近頃下火になったが、児童養護施設等へランドセルや金品の寄付行為が毎日のように報じられていた。


 我が家の米は、少しは娘達、親戚、お寺さんや常連さんに分けているが、お客さんや家族で食べるだけの米しか作っていない。

昔は新米がとれても翌年の夏頃まで古米を食べていた。

大昔の飢饉や戦時中を体験している親の世代までは、米さえあれば・・という気持ちが強いので備蓄米の要素が大きかったと思う。

私は何も古米にして、不味い米を食べる必要はない・・という考え方なので、新米がとれれば「古米だけど・・」と言って、残った米は稲作をしていない友人知人や親戚にあげたりして、すぐに新米を食べるようにしている。


 六~七年前から、そうした米を上松町にある児童養護施設「ねざめ学園」に寄付してきた。

施設でも「毎日沢山のお米が必要なので有難い」と喜んでくれるので、集落の人や知人に、自分はこういうことをしているよ・・と話をしてきた。

 こうした行為を、ことさら善行だからとか、自分を誉めてもらいたいとかいう気持ちで言っているのではない。

そうした話を聞いて、「それくらいなら俺にもできる・・」そう思ってくれる人が増えればいいな・・と思って話をしてきた。

 多分、タイガーマスクの“伊達直人”を名乗った人も、奇特な人・・立派な人と言われたりするのが嫌で匿名にしたのだろう。

 他人がやっているから・・と同じものにしたり、自分の判断で品物を置いてくるような事はかえって迷惑を掛けるかもしれないから、施設にとって何が必要とされているのか確認をしてからでも良いと思う。

 ブームで終わって欲しくない。

こうした行為は寄付に限らず、自分にできる範囲で、継続していく事が大事だと思う。