ある朝、通勤電車でのこと。
わたしはたいてい
寝てるか本読んでるか。
ふと顔をあげたら
進行方向斜め前方に
上村部長に似た男性の
後姿が目に入った。
上村部長…。
覚えておらんと思うが
その昔
わたしの勤めていた会社の
宴会後
酔っ払って
帰りの電車の中で
わたしの手をにぎってきて
わたしをときめかせた
既婚者やわな。
わたしは上村部長と
一緒に働いていた会社は
2年ほど前に辞めている。
約2年ぶりの再会。
実は何度か通勤時に
見かけていたけど
向こうは気がつかず。
わたしも声をかけず…。
わたしは転職のストレスで
7キロも太ってしまった。
こいつ、
太って老けたなぁって
思われたくないもん。
だから声はかけない。
でも今日は
ホテルで新しい課長の
歓迎会だから
わたしは黒っぽい服を着て
おしゃれしている。
この服なら痩せて見えるし
見られてもいいかも…。
とはいえ、
今目撃しているのは
後姿だけなんで
上村部長かどうかなんて
分からない。
わたしは
上村部長かどうか確かめようと
じーっと後姿を見つめる。
おそらく上村部長やわ。
通勤カバンで分かった。
上村部長は
立って何か本を読んでいる。
上村部長は
シスアドの資格を持っている。
通勤電車で
本を読んだら簡単に受かったって
言ってたわ。
地方だけど
国立大学出身だもんね。
頭良くて素敵…。
通勤電車の中で
スマホをいじるのではなく
本を読む男性って
素敵よね…。
わたしが会社辞めるときも
資格とるつもりって言ってた。
会社を背負って立つぐらいの資格やわ。
向上心あって素敵よね…。
上村部長の勤務先最寄駅に
電車がついた。
わたしも乗換のために
その駅で降りる。
上村部長は
車両前の
降り口から降りた。
わたしは
車両後ろの
降り口から降りた。
後ろの降り口から降りて
乗換のため前方に進む。
上村部長の後姿を探すのにいない。
上村部長が降りたはずの降り口は
まだ人が降り続けていて
わたしの進行方向をふさぐ。
それでこの人波が
いつ終わるのかと
電車降り口に目をやったところ…。
今、
まさに電車を降りようとしている
上村部長とばっちり
目があった。
「おはようございます…。」
と言わなしゃーないわな。
すると上村部長は
あいさつもなく
「キャリアウーマンみたいな
格好して…。」
と言った。
そうかぁ？
紺のジャケットは
羽織ってるけど
おなかにリボンのついた
可愛いデザインの
黒とグレーの
ワンピースやで。
「今日
パーティーなんですよ。」
と
わたしは答えた。
そのまま上村部長は
行ってしまった。
あ～
ドキドキした。
しかし転職というのも
不思議なもんだ。
当たり前なんだけど
その会社で
ほんの短い間でも
かかわった人たちは
赤の他人ではあるが顔見知り。
知ってる人ということになる。
実はその会社で勤めていた人を
頻繁に見かけてはいたものの
たいていわたしに気がつくことなく、
皆通り過ぎてゆく。
いや
気がつかないフリを
しているのかもしれない。
多分、
また上村部長を
見かけるのだろうな。
そのとき上村部長は
わたしになんて声を
かけてくれるのかしら。
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