2018-01-26 11:57:10

前川喜平さん「私がもし佐川宣寿国税庁長官(前理財局長)の立場に追い込まれたら」

テーマ:公務員バッシングを考える

朝日新聞の報道です。

首相、佐川国税長官は「適材適所」

議場から「ええー」

朝日新聞 2018年1月24日14時50分

 安倍晋三首相は24日の衆院本会議で、立憲民主党の枝野幸男代表が国有地売却問題をめぐり佐川宣寿国税庁長官の更迭を求めたのに対し、「他の全ての人事と同じく、適材適所の考えに基づいて行った」と答弁し、否定した。議場からは一斉に「ええー」との声が上がった。


 森友学園問題をめぐる佐川宣寿国税庁長官(前理財局長)のウソ答弁が明らかになっているなか、苦情殺到の矢面に立たされているのは現場で働いている国税庁職員です。「2~3月の確定申告で、私たち個人事業主は『書類は廃棄済みで、復元できません』と言えばいいんでしょ」との声は当然です。下は国税庁が作成した昨年度の税務職員募集ポスターです。



 このポスターには、「公平な社会を夢見ている。本気で。『この世で最も被害者が多い犯罪はなにか?』 その答えは、脱税。税金は国民のために使われるもの。それをごまかして正しい税額を納めないことは、国民全員を被害者にするから。その話を聞いてから、私は国税の職場に興味を持ち。「国税庁」の門を叩いた。公平で住みやすい社会のために、私にできること。いまは、本気でそれを考えている。」とあります。佐川国税庁長官が国税庁トップとして「不公平な社会を夢見て、国民全員を被害者にして、不公平で住みづらい社会のために本気で国税庁トップをつとめている」ことを、安倍首相は「適材適所」と断言しているわけです。

 こうした佐川国税庁長官と同じく官僚トップであった前川喜平さん(前文科事務次官)に、月刊誌『KOKKO』12月号で3時間に渡るインタビューを行いました。すでに、「前川喜平さんインタビュー「加計・森友のような不正、お友だち優遇案件はあちこちにあるのではないか」」で一部を紹介していますが、前回紹介していない部分で、前川さんが「佐川宣寿さんへの論功行賞」、「「私がもし佐川さんの立場に追い込まれたら」などについて語っているところを紹介します。

〈インタビュー〉

加計・森友のロンダリングと国家公務員を「下僕化」する安倍政権

――「全体の奉仕者」の役割問われる国家公務員

前川喜平さん(前文部科学事務次官)

 安倍晋三首相と昭恵氏の「お友達」なら、国有地が特別に値引きされ、獣医学部の新設も特別扱いされる国は法治国家とは言えません。加計この問題が動く渦中に文部科学事務次官であったことを踏まえて加計学園疑惑を告発した前川喜平さんにインタビューしました。(収録日=10月4日。※10月22日投開票となった衆議院選挙前のインタビュー。聞き手=国公労連・井上伸

 



官房長官が各府省の幹部人事を握っている

 ――国家公務員の「下僕化」の原因は内閣人事局の存在にあるということでしょうか?

 複合的な要因があると思いますが、そのうちの1つが内閣人事局による幹部人事の掌握だと思います。実質的な権限は官房長官が持っています。私の経験では幹部人事だけでなく、課長の人事に官邸が介入してきたという事実もありました。

 この内閣人事局を中心とする国家公務員幹部人事に対する官邸の、内閣官房の権限の強化は大きいですね。人事検討会議というものも置かれましたし、閣議了解の範囲が広がりましたから、閣議にかけるその前提として人事検討会議という会議にかける。その事務を行うのが内閣人事局という組織ですが、内閣人事局長は萩生田光一さんだったのですが、いまは杉田和博官房副長官になっています。官房副長官がやっていますが、実質的な権限は官房長官が持っているわけです。内閣人事局長が権限を持っているのではなくてやはり官房長官ですよ。官房長官が各府省の幹部人事を握っていて、官房長官を中心とする側近が幹部人事に口が出せるようになっているということですね。

 任命権者はあくまでもまだ各府省の大臣なわけですけど、ところが大臣が任命権を持っているとはいえ、大臣がこの人をここのポストに就けたいと思っても、官邸から拒否権を発動されて「差し替えろ」と言われる。すると官邸からOKと言われるまで繰り返さなければならないということが起こり得るわけで、結局、拒否権を持っているほうが強い。大臣自身は自分が一緒に仕事をしている部下ですから、その部下である人を次はこのポストら就けたいと思っても、「だめだ」と官邸から言われたら飲まざるを得ない。だから実質的な権限が官邸にシフトしていることは確かですね。

佐川宣寿さん、谷査恵子さんへの論功行賞

 ――そういう中で、佐川さんや谷査恵子さんの問題が生まれているわけですね。

 そうですね。森友学園を巡る問題に関し、国会で「当時の交渉記録は破棄した」などと答弁した財務省理財局長だった佐川宣寿さんが国税庁長官になったり、安倍昭恵氏付職員だった谷査恵子さんがイタリア日本大使館1等書記官になったりで、安倍政権による国家公務員の「下僕化」は極まっています。

 佐川さんは論功行賞で、谷さんは論功行賞であると同時に、国外に置いての「口封じ」という側面も強いと思います。

 佐川さんのようには、私はできなかっただろうと思います。私も現役のときに国会答弁をするときには、問題によってはとにかくオウム返しに1つのことしか言わないということも実際ありました。ただ、行政が私物化されているというようなことが実際に起きた場合に、私だったらそれこそ面従腹背するだろうなと思います。国会では「知りません」「ありません」とか答弁するかもしれないけど、何らかのかたちで国民に知らしめる方法を考えたのではないかと思うんですよね。実はこうだったということを国民に知らせる必要がある。そこがいま国家公務員に問われている部分だと思います。全体の奉仕者としてもとるようなことをさせられるときにどうするかというときに、公益通報のような仕組みがきちんと整っていればいいのですが、それがない中でも匿名でリークするということはできるわけで、現に加計学園問題では文部科学省の現役が相当情報を外部に提供していますね。私もだれが具体的にどの情報を出したかを知らないです。具体的にこの人物だということを知っている人もいるけど、知らない人もいるし、私と連動してやっているわけでもない。恐らく3~4人はいると思うんです。

私がもし佐川さんの立場に追い込まれたら

 私がもし佐川さんみたいな立場に追い込まれたら、組織を守るために表向きに従うかもしれないけど、国民に知ってもらうための何らかの方法を考えたかもしれないなと思う。あるいはどこかから明らかになるように持っていくとか、何か会計検査院に提出する資料の中に紛れ込ませておくとか、会計検査院が「こんなのあったよ」と言えるようにするとかね。少なくとも会計検査院は憲法にも規定されている独立機関ですし、国の財政をきちんと監視する役割があるわけですから、会計検査院を動かす仕掛けを考えただろうと思います。そうすると、「うちは何も知りません。会計検査院から求められたんだ」ということで、自分の組織は官邸に対して防衛しつつ、事実関係が国民の前に明るみに出るような仕掛けを考えるとか、私だったらそんなことを考えたかもしれませんね。

公文書管理、情報公開のための第三者機関が必要

 ――今回は文書管理の問題も大きくクローズアップされています。

 そうですね。私はやっぱり情報公開とか、公文書管理とかに関して、何らかの独立行政委員会のようなものを、権限を持たせてつくったほうがいいと思いますね。

 これは私のひとつの経験から申し上げるんですが、天下り問題では強烈に文部科学省の情報を明るみに出していただいたんですよ。これは再就職等監視委員会という極めて強力な第三者機関があるからですよね。独立性が高いんですよ。

 情報公開や公文書管理にしても、もっと権限を持って、そのときそのときの権力を持っている人たちの影響を受けない第三者機関をつくって、それが例えば直接国会に報告する仕組みをつくるとか、そういうものを法律に基づいてつくったらいい。再就職等監視委員会みたいに調査権限を持って、証人喚問して偽証罪にも問うことができるぐらいの権限を持たせる。これをやったらいいと思いますね。そういう仕組みをつくらないと「ありません」「知りません」「忘れました」など知らぬ存ぜぬだけで全部通ってしまう。どんな文書についても「偽証罪に問うぞ」ということで追及できる政府の権力から独立した第三者機関をつくる必要があると思います。

国家公務員に問われている「全体の奉仕者」としての役割

 ――この間、前川さんはマスコミのインタビューで「むき出しの権力と迎合しないためにも面従腹背は国家公務員には必要で、でも政治的中立性を保つために頑張る必要がある」という話をされていますけど、いまの安倍政権のように行政を私物化する政権があらわれた場合、内閣人事局でそれこそむき出しの権力がそのまま人事に反映してしまうわけですね。そうすると内閣人事局のような人事システムは改めたほうがいいのではないかと考えているのでしょうか。

 私は政治的な任用が広がり過ぎていると思っています。とにかく日本の為政者は何でもかんでもアメリカの真似をしたがるところがある。アメリカは全然お手本にすべき国ではないと思うのですが、アメリカが各省の高官と言われる人たちは政治任用ですよね。ポリティカル・アポイントメント(政治任用制)に近づけようとしていると思うのですが、アメリカ型とイギリス型は全然違いますよね。イギリス型の公務員制度というのはもっと公務員の世界の独立性は高いと思うのですよ。かつての与党の人たちはもっと公務員人事についての独立性というものを重んじていた。ただ、それが確かに「天下り」にもつながっているし、役人と業界との癒着にもつながっていたことは事実だと思うので、それはそれで弊害はあったと思うのですけど、でも公務員人事の自律性というものをもう少し回復してもいいと思っています。官邸のメガネにかなった人間だけが偉くなるという状況がいま生じていて、厚労省でも、農水省でも、防衛省でも、法務省でもいろいろな噂が各省でもあります。法務省みたいなところが官邸の権力にこびるようになったらおしまいだと思いますが、すでに司法にまで及んでいるという気がしますね。

 いずれにせよ、国家公務員は、「全体の奉仕者」にもとることをさせられているときにどうするかが問われています。現在の無権利状態に置かれている大変不十分な状況の中でも匿名でリークすることはできます。加計学園の問題では匿名で文部科学省の職員がリークしています。その中には私の知らない職員も頑張っているわけです。厳しい現状の中でも何らかの工夫で「全体の奉仕者」としての役割を発揮してもらいたいと思っています。

憲法9条は改正すべきでない

 ――今回の衆院選挙では、自民党と希望の党、日本維新の会が公約として憲法改正を掲げています。

 私は憲法改正に反対です。とりわけ憲法9条は改正すべきでないと考えています。集団的自衛権を憲法9条のもとで認められるとするのは暴挙です。立憲主義に反しています。

 立憲主義というのは国民がつくる規範があって、その国民がつくる規範で政府や権力を縛る必要があり、その規範が憲法だということです。縛られている側の権力が、縛っている憲法を解いてはいけない。縛られている側がいくらでも解いていいなら縛っている意味がなくなってしまいます。

 憲法が憲法でなくなってしまいナチスの全権委任法のような状態に陥り、どこまでも際限がなくなってしまう。立憲主義を守るというのは権力の暴走を防ぐ最低限の条件だと思います。

 2年前に安保法制が強行成立させられて立憲主義が崩れたわけですが、このままだと際限なく崩れていく危険性があります。

憲法9条は人類史の成果

 私は安保法制は憲法違反だと思っているし、それを追認するような憲法改正はすべきではないと考えています。憲法9条が国外に行って戦争をしないということの歯止めになっていると思うので、憲法9条を守るべきだと思っています。

 改憲を主張する人は、今の憲法は自主憲法でないとか、日本民族の憲法じゃないなどと言いますが、民族性ではなくて人類史の多年にわたる努力と成果の中で形づくられたものが今の憲法と見るべきです。

 たとえば、憲法9条は1928年のパリ不戦条約にある戦争の違法化など人類の知恵の積み重ねの中で生まれたもので、人類史の中で燦然と輝いているわけです。

 こうした人類の憲法と言える9条をいかに大事にしていくかが問われています。第2次世界大戦後に世界でいちばんたくさん戦争している国はアメリカですよ。世界でいちばん戦争をしているアメリカと一緒に海外で戦争をする法案は絶対に作るべきではありません。今のままの9条改憲は集団的自衛権を認めることになるわけで、絶対に許してはいけないと考えています。

 私は現役の文科省職員だった2年前、安保法制反対の国会正門前デモに参加してSEALDsと一緒にラップコールも行いました。安保法制の廃止と立憲主義の回復を求める市民連合のみなさんと同じ思いを持っています。

SEALDsの若者と一緒にラップコール

――私も参加していましたが、前川さんも国会前でラップコールしていたのですね。

 一昨年の9月18日の雨の夜、国会正門前に行っててSEALDsの若者と一緒に「集団的自衛権はいらない」とラップコールしました。あのラップのリズムは、はまると乗りますね。

 SEALDsはなくなりましたが、若者たちがいま「未来のための公共」という組織をつくっていて、彼らがデモをやっているのをネットで見ていたらけっこう楽しそうで、「Tell me what democracy looks like!」「This is what democracy looks like!」とラップコールをしていて、「民主主義って何だ!」「これだ!」というのを英語にしているんだけど、これがまたけっこう乗ろうとするとうまく乗れるわけですよね。それと「No Pasaran!」というスペイン戦争のときに使われた「やつらを通すな!」という言葉もけっこう使ってますね。英語もスペイン語も交じってやっているという、けっこう国際色豊かというか、なかなか楽しそうにやっていますね。ああいう若者がいるというのは、私は元気が出ますね。「やつらを通せ!」という感じですね(笑い)。

 その一昨年の9月18日というのは安保法制が参議院で可決成立するというときでした。国家公務員といえども思想信条の自由というのはあるわけだし、表現の自由だって制限されているとは言えあるわけです。政治的行為の制限は人事院規則に書いてありますけど、人事院規則に反しない限りは基本的人権で当然の権利ですが、なかなかその政治的見解を表明する、表現の自由を行使する機会がなかったものですから、せめて個人として1回ぐらいは安保法制反対を表明しておきたいと思っていました。そうするともう可決成立の夜ですから、最後の機会だなと思って仕事の帰りに国会正門前に行きまして、SEALDsの若者たちと一緒に声を出していたんですよ。あれはけっこう楽しかった。

国民本位の行財政・司法のために労働組合は奮闘を

 ――最後に国家公務員労働者へのメッセージをお願いできればと思います。

 他の国では平気で消防士がストライキを打ってたたかっていますが、日本の公務員は労働基本権が厳しく制限されています。そして、日本ほど国家公務員の基本的人権が過度に制限されている国はありません。表現の自由、つまり政治的行為が強く制限されていて、とても民主的な先進国とは言えないぐらい制限がきつい。そして労働基準法が適用されないのも酷い。政府は「働き方改革」と言うなら国家公務員の働き方をきちんと改善して欲しい。どんどん定員削減はされるし、仕事は増えるし、政治家はいくらでも公務員バッシングしてもいいと思っている。でも、少なくとも団結権と部分的には団体交渉権があるわけですから、国家公務員の労働条件を改善するとともに、国民本位の行財政・司法のために労働組合には頑張って欲しいと思っています。

(月刊誌『KOKKO』12月号より)

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