追記:独り言と感謝 | 【心声(ココヘ)プロジェクト】

【心声(ココヘ)プロジェクト】

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今日の「正義」が明日の「悪事」。明日の「悪意」が未来の「正論」。
今を生きる人が為すべきこと。「今」を「未来」に繋ぐこと。


テーマ:

☆☆☆追記☆☆☆

《2018年6月12日~13日の追記》

すごく私的な追記になります。
アレから4年ほどが経ちました。
あの時助けてくれたみなさんは元気かなぁ、と思っております。

そして、目標を達成できたことや磯浜で過ごした日々は、

夢のような日々だったなあ、と改めて感じます。

今日(6/12)は術後3ヶ月目の通院日でした。

私もボランティア活動を終えてからウロウロと港を放浪し、

同年8月26日からまた新たに、海で仕事をするようになりました。

カゴが顔面にぶつかって鼻が折れました。
船での作業中に、左肩に錨綱、右手にカンザシ(イカリに挿す鉄の棒)を持って転んで

右手小指の先っちょを錨に殴打。小指の先っちょ、粉砕しました。

 

2016年の6月2日には長らく続いた左手首の痛みの原因が解明されまして、13日に手術をしました。


【TFCC(三角繊維軟骨複合体)損傷】というやつで、手首のくるぶしみたいなところにある軟骨と靭帯5本くらいの集合体の部分です。


損傷だったので、「これ以上損傷しないように靭帯を守れ!」とのことで、

薬指と小指の神経?がついている尺骨骨切短縮手術をしまして。

チョクッ!と切って、ボルトで固定。ネジ7本!

骨に7つの釘を持つ女になりました。


2017年6月、今度はくっついた骨のボルト抜き。抜釘です。

キレーな青色のプレートと、金色と銀色のネジを先生にいただきました(記念品)


そして2018年の3月にはなんだか「ブチ!」と言いました。

3日後くらいに病院に行ってみたら水?が溜まっていたようで。
はじめは「ガングリオンかな、厄介なところにあるから切除しようか!」と手術。

これが今年の3月12日でした。


前回手術したところの縫い目が痛むことはあっても、

特に「ブチ!」後の痛みも感じなかったので、

また仕事がちょっと落ち着いた6月に手術でも良かったのですが

5月は私が1年の中で1,2を争う楽しい楽しい海上撤去作業がありました。

「ガングリオンなら1ヶ月くらいだね!」と言われたので即・手術をしてもらったわけです。

1ヶ月くらいなら、5月の作業に間に合う!と思って。

「じゃあ、ついでに左手中指のバネ指もやっちゃってください」

と、オプション追加してしまった私。

今思う。

私のバカ。


で、術後は「開けてみないのわからないよねー」と言う事で

全治3ヶ月〜半年。力仕事は半年から。

…という結果に。
TFCC損傷だったのですが、靭帯が切れてて軟骨が裂けてて

その汁が出ていたようです。

わかりやすく(膝で)言えば、

「半月板が裂けて靭帯も切れてました」状態。

なんと間の悪い。
1ヶ月予定が3ヶ月かよ。

ホントに間の悪い。
高3の時にインターハイ予選出発前日に落馬して

腰椎横突起1〜5本を骨折して即入院。留守番。

大学の時、国体予選1週間前、愛馬が殺されて(ヤケになってはいない)

夜に放浪していたら犬が道路に寝ていて、

それを避けて車全損。全身打撲だけど99車。犬は無事。予選は欠場。

 


なんて間の悪い。


目標を達成する手前で、いつも間が悪い。

いつも。いつもだ。いつもいつも。

(実は今回もそういうことはあった。)


そんなことを考えていたら、思いっきりオチマシタ。撃墜。
退院してからは鎮痛剤で廃人に(笑)
血便、ゲロめまい&昨年判明したメニエール症候群。

おまけに自律神経が出張した。

「4月いっぱい休んでいいから、ちゃんと治しなさい」

とシャチョさんから休みもらいました。

ちょうどその頃、芸能人がメニエールで入院してたり、

野球選手が自律神経で野球から離れたりしてた時期。

だから理解してもらえた部分も大きかった。

 

―――――――
「もう潮時じゃないかなあ(ニッコリ」


2016年からずっとお世話になってる手の先生。
男と女じゃ筋肉の作りも違うし、

ましてや若い頃からやってたわけじゃないから、

海作業対応機能はついてなかったわけで。

楽しみだった撤去作業(小指折ったやつ)もできず、

なんなんだろう」って思いながら。

間が悪い。
間が悪い。
なんでいつもこうなのさ。

かーーーなり鬱でした。




そんな怪我の経歴を並べてみましたが、

今は元気に生きています。

4月末には、ギプスだったけど

ボラで知り合った栃木の子の結婚式にお邪魔して

その帰り道に、10年位避けていた場所へ行って来ました。

高校のときに、みんなで笑って過ごした場所でした。
何度かブログでも書いた気がしますが、

私は昔、お馬さんと関わっていたんですねぇ。(落馬してるし)


お馬さんはとても素直で純粋。
古くから人間の相棒として接してきたきた動物でもあります。
だからか、人の気持ちがわかるのかな。

ワンコでも喧嘩の仲裁に入ったりするし、

カラスでも顔を判別してついてきては鳴いて呼んでくる。

動物ってホントに人間の動きや感情に敏感。

ホント、コトバなんて要らないんだよね。

そこで友人とその旦那さんに久しぶりに会って。


…とは言っても、

彼らはお馬さんのために自らで集めたお金を各地へ届ける活動をしていました。

磯浜にいた私にも会いに来てくれたし、ボラ中に2回会ったのかな。

それまでは馬を見ると泣いてしまう私だったのですが、

その時、お馬さんに乗せてもらって。

ホースセラピーをしてもらいました。

馬をテレビで見れるようになったのには5年くらいかかった。

乗ったのは、10年以上経ってた。


そんな私の突然訪問に、快く受け入れてくださった。


それで、なんだか元気になってしまったのです。

翌日には「なんか表情が柔らかくなった」とシャチョさんに言われ。
お馬さんの癒やしを改めて感じました。



…と、ここまでが長ーい前置きと、あれからの近況!
(長いのはいつものこと)

 

いつかは追記を、

……と思っていたのですが、なかなか書けるきっかけがなかったのです。

でも、最近になって気づいたのです。
私が【心声(ココへ)プロジェクト】をしていた理由。

行ったこともない、誰も知る人がいない土地へのボランティア。
ボランティアの理由や方法はそれぞれだと思います。

だけど、最近になってようやく気付いたのです。
お馬さんに乗せてもらって、その動物の命の重さを改めて思い出して。
私がボランティアをしたのは、

隊長さんの妹さんと出逢ったことだけ、じゃなかったようです。




「これ以上、大切なものを失いたくない」

その想いは私の中にあった

14年前に失った馬に対する想いでした
腰を悪くし、脚を引きづるようになった大好きだった子は6月2日に召されました。

連れて行かれたのは、たしか朝6時前。

その1時間ほど一緒にいたのです(忍び込んで)

前日の夜に無断でお腹いっぱいにご飯をあげた。

久しぶりに沢山食べられて満足した彼は、子鹿のように座り込んで寝てた。

ゆっくり近づいて撫でていたら、パタンと首が倒れました。

首に潰されて、身動きができなかった。

抜けようにも持ち上げようにも無理。

重い。

オモイ。

シヌ…


――それが、命の重さだと。


そう思って、ただ潰されてました。
命は重かった。
動かなかった。
1人じゃどうすることもできない。

そんなことを考えながら、

「大好きな馬をこのまま見殺しにするのか」

考えながら潰れてました。

金もない。
権力も、チカラも。
たくさん教えてくれた親友でもある。
いつも慰めてもらった。
そんな親友を見殺しにするしかないのか。

私は学生。
金もない。
経営者じゃない。

つれて逃げたい。

どこへ?

どうやって……。

仕方がないのか。
仕方がないんだ。


そんな事を考えて、理由にしました。
「理由」という、
親友を裏切り、見殺しにした。
そんな理屈の「いいわけ」でした。

すべての理由は「いいわけ」で、
「出来るはずがない」は、

「やりもしないで諦めたこと」でしかなかった。

 


犬を避けて、車で自爆したときに夢を見た。

黒い馬が私の前を走っていった。
1度だけ振り向いて、遠くに行ってしまった。

それはきっと、
「彼」だったんだと思う。


人間はきたない
金がすべて
権力がすべて

チカラがほしい
汚い人間の世界で生きるチカラがほしい

喪ってから、ずっと考えていた。
金がすべての人間の世界。
権力がすべての人間の世界。

そんな世界で、君の分まで生きてみよう。
見殺しにした君の分まで、
苦しんでもがいて。
シアワセなんかいらない。
贖罪にはならないのは知っているけど
そんな呪いを、自分自身にかけた。



それから学生を終えて
文字を書く仕事をして
初めて外国に1人で行ってみて
日本語すっぽり忘れて、
1冊の本に出逢った。

それが隊長さんの本。
海軍兵学校の夏休みの帰郷に、

磯浜で妹と遊んでいた隊長さん。

そして偶然、妹さん夫妻に逢った。

「来年の春にお祭りがあるから、遊びにおいで」

それが震災の年だった。


そこからは自分でも不思議な年月だった。
「何故、自分は今、此処に居るんだろう?」
ふと、思うときもあった。
訪れたこともない町。
知らない港。

其処でボランティア活動という自己満足をこなして、

不思議に思うことが何度もあった。


今、14年の呪縛が解けて思うことがある。

「もうこれ以上、大切なものを失わせたくない」

ソレは、

「今、動かなきゃいけない」

という想いだった。

今じゃなきゃ。
できないんじゃない、やるんだ。
やれないんじゃない。
やってみろ、動いてみろ。
出来なかったら、それはそれ。
もう2度と「やらない」後悔をするな。

「大切だったものを失った哀しみを知っているなら、

 もう“何もしなかった”という後悔することはするな」


出来ることを探す。
できそうな事を、やれる事を。

そんな想いで、

【心声(ココへ)プロジェクト】のドルトさんは生まれました。

ボランティア中の、
「何故、今、此処に居るのだろう」。

その疑問は、無意識のうちに自分では気づいていたようです。

「守りたかった子がいた」
「でもいろんな言い訳を付けて動かなかった」
「そんな想いは、もうしたくない」

何度か、ブログに書いた気もします。
無意識に知っていたんでしょうね。
でも、意識的に認識したのは今年の手術後でした。

癒やされると知っていながら、

いつでも触れ合える場所を知っていながら、近づけなかった場所。

触れ合いたいと思っても、

その罪悪感から避けていた場所。

それに気付いたのは、あれから14年。
ボランティア活動を終えて4年。

 

あの頃とは、馬術のルールもちょっと変わり、

ヘルメットも変わり

(最近は自転車のヘルメットみたいなヤツです。私のはひと昔前のベルベット笑)、

いろんなものが変わっていました。

 


最近では、キネシオテープインストラクターの方にもお会いしました。

彼女はお馬さんに対するホーステーピングをする方です。

勿論、人間にも対応しているので私もやってもらいました。

手術後、手のひらを床に90度の姿勢で着く事ができなかったのですが、

テーピング後はそれも出来ました。

現在、中指のバネ指も手術したあとなのですが

3週間くらい前に握力測ったところ11.6kg(笑)

6/12の時点でも、頑張って握ったら

うあああいってえええー!(中指」

となったにも関わらず16.7kgです(笑)カヨワーイ

今になって、ホーステーピングインストラクターさんに出逢い、

あなたのような人があの時居てくれたら」

と、軽々しく言ってしまった私ですが、それすら、

罪悪感だけを背負ったまま「彼」と馬から逃げていたのは

自分自信だったことに気付きました。

ここまで、馬の話ばかり書いてしまいましたが、

きっと「彼」とのことがなければ私は此処に居ませんでした。



隊長さんの本に出逢わなければ。
妹さん夫妻に出逢わなければ。
「彼」との別離がなければ。

ブログでも
「人間キライ」
「権力、キライ」
「銭金、大キライ」

とか書いてたような気がします(笑)

全部全部、繋がっていたようです。


ここにきてやっと、自分自身でそのことに気付けました。

2018年6月2日。
1年で最も嫌いだった日です。
私は懐かしい場所の、馬たちがたくさんいる馬術競技会の会場に居ました。

たくさんの馬と人を見ました。
懐かしい人たちにも出会いました。

実は、毎年6/2はズル休みとかしてひきこもってました(笑)

誰にも会いたくない日でした。

でも、その呪いも今年ようやく解けたようです。

自分自身でかけた呪いでしたが、
14年。長かったな。



今は普通に仕事をして、撤去作業も3回だけ参加できて。
船上カメラマンになって、初めて1人で船を運転して帰ってきてみたり。
県庁でプレゼンをしてみたり。
(採択!)

 

いろんな経験をさせてもらっています。

そして、「とりあえず記念に」と取得した

小型船舶免許1級の更新時期です。

 

ペーパーではなく、ちゃんと活用してきた4年間でした。

 

 

そして今は、一つ目標が出来ました。

今、とてもほしい資格があります。

実は去年、1回落ちました。笑

 

絶対に自分には無関係と思っていた資格。

だけど、今はこれがどうしてもほしい。

 

26まで遊べ。

40まで学べ。

60までに達成しろ。

 

昔ひいた、怖いおみくじ(当たるから怖い)に書かれていたモノです。

 

学ぶことは沢山あって、

いろんな先輩方の長年の知識を、

「うちではこうやっていた」「うちでは~」

と、いろいろな方向から教えてもらえます。

 

経験を教えていただける環境にいるのは、

すごくシアワセな事です。

 

今日(6/13)も、熱い陽射しと突然の風にやられながら

陸で作業をしつつ

何でも無い日常の風景で

何でも無いいつもの光景で。

 

おつかれさま~

また明日!

 

と、いつもと同じ日常です。

そんな穏やかな日々を過ごしながら

漁師になって4年目。

 

ボランティアを終えて4年目。

自分自身の、「心の声」に気づくまで、

14年かかりました。

 

人間は嫌いだけれど、それも漠然としていました。

出会った町の人、港の人、ボランティアの人々。

とても良い人ばかりでした。

 

名声がほしい人。

銭金に流されて大切なものを売ろうとする人。

 

そういう奴らにも出会いました。

そういうのが、私が嫌いな部類のニンゲンでした。

 

いつか、会社を持てたらいいなと思います。

これは資格を取得してからだけど。

遅いかもしれないけど、

ハリボテのペーパーカンパニーじゃない会社を持ちたいなと。

 

今は漠然とですが、そう思っています。

ほしい資格は法律関係です。

まさか私が法律に興味を持つとは。

人生とはわからないものです。。。

 

(学ばなきゃと常々チェックしていたのは著作権くらいだったので…)

 

あと、またお馬さんに関われる日々が来ればいいなと。

密かに、そう思っています。

 

おそらく、ドルトとしてブログを書くのはこれが最後になります。

14年の長い時間は、私にとっては懲役のようなモノでした。

その中でも、懲役を過ごして、今はなんだか世界が変わった気分です。

(ヘルメットが変わったように…)

 

そして長らく所持していた【心声(ココヘ)プロジェクト】の通帳は

3月末にギプスで解約してきました。

 

残金は1万2千円ほどでしたが、

こちらはまだ現金で所持しています。

(通帳を探したけど長らく掃除してないので埋もれてしまった。

 発見次第、また追記しちゃうかもです…)

 

このお金は町のために集まったものなので、

やっぱり町に返したいのです。

そこら辺はT子さんやH元さんに相談中です。

 

もうひとつ、以前作った電子書籍ですが

本日から無料公開とさせていただきました。

 

ご購入してくださった皆様、ありがとうございました。

もう通帳もないし、お金を集めることもないので

無料公開とさせていただきます。

 

ですが、著作権は放棄していないので

無断使用や転載はやめてください。

これは注意書きでも何でも無く、

とても悲しく辛い時期に

その「声」を預けてくださった町の方のものです。

その方々の気持ちを考えてください。

 

ただ、これからは

募金作品ではないので

「あの日」や「あのとき」の声を

いろんな方々に知っていただければ、と思います。

 

まだ当時は電子書籍はメジャーではなかったですが

今なら少しは、読んでくれる方もいるかもしれません。

 

山元町へ訪れる機会がある際には

是非、ご一読していただけると幸いです。

少しでも知ってもらい、

今、この復旧から

復興へとカタチを変えつつある現在。

 

あの時の町の方々の苦しみや哀しみを

少しでも感じて、その上で交流していただければ、と思います。

 

 

パブーのブクログ

【心声―ココヘ―】http://p.booklog.jp/book/32957

 

※forkNの方はですね。ID&パス忘れまして問い合わせ中です!

 おそらくパブーのみにすると思います。

 それもまた追記になるのかな……^^;

 

 

 

いつも通り、長たらしくなりましたドルトのブログですが

とりあえずは、長い長い追記はここでおしまいです。

 

最後に、応援してくれた山元町の人たち。

ステッカーを購入してくれた多くのボランティアの皆さん。

一緒に旗を作ってくれた、沢山の方々。

 

本当にありがとうございました。

 

そして、

港とのご縁をくださった343空A-15の青年隊長。

 

高校の時、馬と触れ合う癒やしを教えてくれた

同い年のノーザンクラウン(旧名:スカレット)と、

 

14年間の学びの時間を与えてくれた親友、

コーザンユウタ。

 

 

【心声(ココヘ)プロジェクト】は、私にとって

本当の自分と向き合う時間でした。

 

関わってくださった皆様に、沢山の福が来ますよう。

 

変わらぬ風景。

変わらぬ日常。

それがとても尊いモノであると言うこと。

 

改めて、感謝致します。

 

 

了。

 

*★**★**★**★**★**★**★**★**★*

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