陽だまり推拿日記

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ICMAの講師のアタクシがつれづれなるままに、


     公私混同しつつ書き綴る気まぐれ日記です。


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こんばんは。

寒い日が続きますね。

お昼にふと外に目をやると、雪が降っていました雪

こんな日は、温かいコーヒーでも飲んで心癒されたいなと、コーヒー党の私はいつものドリップで淹れて楽しみます。

 

2限目と3限目の間のお楽しみです。

イケる生徒さんにはおすそ分けして、スタッフにも淹れてコーヒー

誰かに淹れてもらうお茶やコーヒーはなんであんなに美味しいのでしょうね。

そして、誰かのために用意するお茶やコーヒー、お料理はどうしてこんなに心を癒してくれるのでしょうね照れ

 

なぜでしょうか?

もちろんそれは・・・・そこに愛があるからですよドキドキ(笑)

 

一緒に飲んだり食べたりすると、相手との距離がグッと縮まりますよね。

 

今日は、うちの最高の癒し系天然系スタッフが私の淹れたコーヒーを飲みながら、

「今日のはお茶ですか?薬膳茶ですよね?」

というオドロキのコメントをくれたりして(笑)

 

そんなコメントを頂くと、同じものを飲んでいるはずの自分の舌まで薬膳茶の味な気がしてくるから不思議です。

た、確かにチョット薄かったですがあせる

コーヒーですよ、この液体は(笑)

改めて中身を確認して、速攻ツッコミましたけど。

一杯のコーヒーに笑いを添えて、素敵なコーヒータイムでした爆  笑

 

日々楽しく過ごしていますか?

人と人がつながる瞬間って素晴らしいですよね。

 

施術をしていて人の体はやはり単なる物体ではないのだな、と実感する瞬間があります。

それは、自分の狙いとお客様の「ああ、それ!そこ!!!」という点がピッタリあって、これくらいがベスト!とこちらが思う刺激とお客様が「そうそう!そうですわ~っ!!!」と思う刺激の量と質がビシッと一致した瞬間です。

この時、不思議な感触がします。

体に触れているのは手や肘であっても、それだけではない自分の中心と相手の中心がつながったと感じます。

 

中心と中心がつながった感触の時、心の深いところが心地よく鎮まり、自分のすべてが消え相手のすべてが消えて、一体化した感じがするから不思議です。

 

そんな施術が出来た時は疲れもせず、また、患者さんの心身の状態も予想以上に良くなります。

 

人と人がつながるって不思議ですね。

とても素晴らしいことです。

 

終わった後は、心が感謝の気持ちで満たされます。

 

これだから・・・やめられません、施術もコーヒータイムも(笑)

 

明日も、素敵なつながりの瞬間が訪れますようにキラキラ

 


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こんにちは。

この冬は例年より寒い日が多いですね。

数日ましだった寒さも明日からまたぶり返すそうでガーン

首やら腰やら不調な人は、冷やさないようにして頂きたいものです。

 

無我夢中でやってきた整体ですが、やればやるほど奥が深いです。

スタッフや生徒さんによく相談されるのですが、こういう人の場合どうしたらいいのかマニュアル的なものはないのかとか、

どれくらいやっていれば自信が持てるようになるのか、とか(笑)

気持ちはわかるけれどマニュアルなんかはありません。同じ腰痛、同じ頚椎症、同じ自律神経失調症、等々、人によって原因や体質、骨格、体形、生活習慣など全然違います。

診てみないと、触ってみないとです。

同病異治、異病同治ですよね。

自信はないとダメですが、自分はこれで十分うまいとか思うのは過信というもの。安心の境地で毎回満足の施術を出来ていると思った時点で、施術者として失格です。

 

慢性症を一回の施術で完治させる方法もありませんよ。

本当によくなるには、その症状になるに至った年月の長短に比例します。

 

ただ、施術者の技術力や能力によって差が出るのは確かです。

 

思うように治せないなら、一度自分の技術や判断を見直してみてほしいです。

 

本当に重要なポイントを外して施術していないか、患者さんの体質や状態にあった刺激をしているのか。

音だけを追求する矯正をしていないかどうか。

 

刺激の質、やり方の質、判断の質を見直せば、見えてくるものがあるはずです。

 

辛悦お師匠様の施術を見たり受けたりしていてはっきりわかることがあります。

実に自然で、一回たりとも無駄な手がなく、相手にピッタリ合っています。

 

なので見れば見るほどシンプルで楽そうで簡単に見えます。

必死こいてなんだか難しそうに施術するうちは、まだまだなんだなと思います。

 

人の体は単なる物質ではなくて、心や魂の宿った生きているものだから、やはり自然なやり方、自然な刺激が必要なのですね。

 

うちの学院の生徒さんは、仕事と併用で数年通う人がほどんどです。

何も出来なかった当初から、数か月経過すると何となくできるようになり、一年二年経つと結構なプロの手になり臨床現場では指名もついたりして。

 

なのに、以前は出来ていたことが急に出来なくなったりします。

悪い癖を取るために注意した一言で総崩れになったりします。

 

そういう時は、やってる側は辛い心理状態に陥ります。

だって、すでに現場でプロとして働いているのですから。明日また仕事として、施術をするのですから。

 

でも、その辛さから逃げずに頑張った人は本当に上手になってくれます。

 

体を貸した時、その結果がそれを分からせてくれます。

 

数日、数か月、数年かけて積み上げたと思えるやり方を崩して変えていくのは勇気がいります。

でも、破壊と再生は自然の流れそのままです。

 

どうか惜しみなく破壊し、新たなる再生を果たしてください。

 

止まることのない変化、それが自然の法則です。

 

また明日から、ともに破壊と再生の日々を楽しく過ごしていきましょうねキラキラ

 

破壊と再生の日々を楽しむなんて、って思うかもしれませんが、結構本気で書いてますニコニコ

 

 

 


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遅ればせながら、あけましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いいたします。

 

ブログをさぼり続けて早数か月。

今年も、マイペースでの更新ですあせる

毎日あれや、これやとやっているうちに年が暮れ、年が明け、そして正月も過ぎて今日はもう七草粥を食べる日になってますね。

 

皆様お正月はいかがお過ごしでしたか?

アタクシは例年通り、食べてはまた食べ、皿を洗ってはまた食べ、そして夜になり寝て起きてはまた食べて。

ニャンとも美味しいお正月でした。

あんまり食べてばかりではさすがにズボンがきつくなる一方なので、懐かしの故郷である山口県岩国市をブラブラしてきましたブタ

 

初詣はいつもの白崎八幡宮さんへ。

写真はお隣りの護国神社です。

キラキラしい八幡様もいいですが、ぐっと渋い護国神社さんの境内からは岩国の美しい川錦川が一望でき、私の好きな場所の一つです。

 

錦川に降りてみたくなり、気の向くままにブラブラと歩きました。

 

 

何かの実がなっていたり、花が咲いていたり、そして樹齢は不明ですが子供のころから変わらずに大きく枝をのばしている楠がやはりそこにありました。

小学生時代はカッパと呼ばれるくらい川泳ぎが得意で、夏休みは毎日井堰に出向いて何時間も遊んだものです。

そして楠の下に出ている駄菓子屋でモロッコヨーグルなど食べたものです。正確には友人がおごってくれたものです(笑)

あっという間に時は過ぎ街並みも所々変わっていましたが、大樹は変わらぬものですな。美しいことキラキラ

 

井堰に降りてみました。

堰を挟んで上流は淡水。いつもはこちらで泳いでいました。

下流は海水が流入。たまに入ったりもしましたが、深くて水も冷たかったですね。

こちらでは泳がずに、テトラポットの隙間に潜む鮴(ゴリ)を釣ったものです。

落ちている釣り糸と釣り針を拾って、タニシと潰してね、チョイっとテトラポットの隙間に入れれば結構釣れたものですよ。

で、それを家に持ち帰って煮魚にして猫様の餌になるような日もありました。

この日の下流は潮が引き始めたころですね。

別の日には岩国城の下、武家屋敷が並ぶあたりに足をのばしました。

お城山と呼んでいた山の木々の美しいこと。青空にお城の白壁が映えますね。

 

逆光で少し暗く写ってしまいましたが、私たち岩国人にとって錦帯橋は故郷の誇りです。

今回は錦帯橋を渡らずに、上流に架かる錦城橋を渡りました。

錦帯橋の少し下流には臥龍橋も架かっており、高校時代はそこを渡って通学したものです。

 

時の流れとともに形あるものは色褪せ滅びていく。されど形なきものは変化を見せながらその根底は変わらずにいられる。

川の水は、岩に当たれば砕け散り、散ったと思えばまた集まりて、魚を住まわせ大地を潤し植物を育み、人に恵みを与える。

形なければこそ形あるものを生み出すことができる。形あるものが滅び、また新しく生まれる間、形なきものは静かに寄り添い支えることが出来る。

錦川の澄んだ川面を見つめていたら、どこからかフッとこんなメッセージが聞こえてきたのでした。

 

私たち人間は、日々肉体の細胞が生まれては滅び、また生まれては滅びを繰り返しています。

時が過ぎ、体は変わっていきますが、心の根底にある澄んだ美しき部分だけは変わらずに保ちたいものだなと思います。

形なき心が形ある体を支え、日常を支え、人生を豊かにすることができるのですから。

 

今年も素晴らしい一年となりますように!

 

 

 

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