今日こそはファンタジー・オン・アイスの総括を書こうと思っていたのですが、帰宅中のバスの中でとんでもないニュースを目にして、信じられない気持ちのまま帰宅し、結果を知り、一晩経ってようやく、これは信じるしかないのだと観念しました。
デニス・テン選手、アルマトイの路上で暴漢に大腿部を刺され、失血死。
あまりにも残酷です。つい数時間前まで、友人と会っていた写真がインスタグラムに残っています。小塚崇彦さんは、つい最近LINEでやりとりしたばかりだそうで、その内容の一部をインスタグラムに載せています。デニス主催のショーに呼んでくれて、デニスは小塚ブレードを使う予定だったようです。
才能も未来もある若者の命があっという間に失われるなんて、こんなに悲しいことはありません。カザフスタンの報道によれば、デニスの車のミラーを盗もうとした者に襲われてナイフで大腿を刺され、動脈を損傷したために3リットルの血液を失った。路上で倒れているところを通行人が発見して救急搬送。ICUで処置を受けたがだめだったと伝えられています。犯人はそれがデニスだと分かっていたのでしょうか。右の大腿部を刺すことがフィギュアスケーターにとってどういう意味があるのか、分かってやったのでしょうか。
しかしどんなに「たられば」を言っても、もう彼は帰ってこない。昨夜はあまりにも現実感の無かったこのニュースも、各国のスケーターや関係者が追悼のメッセージを寄せているのを見ると、そしてアルマトイの現場に数多くの花が供えられているのを見ると、現実を受け入れざるを得ません。
私もデニスのスケートは大好きでした。最近は怪我もあって思うような成績が出せませんでしたが、「アーティスト」や「シルクロード」は名作だと思っています。音楽学校出身のデニスは音楽にもこだわる人で、特に「シルクロード」の中央アジア的な音楽を使ったプログラムは、単純なご当地音楽とは一線を画したプログラムでした。今シーズンはグランプリシリーズのロシア大会にエントリーしていました。また新しいデニスが見られるのではないかと楽しみにしていたところです。
デニスのスケートはもう見られません。中村勘三郎が亡くなった時、幼馴染の坂東三津五郎が弔辞の中で、肉体の芸術はつらい、死んだらもう見られないからと語りました。フィギュアスケートは純粋な芸術ではなく第一義的にはスポーツだけれど、同じことです。どんなに録画で残っていても、もう彼のスケートを現地で観戦することはない。もう新作も生まれない。そしてデニスの演技を最後に観たのはいつだったろうと思いながら、同じ演技の録画を繰り返し見るだけになるのです。
あのような形で突然に大切な人を奪われた悲しみは想像もつきません。デニスのご冥福を心から祈ると同時に、ご家族や親しい友人、近しい関係者の方たちの心が癒されますように願ってやみません。
桃象