ぼそっと個人的な呟き的な、お盆の時期というのもあり、やや内省的な記事です。

 自分の道というのは案外静かなものなのかもしれません。

 私の現在として日々の生活は静かです。

 仕事の中に生活を置いているのではなく、生活の中に仕事がある、というスタンスで日々生きています。

 生活の中に仕事があり、休みがあり、というところです。息が止まらないように、一つ一つを切り替える事はなく運んでいます。

 そしてそれをベースに人々の思いが錯綜する場や環境、つまり喧騒からは少し距離を置いています。

 喧騒の中に身を置く事をやめてから何年経つのか?喧騒の中に身を置かなくなったというよりは生活というものを根本的に考え直していった結果、私の場合ですが自然と喧騒との距離ができました。

 様々な情報発信は生活が成り立つ中でおこなうようにした結果、今の更新頻度があります。

 積極的に情報発信しなくなったのでそれだけを見れば何もしていなさそうに見えるかもしれませんが、仕事は今の方が忙しいです。

 真に自分という存在の質を追求し、進化成長を目指す人間を相手に学びを提供する、ここは昔も今も変わりません。

 ご紹介やこのブログを一生懸命に読んでくださっている方が学びに来ていますし、学びながらもこのブログは何度も繰り返し読んでくれているようです。

 さて、生活というものを中心にした結果、それまでよりも人というものがよく見えるようになったという自覚はあります。

 学びと一言で言ってもその内容は多岐に渡ります。

 一方的に伝えるだけの授業ではないため、やり取りの中で様々な事を提供していくものです。

 その提供についてですが、その人にとって必要な体験、必要な学び、それらを提供する時には私の過去の経験値から導き出す事はしません。(経験値が自然に反映される分はよい)

 なぜならば過去私が接してきた人達はあなたではないからです。

 過去たくさんのコンサルやセッションを受けてきて思ったのは、私が見てきたほとんどのその類の専門家は人を全人的に見るというよりはカテゴライズして自分の中にある引き出しを提供するというものでした。

 まずもってその人の世界観をまるごと見るという事をしない、できない、だから結局カテゴライズし可能性の高い方法(引き出し)を提示する事しかできない。

 言い切ってしまえばそこに創造性はありません。

 結果として、確率商売となるが、3割でもはまる人がいて、その声を集めて出せば母数が多ければインパクトはある、そうやって影響力をつくっていく。

 というやり方は私の性には合っていません。

 相手の世界観をまるごとみる、その上で最適解を創造する、というやり方です。

 やり方というよりはその世界観を希求しています。

 あくまでイメージですが、確率商売は誰がやっても5〜6割と成功率は出る、出るがそれ以上は出ない。ただ、稼いだり生計を立てるにはこれで十分。

 世界観の把握と最適解の創造は、7割以上を目指せるが、誰もができるわけではなく、うまくいかなければ2〜3割の成功率となる。

 私の肌感では前者がそれで結果を出すと、そのやり方に固執してしまうのと成果を捨てられない事から後者に移行できる確率は極めて低い。

 つまり、確実なラインをとって上限をつくるか、不確定なラインをとってリスクを負って上限をつくらないか、という2拓になる事が多いような気はします。

 私は後者です。優劣成否ではなく選択です。その上で私は後者が正しいと思っています。

 後者的なやり方をしていると、ここはどれだけやっても経験豊富になるという事はなく、日々人と接し続け、また研鑽していくしかないところです。

 日々自分の力不足と共に歩んでいる感覚です。

 ゴールがないからやりがいがあり、楽しい。

 これが正しいやり方とは思いません、少なくとも私はそうしているというだけの話です。
 
 幸いにしてそこに集中できる環境がつくれているという強運を持っています。人と場に恵まれており感謝しかありません。

 この先どうなるかわかりませんが、その機会があるうちは謙虚にその機会を受け止め続けていきます。

 それを静かに淡々と、です。