「ああ今江、頭の方はどうよ」
「あーうん、もちっとで何とか」
「痛くないのかよ」
「痛みはないね、ただむっしゃくしゃするんだよ、水泳部部長として情けないだろ、見学組のままってのが」
「どーどー」
「塩素が恋しい」
「塩素も時として毒なんだけど」
「いいよいいよ、もう俺は塩素まみれになって死んでしまいたい」
「また仁科か」
「瑠璃ちゃんが今朝、俺に死んでくれと言って来た」
「一緒に心中してくれ、という意味だろ」
「え、そういうのっておかしいぞ」
「お前の頭がおかしいんだわ」
という前の席2人の会話を後ろからぼけーっと元就君が見ています。
仁科瑠璃と今江俊樹の休日スタイルはこんな感じです。
「なんつうか瑠璃ちゃんに呼び出しされるともはや俺死ぬっていうか」
「合法なんだろ、死なないわ」
「この前の休みなんか俺、どんだけ集中攻撃されたか…」
「模擬弾なら死なないわ」
「当たると結構痛いんだよあれ」
「痛みを知り、仁科の心すら知れ」
「え、俺をどうしても殺してやりたいというあの信念を」
「違うって、あーもう何なのこれ」
元就君が悶々としています。
結構日にちが経っていますが、あの日以降、無動君が『全裸』の話を一切してこないからです。
そして、お昼。
「よーし、机がっちゃんこ」
今江俊樹と五馬無動が後ろ向きにと机をします。
杵柄元就と神保篤麻の席にとがっちゃんこ、でお弁当タイムです。
神保篤麻と五馬無動、となると大変な関係性です。
「あ、五馬君、またソースだ」
「ソースじゃないんだな、ほれほれ」
「ま、マヨネーズだ」
「ソースな上にマヨネーズ、そして」
「け、ケチャップだ」
「本当はもちっと掛けたいんだが、しゃーな」
「あ、今江君はまたタコさんウインナーだ」
「ああうん…瑠璃ちゃんお手製のお弁当の定番です」
「ええと俺の今日のお弁当は」
ぱこ。
「母さんは俺に何を伝えたいんだろう」
「何だよ今日は」
「まただよ、『コロサレル』」
「敵襲か、助けてやれよモンスター」
「そ、そうか、これは俺に対しての助けを求めているメッセージだったんだ」
「あ、杵柄はなんつう文字よ」
いきなり無動君に話題をふられたので挙動不審になる元就君。
「あ、あーええと、」
ぱこ。
「…『ザキ』だ」
「知ってる知ってる、ザキは敵単体を即死させる呪文だよ兄さん」
「俺も知ってるよ…何でいつも俺にはこういう海苔の切り抜きばっか…」
「いいじゃん、毎日別な文字がっての。俺なんか自分で作ってくるんだから、母親お手製のってだけで最高じゃん」
「そ、そうだね」
「そういや今江はあんなに警戒してばかりの仁科からすんなり弁当受け取ってるんだよ」
「…食わないと殺す、と言われている」
「すげえな、仁科のド根性」
「ド根性なんかで片づけないでくれないか!?」
そこで元就君が箸を止めます。
「なら雑草魂でいいだろ、陸上自衛隊に入りたいってんだろ、雑草魂でいいだろ」
「ああ、それならいいよ」
「はー、ド根性と雑草魂で随分と差別するんだな」
「何かかっこいいじゃん、雑草魂!」
「今江君、仁科さんは優しいんだ、そうだね、雑草のようにたくましく、そして優しい仁科さん」
「篤麻…瑠璃ちゃんはどっこも優しくなんかないよ」
「それは今江のみに対する塩対応」
「え、やだ、水泳部同期だぞ、そして同じクラス委員長という同期!」
「…仁科に時々同情してやりたくもなる」
お昼が終われば、再び机が戻ります。
シャコシャコ、と歯磨きをしながら元就君が考えています。
バシャバシャと顔を洗いながらも元就君は考えています。
爪を磨きながら、ハンドクリームを塗りながらと元就君は考えています。
「しっかしすげえな杵柄のそのルーティン、女子力高いって誰もが思うわな」
ちょうどトイレから戻って来て手を洗ってという無動君に言われています。
「ああ次は移動教室だっけか、あー臓器担任だな」
(臓器担任=郷戸先生、生物教師)
すたすたと立ち去る無動君。
元就君はすっごく悶々、葛藤としています。
「い、五馬」
「ん?ああ、今帰りか、生徒会は今日も暇か」
「あ、ええと、生徒会はあるんだけど、この後」
「なら早く戻った方がいいんじゃないのか?俺は帰宅部だし、例の全国模試がとうとう明日なんだよ、あーしんど」
「ああ、そう」
「何か用だったのか?俺は暇だからいいけど」
「あ、ううん、何でもない。じゃあ気を付けて帰って」
「おう、じゃあな」
無動君の考えが全く読めないという元就君。
ちょいと解説。
無動君:なーんか言いたそうな感じだけど、何でもないって言ってるならいいか。
元就君:なんか、俺だけ罪悪感?でも何も言ってこない…