不妊治療をお休みしていた頃の話です。

妊活を始めて1年。長く続けている方からするとたった1年と思われそうですが、私にとっては大きな負担でした。



不妊治療が原因でパニック障害を再発して、パートにも行けなくなり、電車にも乗れなくなり、一番ひどい時は家からも出られなくなりました。
食欲も落ちてほとんど食べられなくなり、体重も短期間で4キロ痩せてしまいました。
少し回復してなんとかパートに復帰できた頃に祖母が亡くなり、短期間のうちに辛いことが続きました。

夫は電車に乗る練習に付き合ってくれたり、会社帰りに食事を買ってきてくれたり(料理をしない人なので)寝込むことが多かった私を支えてくれました。


不妊治療お休み中でも、高プロラクチン血症の治療の為の週1回のカバサールと温経湯は続けていました。
この2つはあまり負担に感じなかったので続けられました。



不妊治療をお休みしている時は料理や掃除をしてみたり、妊活について考えなくてすむように家のことを一生懸命取り組んでいました。
治療中ほどストレスはたまりませんでしたが、一切忘れられるわけではなく、リセット間近になると、街中で妊婦さんが目につくような錯覚に陥ったり、羨む気持ちが消えなくて辛くなる日も多かったです。
発作が起きる寸前になる日もあり、良い状態と悪い状態を行ったり来たりしながら過ごしました。


他にはウォーキングを始めてみたり、とにかく不妊治療以外で何かできないか必死でした。
心身の力を抜くことが苦手なようで、今思えば子どもの頃からいつも歯を食いしばって生きてましたショボーン




なかなかストレスを解消できずベッドで寝込んで苦しむ私は、なぜこんなに苦しいのかひたすら考えていました。

「月曜から夜ふかし」で歯がない人がなぜ幸せそうなのかという話で、周りと比べていないからじゃないかという説をマツコデラックスが唱えていて、それを聞いて納得しました。

初めてパニック発作を起こした頃、私は職場にいるスーパーウーマン達と比較して自分がいかに何もできない人間かと自分を責めていました。
人より体力が無いのは事実ですが、置かれた環境が違うことを考えず恵まれた環境で働いている人たちと同じようにできないことをいつも悩んでいました。

「なぜあの人みたいに家庭と仕事を両立できないのか…」
「なぜ自分だけいつもヘトヘトなのか…」
「あの人の方が家が遠くなのに旦那さんのお弁当毎日作ってるんだ…それに比べて私は家が近くなのに作れないのか…」

今思い返せば正社員で働いていた頃の私は、他の人よりも忙しい立場だったので家の事はできなくて当然なのに、ずっと自分が至らないせいだと思っていました。
自分で自分を苦しめて夜も眠れなくなり、その他にも様々なストレスがたまりにたまってパニック障害を発症しました。



他人と比べるのが不幸の始まりだとマツコデラックスが言ってたけれど、確かに私はいつも他人と比べて悩んでいた。
自分は自分のペースでやっていけば良いじゃないか。それでも受け入れてくれる人もいるじゃないか。今ある幸せを大切にして、自分ができることを少しずつやっていけばいい。


そう思い始めたら少しずつ気持ちが楽になってきました。食事が摂れなくなっていたのも、社会に役に立っていない自分は食べる資格がないと思っている部分があったからだと気づき、多少無理をしてでも食べようと思えるようになりました。



私には定期的に静かに考える時間が必要なようです。