川越style「弁天横丁 『GALLERYなんとうり』」復活までの軌跡 | 「川越STYLE」

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蔵造りの建物が軒を連ねる川越の一番街。

一番街を散策し、北に位置する札の辻交差点まで来ると、

道を折り返したり、曲がって菓子屋横丁に向かう方が多いのではないでしょうか。

 

札の辻交差点から真っ直ぐ北へ。

 

ここから北を利用するのは、観光の方より地元の方が多いですが、

明治の川越大火を免れた江戸時代の貴重な建物がそこかしこに見られる地域でもあります。

少し進むと、右手に目を引かれる横丁の入口が。

目にし、ずっと気になっているけれど、足を踏み入れたことがないという方も多いと思います。

 

 

 

 

 

建物は昭和なのか、それ以前なのか、とにかく古い年代を感じさせます。

 

特に手を加えられた形跡もなく、建てられた当時のまま

多くの時間を過ごしてきている佇まいです。

川越最大の観光地である一番街から、ほんの少し歩いたところに、

まるでタイムスリップしてしまったかのような横丁があることを知っているでしょうか。

 

横丁を進みます。

 

クランクになった通りがなんとも粋です。

車が入れる幅もなく、通るのは時たま自転車か歩く方が通り抜けるのみ。

静かな時間が流れます。

 

このあたりは、かつて「芸者横丁」とか「べんてん横丁」などと呼ばれ、

 

通りの名称から想起させる言葉「三味線」「芸者」などにより

置屋さんがあった場所とわかります。

喜多院裏手や蓮馨寺と同じく、花街として当時は相当な賑わいがあったでしょう。

 

現在では、老朽化した建物が集まる場所ではありますが、

 

大正期に建てられた長屋が2棟、土蔵をリノベーションした酒場の建物なども残っています。

一番街の喧騒から離れ、弁天横丁は静かな時の流れを感じることができ、隠れた名所となっています。

歩いていると、どこからともなく談笑する声、下駄の音、風鈴の音、が聞こえてくるよう。。。

 

弁天横丁を進んで右手に現れるのが、大きな長屋。

 

細長い七軒長屋です。


大正初期に建てられた長屋の一軒を改装し、住居とギャラリーを併設した場所として

生まれ変わらせようという計画が、昨年から続いていました。

数ヶ月がかりの計画です。

 

昨年足を踏み入れた時は、建物内はまさに朽ちるに任せた状態で、

 

呆然となるようなありさまで、

本当にここに人が住めるようになるんだろうか、と思ったのを覚えています。

 

そこから、綺麗に片付け、汚れを落とし、和紙を壁に貼ったり、トイレやキッチンを入れたりし、

 

建物が生き返るのを間近で見てきました。

コツコツを手を加えて、2014年3月に見事完成。

ギャラリーとして、そしてすでに住居として、建物は使われています。

 

改装を行ったのはNPO法人川越蔵の会。

 

蔵の会では、観光地として賑わいのある一番街から近いこの地区の風情を後世に残し、

あらたな文化発信の拠点を作る試みとして、

埼玉県文化振興課の助成金「文化芸術拠点想像事業」の助成を受け、長屋の改修を行ってきました。

完成させた弁天横丁の長屋は「GALLERYなんとうり」と命名され、

このギャラリーは文化芸術の発信地として、

また、テキスタイルを生業とする山本さとこさんの創作活動の拠点、アトリエにもなります。

 

そして、2014年6月26日から、なんとうりで山本さんの作品展示がスタート。

 

生まれ変わったギャラリーでは、

その後も素敵な展示会の予定が控えています。

 

弁天横丁があるのは、

 

ちょうど蔵の会の事務局でもある「本町の長屋」のすぐ裏手にあります。

(2014年GWに一日限定で開いた長屋BAR)

 

裏手にある弁天横丁のことは長く気に留めていて、

 

どうにかして復活、利用することはできないかと考えていた建物とのこと。

川越の新たな魅力的スポットになるギャラリー、なんとうり、

その完成までの様子を振り返ります。。。

 

☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*

 

 

蔵の会のメンバーが、改修のために長屋に足を踏み入れたのが、2013年11月のことでした。

 

長屋の中は完全に廃墟状態。



「天井はがしたら結構きれいな構造と天井板(2階の床板)が出てきたり、
壁紙はがしたらピンク漆喰が出てきたり・・・・解体は面白いけど、
埃まみれの1日でした」

と振り返っています。

 

2013年12月。ここから改修のお手伝いに参加。

 

長屋に入ると作業は少しづつ進み、

一階の床にはシートが敷かれ、工事に使う道具があちこち置かれています。



ここにあった小料理屋は、元芸者の女将さんが50年以上営業していたお店でした。

数年前に閉店しましたが、女将さんは90歳代までお店を切り盛りしていたそう。

 

今見るとその面影はほとんど感じられず、荒れ果てた状態。。。

 

ただ、壁の色合いがなんとも言えず味わいがあって、

卵色、ピンク、黒色の漆喰壁が濃い陰影を作り出しています。

この格子窓から見通す外の風景は、

まったく平成には見えない風情があります(*^o^*)

 

長屋に蔵の会のメンバーが集まり、これから中を綺麗にして、少しづつ建物に手を加えていきます。

 

工事を専門業者に頼む部分もありますが、ほとんどが自分たちの手作業です。

一階をギャラリーにし、二階を住居にする、

そのためにはたくさんの資金が必要で、そんな資金はない!?ということで、

できるだけ自分たちで改修しようという計画でした。

また、自分たちの手で長屋を生まれ変わらせることの大事さも認識していました。


細い階段から二階に上がると、畳の二部屋が広がります。

ふすまはやぶけ、畳も擦り切れて、壁はボロボロ。

この二階は住居スペースとなる予定です。

ここが人が住めるようになるのだろうか、と内心思いつつ部屋をよく見ると、

窓の隙間からは風が入り込み、壁にも穴が。畳も少し傾いているような。。。

話しによると、大正12年の関東大震災で建物が傾き、

その傾きのまま今に残るそう。隙間風はその時の傾きのせいでしょうか。

 

当時のまま残る姿も凄いですが、関東大震災でも倒れなかったことはさらに凄い。

 

東日本大震災でもびくともしなかった。

この辺りの地盤は相当強いとのことで、

地盤を分かってその上に、今の一番街などの町屋を建てていたのかな、と想像は膨らみます。

 

ただ、部屋を見渡して、

 

「自分たちだけの改修で、住めるようになるんだろうか。。。」

迷いは深まります。

ここは、改修後に住む人を捜すのではなく、もう住む人が決まっているんです。

住む人が決まっていて改修を始めます。

その住む方というのが、テキスタイル作家の山本さんです。

 

一階のスペースをギャラリーとして展示会を開いたり、

 

アトリエとして仕事場にも使い、二階に住む形。

 

そしてこの改修には、

 

山本さん自身も蔵の会のメンバーと一緒になって参加しているんです。

自分が住む場所を自分で改修する。

(壁はボロボロの状態。ここに和紙を張ります)

 

 


壁には下貼りとなる和紙を糊で一枚一枚貼っていき、

この上にさらに和紙を貼り、2枚重ねにします。

下地となる1枚目の和紙を壁という壁に貼り終わりました。

 

壁の幅を計算して、大きい和紙を適当なサイズにカットし糊を付けて貼る。

 

和紙を綺麗に真っ直ぐカットするのは意外と難しい。

切る部分を一直線に濡らして切れやすくします。

糊を塗るのも付け過ぎてもボコボコになるし、少ないとピタッと壁に付かない。

壁の端に合わせて貼りたいので、細かい部分は慎重に進めます。

 

蔵の会のメンバーも、山本さんも、和紙を壁に貼るのはまったく慣れていません。

 

「こんな感じでいいんですかね?」と訊ねても、

う~ん、いいんじゃない、という答え。。。

山本さんからも、まあ、そんな感じでいいよ、と返事。

 

自分たちで改修する!と決意しても、プロではなく素人。

 

貼ったところを見ると、少しずれていたり曲がっていたり。

よく見なくても素人仕事なのが分かってしまいます。。。

それでも和紙を貼っていくうちにコツを掴み、

だんだんそれらしく貼れるようになりました。

 

慣れると自然と分業になっていて、

 

和紙を切る人、糊を付ける人、貼る人に分かれてスムーズな流れができます。

 

「こんなに早く貼れるもんだね」

 

 

と自分たちで感心するくらいでした。

 

 

ただ、単に和紙を貼るだけなら気持ちも楽ですが、

 

ここに山本さんが住むと考えると、貼る時に手が震えました。

こんな出来でいいのかな、と自問自答しながら貼っていた。

 

山本さんも、古い建物に住みたいという気持ちから、この長屋を気に入ったそうで、

 

「こんな古い家に住むっていうのは、多少隙間風があっても

そういうものだと受け入れますよ」

と話していました。

 

改修といっても大がかりなものではなく、最小限住めるくらいまでしかできない予定。

 

それでも、ここに住むと決めて自身も参加していました。

 

テキスタイル作家の山本さんは、同じくテキスタイル作家の飯田さんと

 

studio羽65というユニットを組んでいます。

二人で活動を始めて30年になります。

 

これまで、山本さんは狭山緑地の東大和に工房を構え、

 

飯田さんは軽井沢で、とお互いに工房を構えていましたが、

山本さんは川越に移り住んできます。

今までは「森」をテーマに工房を構えていた。

まるで引き寄せられるようにしてやって来たこの場所では、古い町並みがキーワードになるでしょうか。

 

作品は基本、ギャラリーでの企画展で発表してきたstudio羽65。

 

最近まで銀座で企画展を開き、これから伊勢丹新宿店でも予定されています。

二人が織る糸は、絹、麻、ウール等の天然素材です。

糸によりをかけたり、練ったりしてオリジナルの糸にして、

渋木、くるみ、梅などの植物で染めたものを織りあげます。

 

今までいた東大和は自然溢れる場所だったので、染めに使う材料は山のようにあった。

 

軽井沢の工房も、大自然の中にある。

糸を染めては干してを繰り返し、一週間くらいかけて色を付けていきます。

それを手作業で織って、完成させる。

 

絹は扱いが大変で高価なイメージがあるかもしれませんが、

 

二人が織る絹は中性洗剤で洗えて、乾きやすく、なにより丈夫。

普段の生活での使い心地の良い布が展示されています。

 

川越で上質なテキスタイルを織りなす作家さんが

活動拠点を構えてくれたことが嬉しい限りです。

しかもそれが、古い建物が建ち並ぶ弁天横丁。

古い建物に住みたいという思いと、ちょっとした縁で、

この地に辿り着いたのでした。

 

山本さんがこの長屋の二階に住むことになったのは、

 

いくつもの縁が重なってここにたどり着きました。

もともとは、川越の三番町ギャラリーで展示会を過去に何度も開いていて、

そのギャラリーの方の繋がりから蔵の会を知った。

 

そして、蔵の会の事務局の裏手にある弁天横丁の長屋を紹介してもらって気に入り、

 

住みたいと思うようになる。

蔵の会としても、荒れ果てた長屋を活用したいとずっと思っていて、活用の仕方を探っていました。

ギャラリー&アトリエとして文化芸術の発信基地になればいいけど、

どうせなら作家さんに住んでもらいつつ、活動してもらえば面白い。

両者の想いが噛み合いました。

そして、一階をギャラリー&アトリエ、二階を住居とすることで話しが進んでいった。

 

さてこれからどうなるでしょうか。。。掲げたゴールまで辿り着くでしょうか。

 

不安を抱きつつ、また来ます。

 

☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*

 

 

また別の日の弁天横丁。

 

12月は特に作業する日が詰まっていて、

時間を見つけては通っていました。

 

この日、建物に足を踏み入れて感動したのは、一階に照明が入っていたこと!

 

暗い中の陰影も綺麗ですが、

灯りが灯ると生活感が生まれて、生きた場所に見えてきます。


(山本さんも灯りが入って感動しています♪)

 

建物奥に進むと明るい空間があって、土間のような場所があります。

 

そして、裏口へと出られる扉。

上を見上げると板が敷かれていますが、あちこち隙間だらけ。

雨が降ったら地面に水が溜まりそう。まったく手が入ってない当時のままの状態です。

 

二階の様子はというと、まだまだ和紙の作業が続いています。

 

都合の合うメンバーが都合の合う日に集まり、進めています。

いよいよ和紙は2枚目を貼る工程。これが壁となるので緊張の作業です。




 

 



糊が乾いたら、いい雰囲気になりそうです。

部屋の中にいると大正ですが、窓を開けると平成、というギャップが面白いです。

 

横丁側の窓を開けると遠くまで見渡せて、下に歩く人の姿も見え、街との繋がりを感じます。

 

対して裏口側の窓を開けると、そこは大正のまま。

川越にこういう風景が残っているんだな、と改めて奥の深さを感じます。

手付かずの状態、これを生かす形で活用したいですね。

 

☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*

 

 

2013年12月のまた別の日。

 

大晦日近くということもあって、新年の準備に街はなんだかソワソワせわしない雰囲気。

一番街を通ると新春飾りがすでにあちこちに飾られて華やかです。

札の辻を越えて、またまた弁天横丁にやって来ました。

何度も通ううちに、横丁に親しみが深くなります。

 

年末、一番街はあんなに人が多いのに、

 

すぐ近くにあるこの横丁には人っ子一人いない。

同じ横丁という名なら、菓子屋横丁は人で溢れるばかりに賑わっている、

弁天横丁も活気ある通りに復活する日が来るといいな、としょっちゅうつぶやきながら、

吐く息白く長屋を見上げます。

気持ちを引き締め、中に足を踏み入れました。

 

 


 

改修は素人といっても、さすがは蔵の会。

 

建築関係の方が多く集まっているので、自分たちでどんどん形にしていきます。

てきぱき作業をする皆さんの姿を遠くで見ていて、

むしろ手を出さないほうがいいのでは・・・?と思ったりしましたが、

まったく人出が足りない状態だったので、

できる限り長屋に来て、お手伝いしていました。

山本さんも毎日のように長屋に来て、改修を行っていました。

 

ちょうどこの時、蔵の会が関わっている案件がいくつも重なっていて、

 

2013年クリスマスまで一番街各所で点灯していたライトアップ事業があり、

 

一番街の夜に散策の楽しみを、と

 

各お店のWindowに彫刻作品んを展示する

Night Window Galleryを実施。

 

鶴川座での中村勘三郎の映画上映、

 

年越しの時の鐘の除夜の鐘のために時の鐘の中に入って綺麗にお掃除、と
12月は特に立て込みました。

それぞれ仕事をしつつ、蔵の会の事業を進め、

みんな多忙を極める中長屋に集まり、コツコツ改修を進めていきます。

 

長屋の一階はギャラリーではありますが、

 

奥にはキッチンなどの生活空間も一緒になっています。

 

 

壁にこびりついていた紙も剥がして綺麗にしたら、見違えるよう♪


二階に上がると、和紙も順調に貼られています。

 

 



下貼りの和紙の上に、

東秩父で紙漉きをしている職人さんのところで手に入れた風合いのある和紙を貼りました。

和紙の2枚重ねとなった壁は、部屋の雰囲気とバッチリ合っています。
全部で何枚の和紙を貼っただろう。

和紙自体が呼吸するので、和紙の壁に囲まれた空間は居るだけで癒されます。

 

これで今年の作業は終わり。

 

「よいお年を!」と一堂解散しました。

山本さんからはみんなにプレゼントが♪

 

来年始めには完成するといいな、と思いを胸に

 

2013年締めくくりとなりました。


 

☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*

 

 

「ゴーーーン!!」
2014年元旦。新年の幕明けは、時の鐘の上で過ごしました。

 

(深夜の時の鐘の頂上は風が吹き荒れ猛烈な寒さ!)

蔵の会の大事な事業、時の鐘の除夜の鐘を108人についてもらって

無事に終了したのが深夜1時過ぎ。


今年も良い年になりますように、と願い
弁天横丁の長屋の改修も1月も引き続き行っています。
来るたびに場が生まれ変わっていくのを感じ、

建物は人が手が加わること、人が住むことの大事さを痛感していました。

通って来た日々も終盤戦。
1月、2月、改修もいよいよ大詰めを迎えました。

一階はほとんど完成した状態で、あとは細かい部分を和紙を貼り、

左官屋さんによる左官工事、ボランティアによる塗装、左官工事、トイレ工事でした。

 

ここの壁は元々は漆喰だったけど、
前の住人は漆喰壁の上に新建材の化粧板を貼っていました。
板を貼るために漆喰壁はずいぶん傷められていました。
釘を打ち付けられたり、胴縁が食い込んでいたり・・・・

 

 

担当したのは、生活空間の左官仕事

 

作業着に身を包み仕上げます。

 


和紙を壁に貼るのもそうですが、
左官仕事も生まれ始めて経験すること。
お手伝いと言いつつ、貴重な体験をさせてもらえて楽しいです。

左官は、均一に塗るのが本当に難しい。
ムラが出たり凸凹になったり。
そして天井に塗る時には、顔に容赦なくボテボテ落ちてきます。

 

 

 




(こちらが担当した壁、一時間以上かけて塗りました。

この壁を日々見て山本さんが生活すると考えると、申し訳ない気持ちも。。。)


二階に上がると、生活の場としてほぼ完成の様子。
あとは新しい畳と襖を入れるのみです。

去年初めて足を踏み入れた時の姿と比べたら、同じ部屋とは思えません。

襖の張り替えをやるのに、古い襖紙をはがしていたら、

下の方から大正15年の新聞紙が出てきました!
もうパサパサのポロポロ。

 

2月といえば、記録的な大雪が記憶に新しいです。

 

暖房もほとんどないような場所で、みんなで作業してきました。

二階の窓から休憩中の様子をパチリ。

こんな風に通りを見下ろし、道を芸者さんが歩いていたのかもしれない、

想像が膨らむ風情ある横丁です。




左官屋さんによるべんがら漆喰!


これにて、改修工事に参加した日々も終わりとなりました。

大勢の手で建物を改修すると、意外とあっという間です。

このギャラリーで開催される展示会もすでに決まっていて、

住む人も決まっている、住む人も一緒に改修する、

やりがいのある改修でした。

 

自分は時々の参加でしたが、多くの人が関わり、

 

人によっては週に何日も通って改修にあたっていました。

自分たちの手で蘇らせること。

蔵の会にとっても、それだけこの建物を改修することに意義を感じていて、

みなさんワクワクしながら改修に参加していたと思います。

こういう熱で川越の一番街を復活させてきたと思うと、

間近で姿を見させてもらって、ビシビシと伝わるものがありました。

弁天横丁、きっといい通りになっていくはずです。


☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*


3月。完成した長屋では、

ささやかなオープニングセレモニーが行われました。

 

山本さんの作品の展示やコンサートも開かれ、

 

無事に改修が終わったことをみんなでお祝いしました。

 

 




 

合間をみて二階に上がらせてもらうと・・・

 


 

これからこの長屋は、山本さんの企画展などのGALLEYとして、

 

また仕事場として、そして住居として人が集う場所になりそうです。

普段一階に織り機を置いて、日々仕事をしていく予定。

横丁を歩けば、きっと織る音が漏れ聞こえてくるかもしれません。

 

一番街からすぐ近くにある弁天横丁。
川越に残る貴重な横丁が、今の時代に復活していく様子をこれからも見守ります。

 

そして、山本さんの本格的な作品展が行われ、

7月始めには蔵の会メンバーによる展示会も開かれます。

個人的にも一つ出品させていただく予定です。

 

ぜひ、見に来てください♪その模様はまた。。。

 


弁天横丁長屋、
改修工事の軌跡、終わり。

 

~次世代の川越へ~

 

 

『なぜ人がこない?という議論から約30年前に川越蔵の会が結成された。

 

以降、一番街電線地中化、伝建指定など様々な保存運動や町並み保存の方策が検討され、

今日の川越がある。

当初の議論からは想像もできない観光客がこの街を訪れ、

メディアがこの街を取り上げる。

 

しかし、今の川越は当初議論した通りの「まち」になっているのだろうか?

 

観光客数は増加したが私たちが本来求めた「まち」にはなっていないのではないか。

現在の蔵の会での多くの議論対象はこの事である。

今回、弁天横丁に活動の一考察として新たな提案を行う。

ただ我々が望むのは良質な店舗の集積としての成功である。

この弁天横丁は観光地化された地区から近く、最も可能性のある街区である。

 

この施設は埼玉県から「埼玉県文化芸術拠点創造事業」の助成を受け、

 

完成した背景には建物を所有する有限会社麻利の綾部様に多大なるご理解をいただき

この施設の完成に至った。

 

さて、この場が面する通りは「弁天横丁」「芸者横丁」などと呼ばれ、

 

往時は賑わいのある場所であったと聞く。

横丁の一角には「見番」があり芸者が多く住まい、

夜の賑わいも相当なものであったと思う。

この街区はそのような複数の建物がそのまま残り、その名残を伝えている。

 

建物の改修にあたり、留意したことは一つ、出来る限り創建時当初に戻す事である。

 

限られた予算の中で力を発揮したのは蔵の会をはじめとする

多くのボランティアが担当した。

建物に入ると様々な漆喰の色に驚くだろう、入口左右の壁以外は

細部の補修以外はそのままだ。

そのまま上を見ると、どのような間取りだったのかもわかる。

入口脇には格子、格子の内側には揚戸の痕跡もある。

顔見せも行っていたのかもしれない。

真実を知る者は存在しないが痕跡をひもとくのもいいかも知れない。

 

この「場」はギャラリー兼工房として機能する。

 

この施設を通し多くの人が交流し地域を触発し多くの出会いが生まれる事を期待したい。』

 

特定非営利活動法人 川越蔵の会

 





 

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