労働組合にしかできないことを全うする――初めての団交、抗議宣伝【リレー連載⑦ 中嶌聡/はたらぼ】 | くろすろーど

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中嶌聡/NPO法人はたらぼ
第2回:
労働組合にしかできないことを全うする


方針は「闘う青年部」

可能性を感じ組合に加入した私は、働きながら半年間ほど青年部の活動に関わり、新たな方針を探っていた。
メンバーと話し合った結果、退社と同時期に開かれた青年部の定期大会にて、「闘う青年部」を方針とし、私は副部長に就任した。

労組が取り組む労働相談センターには、年間2000件以上の労働相談があり、それを契機に、地域労組には年間200人弱が加入していた。
具体的な相談から加入してくる組合員に何よりもまず求められたことは、「労働問題の解決」である。

しかしながら、労働相談を受け、企業に交渉を申し入れる書類を作成し、予期せぬことが起こりうる団体交渉の場を運営するための知識、スキル、経験を持ったメンバーはいない。

つまり、労働組合にしか使えない団体交渉権、団体行動権の2つの権利を使えない状態だったのである。
「全うする」にはほど遠い状態であった。

もちろん、青年部が団交をせずに年配の役員の方に任せる選択肢もあった。
しかしそれではいつまでたっても「自分たちで闘う」ことができず、責任も持てない。

何より労働相談にも乗れず、団交もできず、どうやって信頼を得て私たち青年部への共感を広げられるのかと考えていた。
だから自分たちで闘えるようになることを最優先にしたのだ。



レクリエーション、禁止


「やらないこと」も決めた。理由は主に2つ。

1つ目は、労働相談にも乗れないのにレクリエーションに誘えば、当事者からどう見られるか、を考えたからだ。
解雇されて生活費もどうなるかわからない状況で「それどころじゃない」と思うのではないかと考えたのだ。

2つ目は、地域労組全体の財政も厳しく、年間5万円の限られた予算を効果的に振り分けるために取捨選択が必要だったのである。

そのために、あえて「レクリエーション禁止」を決めた。



活動開始

まず、労基法の第一条から通しで読み込み、同時に相談の電話をとらせてもらった。
多いときは一日12,3件の電話をとっては内容をまとめ、保留を押して「どうアドバイスしたらいいか?」とベテランの相談員に確認、そのまま相談者に伝える、を繰り返しながら個別の対応を覚えた。

ただ、これでは「違法だけど交渉でどこまでできそうですか?」という具体的な相談には応えられない。
やはり、相談に十分に乗るためには、団体交渉の経験が必要になった。

次に、「団体交渉研究会」を始めた。

当事者から争議内容を聞きとり、争点は何か、使える法律はどれかなどをみんなで考えた。
労働相談のガイドブックや書籍を2、3冊持ち寄り調べながら学び、交渉のシミュレーションをした。

そうすると、当事者との信頼関係ができてくる。
一緒に闘ってくれる仲間としての関係ができてくる。
結果的に、単なるレクレーションよりも深い関係を築けた。
シミュレーションをしてから団交後の学びもより具体的になった。

団交が終わると、シミュレーションと違う点についてベテランの役員に質問をぶつけた。
「なぜあの論点はあの角度で追及したのか」「今回の交渉では何が得られたのか」などなど。
そうして、シミュレーションとベテランの技の差を埋めていく作業をしながら学んでいった。


たった406円の大きな意義

08年11月、意欲はあり、知識もついてきたが、まだ責任を持って団体交渉を若手だけで受けることができるだろうか、と考えていた矢先だった。
メンバーの一人が「残業代未払いや」と言い出した。
日雇い派遣で8時間を超えて働いたのに割り増し分が払われてなかったという。
割り増し分だけなので、合計406円。
みんなで「それや!」とすぐに飛びついた。

かくして、書類作りから会社とのやりとりすべてを自分たちで担当する、私たちの「406争議」が始まった。
「最初の話し出しはどうするか?」「服装は?」「交渉の役割分担は?」「相手がこう主張してきたら?」などと考えることは山ほどあったが、その間ワクワクしっぱなしだったことを覚えている。

先に結果を書いてしまうと、406円については、会社側は団交の最中に早々に現金で支払ってきた。
企業側としては「さっさと終わりたかった」のだろう。

しかし私たちは違う。そもそも労働組合は、労働者間の競争を規制し、個々人が安売りしないで済むようにすることが運動の本質である。
また、せっかくの実践を簡単に終わらせたくないという思いもあったので、「残業代割り増し分が払われなかった理由は何か? 他の労働者にも未払いではないか? 調査し全員に払うべきだ」と詰め寄った。

最終的には、そこまでの成果は勝ち取れなかったが、未払い賃金は「満額回答」。若手だけの団体交渉を無事終えることができた。
こうして、何もできなかった私たちは一歩一歩、「労基法」、「労働相談」、「ダンコー」というアイテムを手に入れ、「闘う青年部」に大きな一歩を踏み出した。



闘うためのアイテム

「年越し派遣村」が開村される直前の08年12月末、まさにその年最後に受けた労働相談は、経験値を一気に引き上げることになる。
資本金300億円を超える派遣先と、当時業界一位の派遣元が交渉相手になったのだ。

典型的な違法派遣の相談だった。
専門26業務とされてきた内容が途中から製造業務扱いになっており、合計すると3年8カ月、直接雇用の雇い入れ義務が生じている状態だった。
契約期間との関係で、迅速に対応する必要があった。

つながりを生かし弁護士の協力のもと、労働局への申告をした。
団体交渉だけでなく、行政を使って企業内の情報を引き出し、是正指導をさせてから、その上で交渉していった。


しかし企業側は、行政への申告をものともせず、申告者である当事者は契約解除をもって「すでに労働契約がないため是正のしようがない」と主張してきた。

交渉をしても埒があかない。
こんなときは、団体行動権だ。
私たちは初めての抗議宣伝を実施した。


とはいえこれも初めてだらけで簡単ではない。
ビラ作りも、何が争点になっているか、交渉はどう進んできたかなど事実に即してかつ、渡す相手となる現場の労働者の共感を呼ぶ必要がある。

また、警察がでてくる可能性もあり、対応方法など学ぶなど大変だったが、当日は10人ほどが集まり、私たちは無事抗議宣伝をやり終えることができた。


8ヶ月の長期に及んだこの争議では、最終的に当事者には直接謝罪がされ、金銭和解になった。
さらに同じ部署で働いていた50人には是正勧告がなされ、直接雇用化がなされた。
当時でも画期的な取り組みだとメディアにも取り上げられた。


こうして一つ一つ、「組合にしかできないこと」を実践できるようになり、企業と対等に交渉するためのアイテムを増やすことで、組合の可能性を実感できるようになったのだ。




なかじま あきら 1983年大阪府茨木市生まれ。大阪教育大学を卒業後、外資系人材派遣会社での正社員経験を経て、大阪の個人加盟ユニオンで活動。役員として4年間で200回以上の団体交渉を経験する。ネット中継やトークイベント等の新しい運動でも注目を集める。2013年に「NPO法人はたらぼ」を立ち上げ、代表理事に。ブラック企業淘汰を目指し、企業・労働者・行政の3者をつなぐ中間団体として活躍中。新聞・テレビ等からの取材多数。



イラスト 大江萌


※リレー連載「運動のヌーヴェルヴァーグ」では、労働組合やNPOなど、様々な形で労働運動にかかわる若い運動家・活動家の方々に、日々の実践や思いを1冊のノートのように綴ってもらいます。国公労連の発行している「国公労調査時報」で2013年9月号から連載が始まりました。

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