再掲 「いつ夕」解説 21

まつりごと

 

 

 

「いつ夕」における政治機構はどのようなものなのでしょうか。

 

これは、「いつ夕」に記していないので、ここで補足いたします。

 

一言で云えば、「意志と能力、経験、実績重視」ですね。

 

〝媛まつり〟の項で、24地域に分かれていると記しました。

 

一地域は8町で構成されています。

 

一町は8班に分けられており、

 

一斑は10世帯、だいたい三百二、三十人くらいでしょうか。

 

これで計算すると、50万人になるかと思います。

 

まずは、個人があり、家族がある。これは私的な集団ですね。

 

次に公的な集団の班がある。この班が公的な集団の最小単位です。

 

10世帯、所謂、ご近所さん、ですね。

 

「いつ夕」では、私有地がなく、市有地(公地)なので、

 

町割りも班を意識した機能的な町割りとなっています。

 

ご近所の問題は、この班で解決してゆく。

 

班長は持ち回りで、皆がリーダーの役割を経験します。

 

リーダーの苦労、歓びは、やった者にしか分かりません。

 

リーダーの苦労を知っていれば、我儘勝手なことを云う人も減るでしょうね。

 

その要求が、「我儘勝手」なのか、「正当な権利」なのか、

 

そういったことも、この班活動で、考える習慣を身につけて戴きたい。

 

何班かに関わる問題、他班と協力する事項、

 

班同士だけでは解決できない事項、町全体に関わる問題などは、

 

町議会で議論、討論して解決します。

 

町内会長は推薦選挙ですが、だいたい班長時の務めっぷりで、

 

向き不向きが分かっているのではないでしょうか。

 

このようなカタチで、個人→班→町→地域→市、と、なってゆきます。

 

町内会長を務めた人の中から選ばれた適任者が地域(地区でもいいか)長に。

 

地区長を務めた人が、市議員になり、市長となる。

 

小集団をまとめられない人は、より大きな集団をまとめることは難しいでしょう。

 

現在のように、富や権力、地位や知名度がある者が、

 

己の私腹を肥やす為に議員や首長になるのではなく、

 

班長から町長、地区長と経てきた経験と実績、

 

人望があり、集団をまとめる能力を持った人、

 

市民の生活の安定、向上に志を持った人が、リーダーとなる。

 

また、リーダーとは、指図をする指導者ではなく、

 

示導者であり、志道、至道、始動者であってもらいたい。

 

まずは、自らが示す、道理を志す、道理を行う、自らが率先して動き始める。

 

「名を正す」という言葉がありますが、

 

公務員、公職という名の通り、私利私欲の為ではなく、

 

公の為に務める、公の為の職を全うする。

 

また、人間は弱いものですから、権力の私有、世襲、乱用、集中、固執を防ぐ、

 

チェック機能と速やかに罷免できる機能も大切ですね。

 

 

現在のように、政治と生活がかけ離れた状態ではなく、

 

既に、班や町といった身近な生活で政治と関わってゆく。

 

家族で家族の方針を決め、班で、町で、地区で方針を決める。

 

市民一人一人が政治に関心を持ち、

 

(と、いうか、この仕組みだと持たざるを得ないですよね)

 

市民一人一人が「自立」と、「思いやり」による協力、協調をし、

 

〝和〟の社会づくりをしてゆくのです。

 

政党や派閥も関係なくなりますね。家族、ご近所、わが町、わが地域、

 

と、いった身近な実生活が基本と、基盤となるのですから。

 

 

 

学校でも、皆がリーダーを経験する。

 

討論、議論で採決する訓練をする。

 

お飾りの生徒会ではなく、生徒自治といった、

 

生徒の為の学校、自らが自らの為に学習する、という意識、自覚を持つ。

 

子供の頃から、家庭で、学校で、

 

自分のことは自分で決める、自分たちのことは自分たちで決めることに

 

慣れてゆけば、自立心と思いやりが育まれてゆくでしょう。

 

以前も記しましたが、家庭、学校の役割は、

 

社会に通用する、願わくは貢献してくれる人を育てるところだと思います。

 

つかいもしない英語や方程式を無理矢理暗記させる勉強ではなく、

 

実生活、実社会に密着した、役立つ知識や知恵を

 

学習する場であってもらいたい。

 

学ぶ喜び、皆で協力して目標を成し遂げる歓びを知る場であってもらいたい。

 

学ぶ喜びを知れば、後は各自が好きなことを好きなだけ学習すれば好い。

 

数学好き、歴史好き、科学好き、言語好き、これはもう趣味なのです。

 

そして、好きな分野を究めてゆくと、どうしても他の分野との関わりが出てくる。

 

好きな分野を究める為に、自然と他の分野も学び、興味を持ってゆく。

 

おっと、だいぶん、脱線しましたね。(^_^)

 

しかし、教育のことは、とても大切なので、次回に記させて戴きます。

 

 

 

自立した個人が集団を形成して、〝和〟の社会を築いてゆくのなら、

 

上記の政治形態になるんじゃないかなあ、と、思う次第です。

 

政治の役割は、市民の衣食住の管理、生活の安定をはかるものだと思います。

 

逆に云えば、市民の生活の安定、向上をはかるものが政治であり、政府です。

 

金銭があまりにも現物、現実から乖離、遊離しているが如く、

 

政治も○○主義だの何とか体制だの、市民の実生活から乖離している現在、

 

根本、原点、実生活に立ち還ろうじゃありませんか。

 

一個人で出来ることはし、他者の協力が必要な場合は、班、町、地区、市、と

 

必要に応じて規模が拡大してゆく。

 

「ひとりは皆の為に、皆はひとりの為に」

 

と、いう言葉がありますが、まさに、その通りだと思います。

 

「困った時は、お互い様」

 

個人は集団に奉仕し、集団は個人に奉仕する。お互い様ですね。

 

あたりまえのことをあたりまえにしてゆく。

 

お祭りが人々の協力のもと、人々の喜び楽しみのために行うが如く、

 

〝まつりごと〟も、人々の協力のもと、人々の生活の安定、幸せのために行う。

 

言ってしまえば、ただそれだけのことですね。(*^_^*)

 


いつか見た夕焼け  三王一好

 

日日好日

 

 

 

 

今回は補足することはないようです。

 

この記事たちや、「いつ夕」を参考にして、

 

どのような社会が暮らしやすい社会なのか、

 

自らが考えてくだされば幸いです。

 

 

 

 

暁をまちながら