昨日の写真のように、初午・庚申様で旗を立てたとき、旗が大きくなった楢の木に当たり、旗の邪魔になり好くない。

 

もっと大きくしてしまうと、今度寝かす時に大事(おおごと)になるので、昨日の庚申様を契機に、塚の神仏にお願いしてから今日寝かした。

 

私のブログを読んでいる人は解ると思うが、昔の杣(樵)達は「木を伐る」とか「木を倒す」という、命を奪う言葉を使わず、一旦寝てもらって、又、新たな用途で目覚めさせるため「寝かす」という言葉を使うので、末裔の私もそういう言葉を使う。

 

寝かした楢は、少し太めだが椎茸のホダ木にするつもり。

 

 

玉伐りは終わり、細かな枝は焚き付けにするつもりだが、午後出掛けたので、片づけまで全てはできなかった。

 

 午後1時半から南木曽会館で「妻籠宿保存地区保存審議会」と「南木曽町文化財保護審議会」の合同会議で、私は両審議会の末席を汚している。

 

議題は主に、元妻籠中学校校舎と元田立中学校校舎についてで、集まった先生や各分野の方々から、活発な意見交換があり、3時過ぎに閉会となった。

 

 

 今日はイスラエル人カップルのお客さんだけ。

12時半頃タクシーで来て、荷物を置いて12時53分のバスで馬籠に行き、歩いて4時頃我が家まで帰って来た。

 

4時頃の池に、半分薄氷が張っている。

 

夕食事に男性は全部食べていたが、女性が料理の一つ一つに「これは何か?」と聞くので、ベジタリアンかと思い一つ一つ説明をしたのだが、何が食べられないのか解らない。

 

我が家では魚は出すが肉は出していない。

 

焼き魚は男性が二匹食べ、女性は他の料理には手を付けたが、五平餅のタレの付いた外側は食べず、我が家の団子形の五平餅を開き、タレの付いていない中のご飯だけを食べている。

 

予約の記入事項に「食べられないもの、アレルギーのあるもの」という項目が有って、「Nono」と書いてあるのに、正直めんどくさい。

 

夕食後、明日の予定を聞いたら高山に行くと言うので「妻籠宿は見たのか?」と聞いたら、見ずに行くと言う。

 

妻籠宿も馬籠宿も同じで、馬籠宿を見ればそれで好いというつもりのようだったので、パンフレットを見せて馬籠との違いを説明。

古い町並みが綺麗なことを力説したら、妻籠宿を見てからバスで南木曽駅に行くことになった。

 

第一駐車場まで送って行くので、荷物をコインロッカーに置いた後、妻籠を散策し、荷物を持ってバスで駅に行くよう伝えた。

 

いつものように唄を唄い、夕食のブリ大根が激ウマで少し食べ過ぎたが、9時すぎまで一時間近く、落合教室に行って詩吟を楽しんできた。