kondoclのブログ -6ページ目
<< 前のページへ最新 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6

ジャズ喫茶アリンコの思い出

 今から40年ほど前のこと。渋谷百軒店の路地に入ってすぐの角を左に折れると、カレー屋のムルギー、さらにその奥の場末じみた一角に何軒かジャズ喫茶が集まっていた。音楽館、ブラックホーク、スウィング。「アリンコ」は、その一番奥をさらに曲がったとたんのところにあった。場末の路地のどん詰まりのさらに片隅の、その名にふさわしいすがれた店だった。出がらしのコーヒー。いい加減ぼろくなった、座り心地の悪いソファ。かたかた揺れるテーブル。やる気のないマスターと、いつもかかっているエマーシーのクリフォードブラウン。
 当時僕は高校生だったが学校にはろくに顔を出さず、日々渋谷新宿をふらふらしていた。大抵の夜は新宿の三光町辺りでばか騒ぎをしており、それが生活の中心にして基本だったから、午前中はもぬけの殻のような事が多かった。アリンコにはそのような遅い朝にいくのがほとんどだった。前夜の山下洋輔トリオやら酒場のばか騒ぎをすぎて、また朝からコルトレーンを聞く気にはなれず、たいていは惚けた顔をしてアリンコで過ごした。午前おそくの人気の少ないアリンコと新宿の狂乱的夜が、僕の中で一対のものとして思い出される。記憶のアリンコには他の客はおらず、わびしげな店内にはいつもマスターの姿しかなかったように感じる。
 マスターは鳥打ち帽をいつもかぶった40歳ほどのやせた小男で、あまり客にも店にも興味がないようだった。雇われマスターとは思われず(余りに堂々とやる気がなかった)、ジャズ喫茶をやってるくらいだからジャズは好きなんだろうが打ち込んでいる感じでもなかった。とても店の上がりで食えるとは思えず、何をやっているのか正体不明の人物であった。風体やしぐさから何となく日陰の気配、仮住まいの気配のする人だったがその感じをうまく表現できない。路地奥の片隅に逼塞する謎の人といった感じだった。店はかってに閉まっている事もあり、全く気ままな印象で、僕はますます気になった。アリンコでは、ジャズより、マスターの謎めいた気配の印象が強い。あるとき、薄味のコーヒーを飲みながら「Chet Baker Sings」を聞いていたら、マスターが突然誰か、多分お客に大きな声で言った一言が聞こえてきた。「死んだふりしている時間ももうないよ、そろそろ行くよ」
 話の前後の脈絡は分からないから、どのような意味なのかも全く不明だ。たわいない雑談の中の一言にすぎなかったのかもしれない。だがその言葉は鮮明に頭に残った。なぜなら、アリンコはそれからほどなく、突然閉店したからだ。ある日、僕は閉店の告知の張ってあるアリンコの扉のまえに立ちながら、爆弾を製造するテロリストと性的倒錯者の両方を同時に連想した。当時の僕の仲間は、死んだもの、行方不明のもの、発狂したもの、薬で体を壊したもの、など死屍累々だが、その戦死者の一列に、名前も知らないあのマスターがいつからか一緒になっている。
<< 前のページへ最新 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6