自分の人生も、捨てたもんじゃなかったことに気づく | アラフォーにして惑わずアラフィフにして天命を知る
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50代おひとりさまブログです。うつ病発症11年、不遇の40代を乗り越え、より価値的な日常生活を目指します

否定的だった若い頃

 

ここ10年程ですが、マイナス思考な自分を変えようと努力をしてきました。うつ病治療の一環という側面もあったのですが。

 

その甲斐あって、若い頃よりは物事を悲観的に考えなくなってきているし(治ったとは言っていない)、現状の自分をありのままに受け入れられるようになってきました。

 

自分自身が大嫌い人間だったのですが、少しずつでも好きになろうとしている最中なんです。

 

 

守られてるなと思う瞬間

 

 

コロナウイルスのせいで、生活が成り立たなくなってきた方々の様子を見聞きします。そのたびに、自粛要請ではない職業の中にいたことに安心している自分と、そうでない方々に対する申し訳なさを感じている自分がいます。

 

過去にも、阪神・淡路大震災や東日本大震災、その他の地震や台風などの自然災害のど真ん中にいたことがないのです。

 

強いて言えば西方沖地震は体験しましたが、家の中のモノが落ちて破損した程度の被害でしかなかったのです。今回不覚にも感染したっぽくて二週間微熱と格闘はしましたが、欠勤は2日で済みましたしね。

 

こうやって諸々振り返ってみると、「自分は守られてるなぁ~」と、感謝すべきなんだと思います。

 

 

性格に難があった過去

 

 

もちろん、うつ病が原因で私の40代は丸々、社会から落ちこぼれた状態でした。現状を変えるために何かしらの行動を起こさなければいけないことは分かっていても、それをさせてくれない病気に、希望が見えなかった時期でもありました。

 

半年、一年スパンで比較してみれば、わずかに感じ取れる程度の変化を繰り返しながら、やっとここまで来たのです。そしてそれがあったからこそ、足りない現実を、不満な自分自身を受け入れることができるようになったのです。

 

今では、「うつ病になったからこそ、弱者の気持ちがわかる人間になれた」と思っています。10年以上、引きこもりニートでしたからね。その目線から社会を見れたのは、貴重な経験になりました。

 

もしうつ病になる前の自分のままで今日を迎えていたとしたら、きっと、生活苦や病気で苦しんでいる人たちを逆に、見下しているような人間になってしまったことでしょう。

 

同じレベルの苦しみというのは経験しないと共有できないにせよ、せめて「苦しいんだ、辛いんだ」という共感はできる人間であり続けたいと、今は思うのです。

 

 

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