がりの一塁側、

すかさず「ファイティングマーチいきます!」と応援部員が声を張り上げる。
続くバッターが惜しくも抑えられるが、幸先よいスタートに一塁側はさらにボルテージが高まっていった。

「いい調子!」

「これから!これから!」


一回の裏、川越東高校の攻撃。

先頭バッターに左中間に二塁打を打たれると、

「ドンマイ!」

「落ち着いていこう!」

「次抑えられるよ!」生徒から声が飛び交い、

応援部員がスタンドを見上げて

「みなさんもっと声出していきましょう!」と奮い立たせる。
続くバッターにも二塁打を打たれ先制点を取られると、さらにセカンド強襲の間に一点追加。

たまらずマウンド上に集まる川高ナイン。

あっという間の二点劇でしたが、スタンドの気合は衰えるどころか力が入っていった。




「みなさん気持ちで負けちゃだめですよ!」

「大丈夫!落ち着いていこう!」

ショートフライでワンナウトと取った後、

川東バッターに大きな右中間二塁打が飛び出して、二、三塁のピンチに。

さすが優勝候補、川越東の怒涛の攻撃とピンチの連続に、

やっぱり川越東は強い・・・と沈んでいく一塁側。

ここで出番となるのが応援部。意気消沈した様子を察知するとすかさず、

「みなさんお通夜みたいですよ!もっと声を出していきましょう!」

それに、生徒が「オー!!」と応えて熱気が戻っていった。

全校応援は実現したこともそうですが、それをどうスタンドで生かすか、

1100人のこの大応援団を生かすも殺すも応援部員にかかっていることを

彼らははしっかり理解していた。

生徒の気持ちを盛り上げようと、全ての生徒に声をかけるくらいの勢いでスタンド中を動き回り、

一人一人鼓舞して回っていた。

鬼気迫るような表情で、そして笑顔一杯で、誰よりも楽しそうな表情で応援を続けていた。

その後満塁になりながらもしのぎ、一回終わって3-0。二回の表の攻撃へと切り替わる。


二回の表、川越高校の攻撃。

スタンドでは全校生徒が立ち上がり、第一応援歌が響き渡る。




「奮え友よ 奮い立て今
初雁の校旗はためく武蔵野に
鍛えし我等
栄光の伝統守り
熱血の闘魂高く
今こそ誇れ
勝利の王座 勝利の王座
川高 川高 川高 川高

おお我が川越高校」

これから3点返すぞ!と熱気に溢れていた。

「かっとばせ!ソーレ!かっとばせ!ソーレ!かっとばせ!」


先制点を奪われたからこそさらに熱気に包まれる一塁側。
続けてファイティングマーチで怒涛の応援を展開する。

学ランで動き回る応援団員はすでに汗びっしょり、バケツで水をかぶる。
先頭バッターがショートゴロに倒れた後、

次バッターがセンター前ヒット、ライト前ヒットでチャンスを広げる。

「いいぞ!この調子で一点返そう!」
「みなさん盛り上がっていきましょう!」
一塁からライトスタンドまで総立ちの川越高校、俄然応援に力が入る。
さらにチャンスを広げるも、一点を奪えずこの回終了。

二回の裏は、川越東にライト前ヒットからじわじわチャンスを広げられ、二、三塁のピンチを迎えた。
またここで点を取られてしまうのか、手に汗握りながら固唾を飲んで見守るスタンド。
ライトスタンドでは、ここでも応援部員は休むことなく声を張り上げ続ける。

一塁側とライトスタンド、距離が離れることで応援の温度差ができるのかと思いきや、

そこはやはり、何人もの応援部員が陣頭指揮を執ると違う。

川越東に負けるな、そして一塁側の応援に負けるな、独特な空間ができあがっていた。






最後のバッターを三振に抑えて、悪い流れを断ち切ることができた。
「よし!いい流れがきてるぞ!」

三回の表、川越高校は二死からセンター前ヒットで出塁。
ライトスタンドでは一塁側と同じような熱い応援が続いていた。
一塁側とライトスタンドのそれぞれの応援は、時間差で少しずれることで、

それはまるで山びこのような響きとなって声の波状攻撃のようになっていた。
生徒はグラウンド内に意識を集中させていますが、

応援部員はグラウンドの試合展開を把握するだけでなく、選手のプレーを後押しし、

さらにスタンドを下から見上げて、

「今どういう声をかければいいのか」生徒たちの様子も見ていなければならない。

前後の視野が必要で、
誰よりも熱く、動き、声を枯らしつつも、最も客観的なポジションが応援部員ともいえる。






その後一、二塁にランナーを進めるも、サードゴロで惜しくもチャンスを生かせなかった川越高校、

チャンスは作れているのであと一押しが欲しいところ、

その最後の一押しを全校応援で選手を盛り立てようとする。

三回の裏、川越東がノーアウトから一塁に出塁すると、

気がつけばまた一塁側は雰囲気が沈んでいる。
もちろん暑さの中で熱い応援を続けてきた疲れもあったかもしれない。
それでも応援部員には、

「みなさん、またお通夜みたいになってますよ!みなさんこれからですよ!」と

雰囲気をこちらに引き寄せようとする姿があった。
高校野球は、一つの流れに傾くとどんどん流されてしまう怖さがある。
その雰囲気に立ち塞がる存在が応援部員で、日頃から鍛えている声量はピンチの時ほど人を安心させ、演技や立ち居振舞いは周りを奮い立たせる。
パスボールの後、ライト前ヒットが出て川越東は一、三塁のチャンス、沸き立つ三塁側スタンド、
それを見た団長はすかさず一塁側スタンドに向き直り、

「頑張れ!頑張れ!川高!」と応援席を鼓舞する。
「絶対ゼロで抑えるぞ!」
「気持ち切り替えていこう!」
「応援も切り替えていきましょう!」

ストライクが入るごとに歓声の一塁側、まだまだ声は死んでいない。
しかし、、、満塁からライトスタンドへホームランが飛び出し、その後も追加点を許すと、

この回一挙8点を奪われた。悔しさを噛み締めるスタンド。


四回の表川越高校の攻撃、一塁側スタンドは

先ほどの大量失点で意気消沈の雰囲気になっているようだった。

その時どこかから大声援が届いてきた。

そう、ライトスタンドからだった。

こちらが沈んでいればあちらが鼓舞するような、

結果的にお互いの声でお互い刺激し合っているようで、一塁側の応援も息を吹き返していった。




四回の裏、川越東はノーアウトから一塁に出塁、

一塁側では「みなさんもっと声出していきましょう!」と応援部員が盛り上げる。

一球ごとに声援が飛び、一つアウトを取ると「いいぞ!あとアウト2つ!」と大拍手。


一塁手の前に転がったボールを上手くさばいて二死になると、

さらに応援のボルテージが上がっていった。

「頑張れ!頑張れ!川高!頑張れ!頑張れ!川高!」


センター前ヒット。点差は関係ない、応援にすべてを込め、

ピッチャーが勇気を持って投球できるように声をかける。

一人の応援部員がおもむろにグラウンドに向き直った。

金網ごしに選手たちを見渡すと、叫んだ。

「辛い時ほど笑顔忘れずに!!」

それは応援部員としてでもあり、一個人としての思いをグランウンドに届けようとしているようでもあった。

セカンドゴロでチャンジになると、いよいよ五回の表、

この回5点を返さないとコールド負けとなってしまう。

スタンドは総立ち、太鼓を叩く音にも気合が入る。

応援部員はこの日一番険しく、そして笑顔で動き回っていた。


川越高校の先頭バッターがショート強襲のゴロを放つと、必死の形相で一塁にかけこんでいく、

魂のヘッドスライディング・・・セーフ!

沸き立つ一塁側。選手はまだ諦めていない、

あのヘッドスライディングは選手やスタンドを奮い立たせようとする気持ちがこもっていた。




二死後に、三遊間に鋭いゴロを飛ばすと、川越東のショートとサードは交錯してアウトを取れず。

川越高校二死ながら一、三塁のチャンスをたぐり寄せた。
しかし・・・最後のバッターがセンターフライに倒れると、

川越高校対川越東高校、0-14、5回コールドで川越東高校の勝利となった。

優勝候補の川越東はさすがの強さ。ただ、点差ほど一方的な展開ではなく、

劣勢になりながらも川越高校の粘り強さが印象に残る試合だった。

なにより全校応援の後押しで試合を作った感があり、

生徒はみんな声を枯らして応援し、

応援部員は最初から最後まで声を出し動き続け、そして笑顔だった。

スタンドにいるだけで楽しく、気持ちが乗せられる雰囲気だったのは、

応援部員の頑張りがあったからだと思いました。


応援団長がスタンドに向き直り生徒に挨拶する。

「本日は熱い応援と声援どうもありがとう!

残念ながら負けてしまったが、全校一丸となったこの絆、この先生きてくると思う!

こうして全校応援することができたのも、生徒諸君の協力のおかげで

OB諸兄、先生方に本当に感謝申し上げたい!

本日は最後の最後まで、ありがとうございました」

最後に深々と頭を下げると、スタンドの生徒から惜しみない拍手が送られました。

試合が終われば、スタンドを埋め尽くした生徒たちは学校に歩いて帰る。

生徒会が中心となって誘導し、初雁球場から生徒が退出していく時の整然とした光景が川越高校らしい。

この後生徒たちはお昼を挟んで午後の授業に臨むという。

川越高校の高校野球はこれで終わってしまいましたが、

全校生徒で応援した経験は、今後の人生にも生きてくるはず。

少し心残りなのは、この応援部のメンバーではもう二度と野球応援が見られないこと。

本当にみんな楽しそうに応援していて、それが見ていて楽しかった。

なにより第50代応援団長は、この日が現役最後の野球応援になり、あの勇姿がもう見られない。

応援部員としての現役は、考えてみたら本当にごく限られた期間しかない。

幹部になってから数ヶ月、

あっという間に時間が過ぎていく速さと、短い期間だからこそ完全燃焼して輝けるものだと、

その両面を今年も想った。


応援部員は学校に戻る前に、三芳野神社に移動しての反省会を行っていた。



団長から、そしてスタンドで応援していた応援部OBから、顧問の先生から、

今日の応援部の様子を見て様々な指摘が上がった。

「マーチの途中で明らかに声が聞こえてこなかったし、

相手にどんどん点が取られていたのに、盛り上げようとする奴が少なかった」

「押忍!」

「一年生は初めての応援だったと思うけど、もっとがむしゃらにやってもよかったんじゃないか」

「押忍!」

「お前らがもっと暴れるような応援してもいいんじゃないかと思います」

「押忍!」

「試合中手持ち無沙汰にしているところも見えて、川高生としてもったいないなという印象を受けました」

「押忍!」

「自分たちで考えて自分達で行動できるのがみんなだと思うので、

オリジナリティー溢れる応援団を作ってください」

「押忍!」

「野球応援見ていると、凄くいい奴とだめな奴の差があるね。顔つきからして全然違う。

練習ではできているのに、一般生徒の前に出ると萎縮してしまう。

でもみんないい応援だったと思います。全校応援できて本当によかった」

「押忍!」

「団長は最高の花道を作ってもらったので、これは感謝を忘れちゃだめだね」

「押忍!」


これで、第97回全国高校野球選手権埼玉大会の川越高校の戦いは終わりました。

川越高校応援部の活動は、日々の練習に夏の合宿があり、

そして9月のくすの木祭での演技発表会の舞台が第50代の有終の美となる。

演技発表会は応援部員たちにとっての一番の晴れ舞台で、

それは野球応援とはまた違う、応援演技を極め、魅せる舞台となります。

その舞台が第50代応援団長の男の花道となり、

現二年生から第51代応援団長を指名し、バトンを渡すことになる。

演技発表会の演技は息を飲むような美しさなので、

くすの木祭での体育館、ぜひご覧になってみてください。

最後に最高の舞台を楽しみにしています。

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夕方、川越の時の鐘辺りにいると、遠くから大声の塊がどこかから届いてくることがある。
観光地でありつつ小学校や中学校など学校多い一帯であるので、
おそらくどこかの学校の部活動の掛け声なんだろうと思わせた。
時の鐘から閉館した市民会館まで来て掛け声がくっきりしてくると、
だんだんと声の意味合いの違いが分かるようになる。他の部活動のような揃った掛け声ではあるが、
それは部活内という内側に向いた声ではなく、外に向けて発せられているような声質で、
噂通り、今までにない大きな声が響き渡っていた。
そこに激しく打ち鳴らされる太鼓が加わる。


校門正面の巨大クスノキが青々と茂っている。また、この場所に来ることができた。
一年ぶりに上がった屋上からは川越の町並みがよく見渡せ、
そこには、信じられない光景が広がっていた。。。
すでに基礎体力練習の真っ只中で、腕立て伏せなどが繰り返されていた練習は、

他の部活動の光景ではないか?と思わせるような大人数。
まさかこれが本当に応援部?ここまでとは・・・と一瞬言葉を失う。







川越高校の屋上、いつもの、そして代々練習場所としてきた場所で、
応援部による練習は冒頭から全力の熱を帯びていた。
ここがあの声の発信源、間近で聞くとその迫力に圧倒される。

聞く、というより、声を受けるといった方がいい全身に当たってくるような声。が全員から発せられてくる。
応援部員は団長である三年生は一人ですが、

二年生12人、そしてこの春入部して今いる一年生がなんと19人という、

川越高校応援部は現時点で、高校大学合わせても全国的に異例の大規模な応援団となっています。

ということを川越の人に知ってもらいたい事実。

昨年屋上の練習に来た時は、当時一年生だった現二年生の部員数の多さに驚き、

これからの部が楽しみと感じていましたが、

今年はさらに大勢の一年生が入部してきて、学校に始まって以来前代未聞の事態となっている。




(団長の話しには、『押忍!』という返事)


基礎体力練習の後は、いよいよ来週7月13日の月曜日に迫った

第97回全国高校野球選手権埼玉大会の試合に向けた練習へ。

応援演技の型を追究するよりも、実際の試合を想定した練習が続きます。

県大会初戦の舞台はホームグラウンドといえる、川越高校目の前にある初雁球場、

相手は川越東高校に決まりました。

この試合に向けて、応援部と生徒会は全校生徒による全校応援を実現しようと話し合い、
学校を動かし、13日の試合は全校応援が決まりました。

初雁球場ということで、昨年もそうでしたが、

おそらくいろいんな年代のOBもたくさん球場に足を運ぶのではないでしょうか。

学校が野球部を応援しようと全校生徒を球場に集めるのではなく、

生徒が発案して学校を動かすというようなボトムアップは、川越高校の気質というか文化といえるもの。

それは文化祭である「くすのき祭」を見れば一目瞭然です。

『2014年第67回川越高校くすのき祭 http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-11923107246.html


初雁球場での試合は、川高生にとって特別な意味を持つ。

学校の目の前にある球場で、ここで試合があるからには全校応援で野球部を応援したい。

野球の全校応援は、一昨年の初雁球場の試合でも当時の応援部と生徒会が実現しています。

当時の熱気は今でも語られていて、スタンドで揃って声を枯らした応援歌や校歌、

自由な校風で個性豊かな人材が集まる川越高校で、

生徒があんなに一つにまとまった光景はない、と先生も振り返っていました。

あの試合を契機にして揃いのTシャツも作ったほど。

あれから二年、埼玉大会の初戦の球場が初雁球場に決まり、今年も全校応援で臨みます。






「フレー!フレー!川高!!」
野球応援の練習が始まると、まるでここがスタンドに思えるような雰囲気に。

「さあ、皆さん盛り上がっていきましょう!」

「まだまだ、これからですよ!」

「いい調子!この調子でいきましょう!」

部員それぞれが声を出し、グラウンドの選手を、スタンドの観客を奮い立たせる。









決まった言葉よりも、部員それぞれが考え、自分の言葉で声を出し続けていました。

全力で声を出し、所狭しと動き、留まることを知らない。

練習は顧問の先生の指導もありますが、

基本団長である三年生と二年生によって指導されます。

応援演技の型は一子相伝のようなところがあって、

部員から部員へ、直接指導により受け継がれて守られているのです。

その伝統は、新たに一年生が入った今も変わりません。

人数が多いということはそれだけ多様性が生まれるということで、

今年の一年生部員の顔触れは、「いろんな個性の部員がいて面白いです」と先生は話します。


昨年上級生の指導を受けていた一年生は、今二年になり一年生を指導する立場に。

声が出ていない部員に喝を入れ、演技の型が乱れていると見本を見せる。

団長一人ですべての部員を見る事は難しいので、例年以上に二年生の役割が大きくなっているよう。

また、OBがよく練習に顔を出してくれ、指導を手伝ってくれるのが大きい、と団長は話します。

OBにとっても、こんなに新入部員が入ってきたことは想像もしていなかったこと、

団長一人では大変だろう、と何かと屋上に駆け付けてはサポートしてくれるといいます。


応援は、声を出すというのはあくまで一面で、

型の綺麗さ、揃っているか、など追究していることは多い。

一年生はまだ入部して3ヶ月ほどなので、声ならまだ大きな声を出すだけですが、

二年生になると、日々の練習で積み重ねた声や演技は確かな重みとなって、

その応援する声が届いてくるだけで自然と奮い立ってくるような、自然と押し出されていくような力がある。

これが応援団による応援の力なのかと実感します。

また、一年生が入ったことで、見本にならないとという意識も生まれるようで、

二年生の顔つきが昨年とはがらりと変わっていました。

「二年生は、休み時間にも教室で応援の型の練習をし合っているのを見る」と話す顧問の先生。

「あと一点取りにいきましょう!」

「ナイスピッチ!」

「この調子で最後までいきましょう!」

「さあ、ファイティングマーチいきます!」









(二年生が演技の型を指導する)

野球応援のような場で、なぜ演技の型の追究が必要なのか??

それは、例えば拍手1つとっても

「型が崩れている拍手と、綺麗な拍手では、応援される選手の気持ちが変わる」

と団長は話す。

こういう拍手、と見せてくれた団長の見本の拍手は本当に美しかった。

入部してからずっと磨いてきた型がそこにありました。

ピンチになった時、あるいは終盤になっても、

こんなに綺麗な拍手を見せられたら、そばにいるスタンドの観客はもちろん、

選手も「スタンドには諦めず一緒に闘ってくれているやつらがいる」と勇気付けられるはず。

それがなにより野球応援での応援団が目指すところで、

つまり声も演技も含めた人としての「姿」を見せることが、応援団の役目になる。


応援団というと、時代に逆行している廃れた文化と見る人もいるかと思いますが、

時代は常に巡っていて応援団の輝きは今ここにある。
その姿は今の高校生にかっこよく映るのでしょう。
いや、高校生だけでなく、大人だって応援団の姿はかっこいいと思う。

社会の感性がここに来ているのかもしれません。
一年生はみな自分から応援部に入りたいと志願して門をたたいたのだという。

しかも今年の一年生の特長は、中学校で運動部に所属していた生徒が多く、

みんな応援団に対して熱心。

学校の練習以外にも、自分達で集まって練習するほど意識が高い。

それに触発されて二年生も練習に熱が入る、という好循環が生まれています。


川越高校の象徴でもあり、今や代名詞となっている応援団は、

学校という枠を超えて川越の街の人にも知られるようになっている。

今年は、川越運動公園で開催された川越青年会議所主催のイベントで演技を披露したり、

FMラジオNACK5の番組にも登場していました。

応援部の活動に昨年密着したのは、川越高校応援部にある

今の高校生が一見不条理にも見える応援団というものにあえて飛び込みのめり込んでいる姿、

演技の型を高校生の中で代々受け継いでいること、それが50年近く続いていることに驚いたから。

一つの形を、リレーのバトンのように世代を超えて50年も経っていたら、

普通だったらどこかで崩れたり、途切れたり、

消滅してしまうのが社会というものの常だと分かったふりをしていたら、

それを途中なくなりそうになりながらも、50年守ってきた愚直な高校生の姿に感動した。

これは、川越高校の伝統であり、川越の街の伝統でもないかと思った。


昨年は2014年6月放課後の厳しい練習から、7月の夏の高校野球県大会の試合、

そして応援部としての有終の美である2014年9月のくすのき祭での「演技発表会」まで

第49代応援団を見届けました。
そして演技発表会をもって引退すると、伝統のバトンは節目の第50代へ。
二年生秋に団長となった第50代応援団長は、たった一人で一年生を見るという重責を、

先生やOB協力のもと果たしてきました。
2015年2月浦和高校で行われた六校応援団連盟では、大人数の迫力ある演技を披露。



(2014年2月第40回「日輪の下に」六校応援団連盟

http://ameblo.jp/korokoro0105/entry-11991374050.html
各校の応援演技を見比べると、六校でそれぞれ個性が異なる演技ですが、

中でも川越高校は型の綺麗さ、美しさを追及しているのがよく分かります。
そして2015年4月に新一年生が入部してきたのが、およそ20人。
前例にない大所帯となって、ここまで活動してきました。

応援部をまとめてきた第50代応援団長にとっては、

全速力で駆け抜けてきた日々も、早いようであっという間、

現役が終わる時が間もなくやってこようかとしています。

昨年もそうでしたが、応援部員たちのここからの表情がまたいいのです。

夏の高校野球が終わり、夏合宿を経て、9月のくすのき祭の演技発表会が来れば現役引退。

今はまださなぎの状態、ここから蝶になって輝いていく。

その、応援部員が一番輝く瞬間が、くすのき祭の演技発表会の壇上となる。

もうすぐ引退だ、と意識しながらヒリヒリするような毎日を過ごす中で、

彼らの表情はさらに引き締まり、さらに姿は純化し、

壇上のあの一瞬の煌めき、最高の応援演技へと昇華していきます。

高校生という限られた時間を、応援部に全てを捧げ、打ち込んできた日々。

人はここまで美しくなれるのか、と高校生に羨望しつつ、

でも誰にでもその時期があったから人は魅かれるのだ、とも思う。

応援団の美しさは、みんなにあるものなのだ。



この日の練習が終わると、反省会へ。

団長から練習で気付いた点などが指摘されます。




この日も街に響き渡った応援部の練習の声。

野球部を応援しながらも結果、それは街を応援しているような声となって、川越を包んでいるようです。

今年は例年になく大人数の大きな声となって、川越を応援しています。

川越高校、13日の試合は初雁球場の第一試合川越東高校との対戦になります。
全校応援ということで一塁側スタンドは生徒で埋まることでしょう。

そして各所に応援部員が立ち、スタンドを盛り上げます。

勇姿を楽しみにしてください。

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埼玉県下、各地にある高校の応援部は現在熱く活発に活動しており、

意外に知られていない事実ですが、

埼玉県は全国的に応援部文化が発展し広く定着している地域でもあります。

埼玉県の伝統文化ともいえる応援部。

中でも、旧制中学からの歴史がある県立六校

(松山高校・浦和高校・川越高校・春日部高校・熊谷高校・不動岡高校)

の応援部から成る六校応援団連盟は、

埼玉県がいかに応援部が盛んかを示す象徴的な存在。

熊谷髙等学校應援團
不動岡高等学校応援部
川越高等学校應援團
春日部高等学校応援指導部
松山高等学校応援團
浦和高等学校応援団

六校応援団連盟は、夏の全国高校野球選手権大会埼玉開会式を始め、
インターハイ結団式など、様々な活動をしており、

中でも一番の大事な行事といえば、やはり、日輪の下に。


2015年2月15日、毎年恒例となっている「日輪の下に(にちりんのもとに)」が、

六校応援団連盟主催により浦和高校体育館で盛大に行われました。

日輪の下に、は連盟に属する六校が一年に一度だけ一つの場に集まり、

それぞれの応援演技を披露する合同の演技発表会で、

お互いに刺激し合い、切磋琢磨し合うというもの。

応援部は普段は「応援する」という縁の下の力持ちの存在ですが、

この舞台では全面に出て、それぞれが今まで磨いてきた技を披露します。

前身である四校応援団連盟により1977年に第一回が開催されてから、今年で節目の40回目の開催となりました。


普段の応援部がそれぞれの学校で活動しているわけですが、

応援部だけが集まる演技発表会が行われるというのもまた珍しい。

応援部の連盟が存在していることもそうですが、

こうして合同演技発表会が行われることも全国的に稀で、埼玉県の応援部文化を物語ります。

男子校が多く残り、応援部が現在も活発に活動する埼玉県ならではの特色でしょう。

開催場所となる学校は毎年持ち回りとなっていて、今年の主幹校は浦和高校だった。


応援演技といっても一様ではなく、六校の個性溢れる演技を見比べられるものとして、

日輪の下には学校関係者や保護者だけでなく、OBや毎回楽しみにして来ている方が多いビッグイベントです。

京浜東北線北浦和駅から歩いて10分、浦和高校が見えてくると、

どこからか大声の重なりが聞こえ始めてくる。

単に大声ではなくその発声、声の張りは間違いなく、応援部員と確信できるものだった。

声を辿って浦和高校体育館の姿を確認しました。

続々と校門に吸い込まれていく来場者。

入口に立って来場者を案内する応援部員に、

「今日は楽しみにしてきた。頑張れよ!」とOBが声を掛けて激励する光景が見られました。

大型バスが入場してきたと思ったら、わざわざ富山から来た応援団連盟の高校生たちで、

日輪の下に、には毎年のように見に来ているそう。

他にも県外から見学に来ている高校生もいて、他県の現役応援部員たちも注目している行事です。

また、川越駅からの電車に同乗したのが川越工業高校の応援部5人だった。

先頭車両で直立不動で真っ直ぐ前を見据え、微動だにせずいて北浦和駅に降り立っていました。

川越工業は六校応援団連盟には加盟していませんが、六校の応援演技の見学に来ていたようでした。


今の「日輪の下に」の活況は、昔を知る応援部OBからすると隔世の感があると言います。

もともとは人に見せるというよりお互いの学校の演技を披露し合うという意図がメインで、

来場者は多くて数十人。

時代により、部員減少から六校が揃わない年もあったそうですが、

今は六校とも部員が多く、また、来場者も大勢いて盛大な会となっています。

一昔前の応援部のイメージとしてバンカラで野蛮という印象を持つ方もいるかもしれませんが、

今の時代の応援部員はみんな礼儀正しくて凛々しい。カッコいいものとして入部するのが応援部。

応援部という文化は時代に逆行しているように見えて、

実は今の時代に合う部分が多くあるのではないかと感じさせる。


9時半の開場前にはすでに体育館入口に長い列ができ、

今か今かと待ち構える人で熱気を帯びていました。

もちろん川越高校応援部保護者やOBも多数駆け付けていた。

入口にはこの日のためのグッズも用意されて販売されていました。

OBが制作したというキーホルダーは、それぞれの学校の校章をモチーフにしたもの。

母校のものを買い求める方が殺到していました。


開場前の体育館に入ると、六校の部員が着々と準備を進めている光景があった。

すでにリハーサルは終了し、部員たちも開演の時間を待つばかりだった。

広い体育館を見渡し、これだけの人数の応援部員が埼玉県にいることに改めて圧倒される。




どの学校の応援部員も学ランですが、一言で学ランと言っても各校で個性があり、松山高校のように刺繍を入れる学校もあったりとさまざま。

ちなみに団旗は手で触ることはせず、腕に抱えるようにして持ちます。

熊谷高校応援部OBという方に言われて見てみると、

確かに団旗は各校それぞれ材質や太さも違い、団旗の先端もそれぞれ形状が違うことに気付いた。

「団旗は応援部、学校の命。花より団旗だよ」と団旗を見つめながら話していたのが印象的だった。


楽しみにしている来場者とは裏腹に、緊張した面持ちの各校応援部員たち。

演技する部員にしてみれば、他の学校には負けられないというプライドも当然胸にあり、

自分達が一番いい演技を見せるという決意を抱く特別な舞台。

前夜「眠れないくらい緊張した」と語る部員もいて、この日に合わせて練習を積み、

この日に懸ける意気込みが伝わってくる。

川越高校の第50代団長も、やる気に満ち溢れた表情で

「これまでやってきたことを見せる。

どこの学校の演技にも負けないものを見せたい」と決意を語っていた。
部員たちをやる気にさせるのは、厳しい目に晒されることがある。

他の学校の現役部員の目だけではなく、各学校で各世代のOBが会場にやって来ていて、

誰しもが「自分の母校こそ一番だ」と母校の応援部員の勇姿を見守る。

応援部OBとなると見る目が特に厳しくなり、それこそ一挙手一投足くまなく見つめている。


六校が勢揃いする場であるからこそ各校の演技は見比べられ、

あの学校は揃っていた、迫力あった、など日輪の下にでの印象が学校の印象ともなる。

応援部というのは普段は競技ではありませんが、

この日だけはお互いに競い合い、まさに対外試合で、

それは応援部にとっての甲子園のような場所だった。


そこまで大事な「日輪の下に」とは、一体どういう経緯で始まったのでしょうか?
日輪の下に、は『昭和52年以前、埼玉県下にはいくつかの応援団が存在した。
どこの応援団も野球応援の基礎を確立し、独自のスタイルをつくり始めていたが、
その中でも特に春日部高校応援指導部は
東京六大学の慶應義塾大学應援指導部よりコーチを招き、著しい発展を遂げていた。
昭和52年初秋、
春日部高校応援指導部と、浦和高校応援団との間で連盟結成の話が持ち上がった。
そして当時、春日部高校応援指導部副団長であった、上野賢了さんを中心に、
同じく旧制中学であった川越高校應援團、熊谷高校應援團も参加して昭和52年9月、
ここに四校応援団連盟が結成された。
そして、普段あまり目立たない応援団の活動を少しでも御理解いただく為、
また四校の団結を強める為にと四校応援団連盟演技発表会、
第1回「日輪の下に」を時を同じく春日部高校で開催した。
「日輪の下に」という題名は上野賢了さんが考案したものである。
なお、第1回から第4回までには年に2回行われていたが、第5回からは年1回に定着した。
昭和54年には不動岡高校応援部が先代からの加盟希望と四校応援団連盟の要請、
また同じ旧制中学であったということもあり応援団連盟に加盟、
昭和60年には松山高校應援團の紹介と熱心な加盟希望、
同じく旧制中学であったということもあって加盟し、
現在は六校応援団連盟として活動している。』


10時。六校による団旗掲揚式が行われ、浦和高校校長の挨拶があり、

いよいよ第40回「日輪の下に」の演技が始まった。





プログラムは、

熊谷髙等学校應援團
不動岡高等学校応援部
川越高等学校應援團
春日部高等学校応援指導部
松山高等学校応援團
浦和高等学校応援団

の順番でステージに上がり、各校の司会が進行を仕切る。

その進行ぶりも会場は固唾を呑んで聴き入り、

司会役は一字一句間違えないよう全力で集中して口にしているのが伝わる。

言い間違いがあったら進行を止め、「失礼致しました」ともう一度やり直す徹底ぶりだった。


演技は第一応援歌から応援歌が続き、野球応援メドレー、校歌と進んでいく。

熊谷高校第一応援歌「勝利の伝統」、
不動岡校歌第一応援歌、
川越高校第一応援歌「奮え友よ」、
春日部高校第一応援歌「秩父の嶺」、
松山高校第一応援歌「空は晴れたり」、
浦和高校第一応援歌「八重雲起こる」。


立ち姿勢から拍手、応援演技の型まで各学校で違い、その個性もまた見もの。

そしてそれら演技一つ一つに謂れや由来があって、大事に守り続けてきた誇りと伝統がある。

ちなみに春日部高校が現在で第89代。(川越高校が第50代)

演技には各校とも吹奏楽部と野球部が駆け付け、演奏や野球応援で応援演技を盛り上げる。

吹奏楽と応援部の太鼓でさらに迫力が増し、

各校の応援演技の華、野球部と競演する野球応援メドレーの際は

ここが夏の県大会のスタンドに思えてくるような熱さでした。

特に春日部高校は全曲オリジナルという、全国的にも珍しい貴重な応援で魅了した。

六校の中で唯一の共学校である不動岡高校は女子部員がいて、凛々しい司会や演技を魅せてくれた。

そして最後の校歌になると、会場は毎回OBも含めて一体となって大合唱となり、

感極まったような熱気に包まれました。

照明効果も練られ、それは

ステージの応援演技を主人公とした

吹奏楽部員、野球部員、会場の来場者で作り上げる総合芸術のような空間となっていました。


トップバッターの熊谷髙等学校應援團、

第一応援歌「勝利の伝統」からスタートした。













不動岡高等学校応援部











川越高等学校應援團















春日部高等学校応援指導部










松山高等学校応援團

















浦和高等学校応援団











第40回「日輪の下に」。終わってみると会場は満員で立ち見が出るほどの盛況ぶりでした。

今年の日輪は、先生もOBも「全体的に人数が多くて活気があった」と語る見応えのあるものだった。


それぞれの演技の違いは辿ってきた歴史の違いであり、

歴史の多様さを思いました。

今年の夏の野球応援で、この代がどんな演技を魅せてくれるのか、

各校の応援演技のこれからの活躍が楽しみです。

埼玉県の伝統文化、近年の応援部はますます熱いものになっています。


次はいよいよ野球場で。。。




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