昨年亡くなられていた吟友のお仏壇にお参りをして、弔吟を捧げてきた。

一応、折句になっていて、号を入れたので余計に分かりにくい歌になってしまった。

 

昨年8月の時点ではコロナの感染拡大が心配されていた時期でもあり、家族葬で行われて公表されなかったので、昨年末まで亡くなられたことを知らなかった。

 

丁度半年後の月命日が明日、22日なのだが、今日寄せてもらった。

 

ご自宅に呼ばれ「娘の元で余生を過ごすことになりました。」「地元を離れる前に、先生にお願いがあります」「私の葬儀の時には、必ず先生から弔吟をお願いします。」と頼まれ、「若くたって人間、何があるか判らんけど、順番に天命を終えた時は約束を守りたいと思います。」と答えて別れたのが20年近く前。

 

一度お墓参りか何かに戻られた時、ご親戚と一緒に車で我が家まで来てくれたのが14、5年前か‥。

それが顔を見た最後になった。

 

短歌を作られていて、昔、歌集を出版された時は祝賀会にも呼んで頂いた。

その歌集の中から、亡くなった両親と旦那さんを詠んだ歌も連詠させてもらった。

 

弔吟で仏壇に向かうと写真が目に入り、三十年以上の先生との色々な思い出や、その時々の表情が思い出され、込み上げてくるのを必死に押さえ、最後まで何とか責任を果たすことができた。

 

故人の姪や親戚の三名も吟友なので一緒に行ってもらい、10時からの約束の十分前に着き、ご長男や皆と故人を偲びながら話をして、10時30分に辞去して来た。

 

故人が葬式のお返しにと、ご自分の歌を染めた風呂敷を用意されていたらしく、「蔵に一杯ありますので持って行ってください。」と言われて頂いてきた。

 

ご長男の挨拶文が添えられていた。

 

ご自宅の前あたりから、木曽川を見て詠まれたのだろう。

 

故人の先生の字を見たことがなかったので、自筆なのだろうが、こんなに素晴らしい字を書く人だったのか‥。

 

「終活」という言葉がいつできたものか知らないが、生き様というか、覚悟のようなものが感じられ、今更ながら素晴らしい先生だったなぁ‥。