∵ 災害に思いを致す

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 もう八年なのか、まだ八年なのか・・。

 

今日は被災され家族を亡くされた方たちの、葛藤の中の苦しみや悲しみを、テレビ番組で紹介されていて、涙脆い私は眼の掃除をだいぶした。

 

 

 午後一時半から妻籠博物館に於いて、「平成30年度南木曽町博物館協議会」が開催されて、保存審議会の代表として参加。

 

南木曽町の主に「脇本陣奥谷」「博物館」「本陣」について、説明を受け質疑。

 

運営体制の説明の中で、英語のできる嘱託職員が三名いることを聞いて、心強い思いがしたのと同時に、外国人客で「奥谷郷土館」などに入りたいと言う人がいなかったことから、外国人客には入館割引券を渡してこなかったことを反省。

 

事業実績決算では、入館者数の推移、それに伴う収入支出の説明があり、約900万円の赤字。

私はそれを縮小するべく、人件費についてと入館者数の増加を図る方策について意見を述べさせてもらったが、後で長野県立歴史博物館長の笹本先生から「黒字の博物館は殆どなく、博物館は教育施設としての役割から、何処でも行政で補填している」旨の説明を受け、収支的な面でしか見ていなかったことを、これも反省。

 

31年度の事業計画・予算案とも関連して、教育委員会や他の委員の先生方から様々な建設的意見や実績が報告され、知識を得ることができた。

特に、妻籠宿だけの“点”では駄目で、中津川の博物館との連携や、木曽全体の“面”としての連携が大事であることは私も同意見。

その他、城山について山城の価値を再確認したり、「本陣とは何か?」といった妻籠宿の景観に配慮した説明案内看板により、入館を促すべきとの意見もあり、博物館としての充実についての意見を聞くことができて勉強をさせてもらった。

 

午後三時過ぎに閉会となる。

 

 夜は七時前から夕食を大慌て食べ、近くの民宿「まるや」さんへ話と木曽節を唄いに。

 

今日は香港のアメリカンスクールの生徒さん十八人と、先生二人、それにガイドと通訳の二人。

 

七時十五分から一時間、囲炉裏や自在鉤の話から始め、家族の座る場所の話などをしてから「木曽節」「どうせどん百姓」「長持ち唄」を唄い、最後に質問を受けたら「木曽節で、一息で唄うと言うがどういうことか?どういう練習や訓練をしているのか?」といった質問が出て、民謡歌手の蝋燭の炎が揺らがない発声練習方法や、洋楽的な呼吸法を取り入れているなど、説明をしたがどれだけ分ったかは疑問。

 

今日の通訳さんとは初めてなので、なかなか息が合わない。

私の言うことが日本的というか、鉤(かぎ)とか竈(かまど)といった、都会や標準語では使わない田舎の言葉や単語が出てくる。

 

どう訳して好いか分らないため、ガイドに助けを求めたり考え込んでしまい間ができる。

通訳が終わったと思って私が話し始めると、まだ終わっていない。

 

何回か一緒にやれば慣れるかも・・。

 

八時二十分頃「さよなら」をしてから、落合教室へ行き詩吟練習。

五十分ほどの練習時間だが、短い時間内でも、確実に指導の成果が上がるのを見られるのは嬉しい。