約2年前、妻(78歳)は膵臓がんと診断され、最新段階とされても、先ず、手術を勧められ、実施することになった。それ以降、色んな治療方法を勧められ、結局、身体状態が悪化し、治療方法も限界に達して、9月に亡くなった。それ以来、私独自で、何故この様な結果になったか。追求して見た。
先ず、気になったのは、多くの同じがん患者が、その治療プロセスを通らなくても、がんを乗り越え、通常の生活を取り戻す事が、実際に出来た話題である。この極端違いが、私に取って、原因追及の動機となった。
多くの心理学者達は「がんは心の隙間を狙う悪質ものであり、先ず、己自身の人生を深く反省し、その過ちを心から認め、謝ることから始めなさい」 と 教える。それを受けた患者は、自己裁きを厳しく始め、在る時は何を反省すべきか、在る時は、自分は何も悪いことはしていないと結論にありつき、結局、実際何をしたらよいか迷ってしまう。結局心の隙間を無くすどころか、広めてしまう。
医師たちは、私の妻に勧められた治療方法しか進めない、と言うか、医学者である限り、それしか出来ない、むしろ、それしかしてはならないようだ。
私(77歳)ですが、自身はがんを患った経験はない。医師でも物理学者、心理学者でもない。だから偉いことは言わん。只、独自の判断と追究として次の結論に至ったことを報告をすることにした。信じるか信じないかは、読者に任せる。
医師達は治療方法として、先ず、がんに掛かった細胞を切り除くことから始め、残った細胞を守るために抗がん剤、または放射線治療を進める。そして、体を元気受ける食品、薬を進める。しかし、妻はその治療プロセスに従ったが、結局。苦しみながらこの世を去った。
妻は、どちらか言いうと、心理学者思いが強かったが、自身の体力に振り回され、結局、心理意識も台無しにしてしまった。
話が長くなりますが、私の結論としては、要するに、がんは患者に、心の隙間が存在することを教えている重要な仲間であり、敵ではないと言うことである。先ずそれを意識することが大事である。又、医師の治療法には残りの細胞を如何に元気つけるかのことだが、それは、がんに“美味しい御馳走”を与えるに過ぎない。何故かと言うと、心に隙間が生じている限り、新たにがんを呼び寄せているからだ。
では、何故上記に書いたように、多くの患者が、乗り越えることができたのだろう。 そこには単純な態度があったからである。彼らは、がんや治療不法には全く執着せず、只、残りの人生を楽しく生きる決断と実践したからである。自分だけが楽しく生きることは欲望に感じる人も少なくないだろう。しかし、そのことで自分自身を楽しませ、家族を始め、その周りの者たちにも心配ではなく、安心感を与え、それが結局、その安心感が、患者本人に戻ってくる。この循環こそ、実の愛のエネルギーの働きであり、がんの活動も必要でないことになる。結局、がんも患者から退くことになるのである。偶然に起こることは何もない。