人工授精3回目と4回目の間に1周期だけお休み期間を設けました。
その頃、体外受精を本気で視野に入れなければならない事を本気で考えました。


不愉快になる内容かもしれませんが、今回書く気持ちの変化が私の中で大きな出来事だったので残しておきます。




体外受精にステップアップを検討する時、私はどこか前向きになれずにいました。

自分では体外受精に対して偏見など持っていないと思っていましたが、いざ自分がやるとなるとなぜか気持ちが複雑になっていました。

何度も一人で考えた結果、なんだかんだ言って自分が1番自然妊娠にこだわっていたんだという答えが出ました。

私が体外受精に偏見を持っていないというのは表向きだけで本当は偏見を持っていたんだ…と気づいて絶望しました。

人工授精は自然妊娠と同じと括って、なんとか気持ちを保っていたんだ…と気づきました。


決して体外受精が嫌なのではない。ステップアップ自体はすぐにでもできる…でもすごく複雑…



何日も考えた結果、自分は自然妊娠する事ができない…それがとても悲しいと感じている事に気づきました。



周りのみんなみたいに自然妊娠したかった…

みんなみたいに夫婦仲良く過ごすうちに、自然な営みの中で妊娠したかった…

不妊なんて考える事なく夫婦で楽しく生活するうちに「あれ?生理きてないかも…?もしかして…」とか言って妊娠がわかりたかった。

「妊娠発覚」とか「妊娠判明」とか言ってみたかった←これって不妊治療してる人はあんまり言わないですよね…人工授精や胚移植をするから妊娠の可能性がある事を前提として過ごしてるし、判定日に真実が分かる事なので検査薬使うまで気づきませんでしたー‼️みたいな事ってほぼ無いですよね



子どもの頃から不妊の予感はありましたが、やはりどこか憧れを捨てきれずにいたんでしょうね。
みんなみたいに…という…


それと同時に体外受精をした人と人工授精までの人の間に線を引きたくなってしまう自分がいました。
自分は体外受精しか方法がない…人工授精よりも大変な治療になるし、自然妊娠した人に対して楽して妊娠したくせにと思って僻んでしまい、素直に仲良くなれないかもしれない。
妊娠すれば方法はどうあれ同じ妊婦なのは分かっているのに…

もし妊娠したらSNSでマタアカを作っても体外受精、顕微授精の人としか繋がらないようにしようかな。とか考えるようになりました。


頭の中が全力で不妊様になりました。
もちろん妊婦さんを怖がらせたり押したり怪我をさせてやろうなんて気持ちは一切なく、ただただ羨ましいだけなんですが、本当に自分が惨めに感じました。
元々僻んだり妬みやすい性格なので、自分の不妊様に驚くことはないのですが、やはり自分の汚い感情に疲れることも多くありました。



散々不妊様な内容を書いていますが、職場や道ゆく見知らぬ妊婦さん、街ですれ違う子ども連れの方達には優しくしようと思ってますし、実際職場でもフォローをたくさんしてきたつもりです。

社会として大きく見たり、長い目で見ればお互い様だという事はもちろん分かっています。
でも不妊治療を始める時点でほぼ専業になった私は、結局妊娠しても誰からもフォローされないわー全然お互い様じゃないわー私は社会から外れて人知れず産むんだな…なんて思ったりする日もありました。





自然妊娠できないことを認めなければいけない事が悲しくて、本当は体外受精に偏見を持っていたんだという事が辛くてたくさんたくさん泣きました。

数日考えてたくさん泣いて自分の心の中の膿を出したらスッキリしたのか、自然妊娠に対するこだわりも消えて体外受精について前向きに考えられるようになりました。(自然妊娠に対する憧れはまだありますけどねウインク
体外受精に対する偏見もすっかり消えて、むしろありがたい医療技術だと感謝する気持ちでいっぱいになりましたキラキラ





もちろん今でも上に書いたような不妊様の気持ちがむくむくと湧き上がってくる日はあります。
少しずつ気持ちに折り合いをつけて、不妊様の自分でもありのままに受け入れるようにすると気持ちが安定する日が増えてきました。
情緒が安定すると、街で妊婦さんやマタニティマークを見かけても応援する気持ちでいられるようになりました。

自分の不妊様メンタルをコントロールする事は、とても難しい事ですがこれは修行だと思って自分の中でなんとか消化しようとしています。



きっと自分の中の本当の気持ちに向き合う事が必要だったんだと思います。

心のステップアップだったのかもしれません。