以下、朝日新聞デジタル版11月8日の記事。

 

 

きよきよさんの祖母が亡くなったのは2017年9月。

 

 四カ月前に数え年で百歳になったお祝いをしたばかりだった。

 心臓が悪くて何度か入院したこともあったが、そのたびに復活。

 朝起きてこなかったので叔母が声をかけにいったら、眠ったまま逝っていたそうだ。

 生前、ドナーカードを持ち歩いて臓器提供の意思表示をしていた時期があった。

 家族からは「まだ誰かに寄生して生きていたいんかい」と突っ込まれ、「命のリサイクルと言え」と返していた。

 この時、臓器提供者には年齢制限があることを知らなかったようだ。

 もちろん、祖母の臓器が提供されることはなかった。

枕元の茶封筒

 70歳を過ぎたころから、祖母は「茶封筒」の存在を周囲に話していた。

 いつも枕元の台の上に置いてあり、遺言が書かれているのだという。

 「遺産関係ではないから、その時は気楽に開けてよ」

 そう言いながら、何年かに一度のペースで中身を書き換えていたらしい。

 99歳で旅立った後、子どもや孫が集まって開けることになった。

ここから続き

 封筒の中から出てきたのは、祖父の写真と、自分の葬儀用の遺影だった。

 遺影はえりすぐりの「盛ってある」ものだったので、みんなで笑ってしまった。

 そして、手紙も一通入っていた。

 子や孫へのメッセージが書かれているのかと思いきや、そうではなかった。

 書かれていたのは10カ条で、要約するとこんな内容だ。

 

 (1) 通夜も告別式もお別れ会程度にしておけ

 (2) 参列は子と孫のみ

 (3) 孫は仕事があればそちらを優先しろ

 (4) 孫の妻、ひ孫は来なくてよい

 (5) 極力、金をかけるな

 (6) 告別式、火葬、納骨は同日中に済ませろ

 (7) 香典はじめ生花、花輪、盛り籠は一切もらうな

 (8) せっかく子や孫が集まったなら、あの店で宴会をしろ。金なら払ってある

 (9) 四十九日やその他の法事はしないでいい。お坊さんにはその旨伝えてある

 (10) 遺(のこ)されたものは楽しく生きろ

 

    ◇

 読み終えたきよきよさんは「祖母らしいな」と思った。

 変にしみったれた感じもなく、てきぱきと事務的。

 それでいて子や孫を思う気持ちが、武骨ながらも表れている。

 宴会の前払いまでしていたなんて。

 冠婚葬祭でもないかぎり、なかなか集まることができない親族を気遣っていたのだろう。

 最期までさすがだなぁ、と感心した。

    後略

 

 という記事に書かれていた十箇条を符付してみた。

 

写真は取り込めなかったので、画面を写したため不鮮明。

 

私も脳死で臓器提供を表示しているが、年齢制限があることは知らない。

免許証や保険証に記入する欄があるから、まだ大丈夫なのだろう。

 

コロナ禍からの葬式では否応なく家族葬が主流になっているが、その前から簡素化した葬儀や法事を考えていたことは、旧来の慣習にとらわれない柔らかい考え方の人だったのだろう。

 

私は結婚式や葬式など式というものは、節目であったり疎遠な親族の結束を再確認できるのでここまで徹底は出来ないが、子孫の負担にならないようにという配慮と、集まったなら楽しんで欲しいという思いやりに感動している。

 

符付については、まだこれから練り詰めて修正していくつもり。

 

 

 今日は午後1時半から3時半まで南木曽教室。

 

来年度からの審査課題吟が決まってきた。

 

八題ほど新しい課題吟をしっかりと勉強したが、新しい吟題はまだ四十題ほどあるので、当分新しいものを中心に勉強できる。