最近芸能人やら何やら?が、「身内に甘い」というネット記事をいくつか見る機会があった。

かなりざっくり言うと、

それで、視聴者から批判された、というもの。

 

何をしても何を言っても、批判する人は一定数いる。

 

誹謗中傷は言語道断だとは思うが、人によっても、「批判」に対する捉え方は違うだろう。

批判する側も批判される側も、その捉え方に、多かれ少なかれ個人差があるかもしれない。

 

「『身内に甘い』ことに対する……のような批判があった」という記事を読んでいて、

まず感じたのは、「こうして批判する人は、自分の身内に厳しいのか?」ということだった。

 

私自身、自分に問うてみたら、「はい!」とは言えない。

それは、いろいろな考え方からそう思う。

 

例えば、その「身内」に当たる人のことを、本当に信じている、信頼している場合。

その場合、その人が何をしたとしても、その人の「思い・気持ち」は信じたいと思うと思う。

法的にも人としてもしてはいけないことをしてしまったとしても、そして、その行動に対しては罰を受け、罪を償うべきだと

思うとしても、その人が、そこまでの行動に至った「裏にある思い・気持ち」みたいなものは信じると思う。

私にとっては、「信じる」とはそういうこと、とも言える。

それが、他者から見たら「身内に甘い」と見える場合もあるかもしれない。

 

別の考え方だと、ただ単に「私自身、自分のため」に「身内に甘い」ということもある。

例えば、職場の人が、公私に関わらず何らかの不正をしたとする。

それを正義に則って公表するか、告発するかどうか。

今のところ、そういう体験はしたことがないが(たぶん)、

自分が公表したり、告発したりすることで、自分の仕事に影響したり(減ったり)、職や立場が失われる恐れがある場合、

もしかしたら、ためらうかもしれない。

自分の身かわいさ故に、発言を避けたり、見て見ぬふりをしたりしてしまうことがあるかもしれない。

時々、そんなことを想像して、一人で葛藤する。

 

ACT(心理療法)でも言われるように、自分の大切な価値に沿って自ら選択し、行動することが大切なのだと思う。

だがしかし……。

今のところ、そんなことがないに越したことはないし、そんなことがないことを祈るが、

もし、そういう場面に出くわしたら、まずは自分自身と深く深く対話してみなくてはならない、と思う。

苦しいだろうな。

 

ありがとうございました。

「子どもの笑顔とイキイキは、大人のイキイキから。」

こころの里カウンセリング 代表

  公認心理師・静岡県スクールカウンセラー

    山﨑里美