自民党が、来年の通常国会に提出を予定している「家庭教育支援法案」
(仮称)は、公権力が、家庭に踏み込むことになる危険性があり、強い
危惧を持ちます。「家庭教育支援法案」は、基本理念として、保護者が
子どもに「生活のために必要な習慣を身につけさせる」「国家及び社会
の形成者として必要な資質が備わるようにする」ことなどを挙げています。
国は、支援の基本方針を定め、自治体とともに環境を整備する、とされ、
住民は、「国及び地方公共団体が実施する家庭教育支援に関する施策
に協力するよう努める」ことが「責務」、とされています。安倍総理は、家庭の
あるべき姿を規範として定めようという考えを、ずっと持っているように思われ
ます。第一次安倍政権の時には、教育基本法改正で、「愛国心」を目標の
一つにして、家庭教育の条項を新設して、保護者が子どもの教育に第一義的
責任を負うことを明記しました。その後の教育再生会議で、親の自覚を求めて、
「子守歌を歌い、おっぱいをあげ、赤ちゃんの瞳をのぞく」などの提言を出そう
としましたが、異論が出て断念した経緯があります。また、自民党の改憲草案
では、憲法24条に「家族は、互いに助け合わなければならない」という規定が
加えられています。地方でも、大阪維新の会の市議団が、家庭教育支援条約の
案をまとめようとして、非科学的と批判され撤回したり、2013年には、熊本県で
全国で初めて、「親の学び」などを定めた家庭教育支援条例が施行されています。
静岡県では、「しつけ」の重要性の文言を検討しましたが、県民の反対を懸念して
見送られた、と報じられています。最も私的な領域の家庭に、公権力が踏み込む
ことは、あってはならないことだと思います。国が、子どもたちのためにすべきことは、
他にたくさんあるはずです。教育や子育てのための予算をもっと増やし、持ちたい
人が子どもを安心して持てるように環境整備をする、貧困や虐待などに中にいる
子どもに支援する等々。親の子育ての責任は、もちろんありますが、子育てのあり方
は、家庭それぞれ、であってほしいと思いますし、そうあるべきです。多くの人が、
知らない間に、数の論理で、こうした法案が通らないように、注視していきたいと
思います。