大企業の内部留保の4割強は雇用維持に活用可能 - ほんの一部の取り崩しで雇用を守れる | すくらむ

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 日本経団連は、「内部留保は生産設備などに使われており、現金に換えることはほとんど不可能」、「自由に使える現預金とは違う」、「内部留保は雇用維持に活用できない」と主張し、派遣切り、期間工切り、正社員切りなどを正当化しています。それを受けて、財界・大企業の御用学者などが、「内部留保を雇用に使えなどと主張するのは企業会計をまったく知らない素人のたわごと」であるかのように、マスコミで流布しています。このブログでも内部留保を取り上げると決まって同様のコメントが寄せられますが、本当にそうなのでしょうか?


 月刊誌『税経新報』09年3月号(No.564)で、駒澤大学経済学部の小栗崇資教授が、「内部留保の雇用への活用は可能か」と題した論文を書いていますので、以下その要旨を紹介して、財界・大企業の主張の真偽を確かめたいと思います。(byノックオン)


 内部留保とは何か
 狭義の内部留保と広義の内部留保がある


 企業の内部留保とは、収益[売上高や金融収益など]から様々な費用[原材料費や人件費など]を控除して得られた当期純利益のうち、株主への配当等の社外流出分を除いた社内への留保分が累積したもので、貸借対照表の貸方[右側]の純資産の部にある利益剰余金[利益準備金+その他利益剰余金]がほぼそれに当たります。


 しかし、利益剰余金はあくまで「狭義の内部留保」であり、さらに「広義の内部留保」の検討が必要です。それは、かつて日銀が「主要企業経営分析」を公表しており、そこでの内部留保を「利益準備金、任意積立金、当期未処分利益のうち配当金、役員賞与を除いた額、特別法上の準備金、引当金の合計額」と日銀自身が「広義の内部留保」を規定していたからです。これは会社法制定前の旧商法によるもので名称の変更や役員賞与などの削除(現在では費用となるので)が必要ですが、基本的には今日の利益剰余金をベースにして、準備金、引当金を内部留保に含めていたのです。加えて、会社法制定で資本準備金を利益剰余金に類するものとみなしたため、資本準備金も広義の内部留保に加えることが必要になりました。


 労働者の犠牲の上に生まれた
 莫大な内部留保


 それでは内部留保はどのくらいの規模になっているのでしょうか。内部留保活用の是非を考えるためにも90年代不況を脱して景気の回復が進んだこの間の内部留保の拡大状況とその要因を見ておく必要があります。


    ▼大企業(資本金10億円以上、製造業約5,200社)の

     内部留保と主要項目の推移

すくらむ-内部留保


 上の表は、財務省の「法人企業統計年報」から、資本金10億円以上の大企業(製造業約5,200社)の主要な財務諸表項目や関連数値などの2001年度から2007年度にかけての推移を示したものです。内部留保は狭義と広義のそれぞれを計算しています。狭義の内部留保は利益剰余金をそのまま使ったものであり、広義の内部留保は利益剰余金に引当金・準備金および資本剰余金を加えて計算したものです。


 狭義の内部留保は2001年の56.2兆円から2007年の76.4兆円に増大しており、広義の内部留保も97.2兆円から117.7兆円に増大しています。資産合計の伸び率113.4%に対して、狭義の内部留保の伸び率は136.0%、広義の内部留保の伸び率は121.0%と、いずれも資産合計の伸び率を上回っています。とくに、内部留保のコアとも言うべき狭義[利益剰余金]の伸びが著しく、この7年間に内部留保が飛躍的に増大したことが分かります。


 内部留保激増の大きな要因は人件費の削減です。従業員給付[従業員給与と福利厚生費の合計額]は94.6%まで低下し、これは従業員数が96.2%にリストラされたことと、従業員1人当り給付額が98.3%にカットされたことからきています。


 大企業は輸出や海外進出によって収益を拡大する一方、人件費を抑制することで、この間、6年連続の史上最高益を生み出してきました。総務省の「労働力調査」によれば、1999年から2007年にかけて、正社員156万人減に対して、派遣・契約社員は157万人増となっています。正社員のリストラの穴埋めを派遣・契約社員で補うことで、人件費を削減し、それを利益の源泉としてきたことは明らかです。


 人件費削減の合計額を推計すると約15兆円(低い推計9.7兆円と高い推計19.5兆円を平均)となります。それに対して、内部留保[利益剰余金]は56.2兆円から76.4兆円に20.2兆円増加していますので、人件費の削減分から内部留保の増加分が生まれているといえます。


 その一方で、配当金は320.5%、役員給与・賞与は132.4%の増加となっており、株主や役員への分配は急増しています。また有価証券[短期保有]は140.7%、投資有価証券[長期保有]は135.7%も増加しており、金融資産や子会社への投資も拡大の一途です。


 企業側は「内部留保が生産設備に使われている」と言いますが、設備投資[有形固定資産]は97.0%に低下しており、企業側の言い分は成り立ちません。


 いまや労働分配率[付加価値額に占める従業員給付の割合]は71.6%から56.9%へ15ポイント近く下がっており、企業が生み出した価値は労働者に回るのではなく、株主配当や内部留保に一方的に手厚く振り向けられています。


 さらに会社法で容認された自社株買いにも資金は投下されており、この4年間で自己株式は7.2兆円にも達しています。こうした点を見れば、労働者の犠牲の上に成り立って生まれた莫大な内部留保の活用を論じることは、何ら一面的な議論ではなく、きわめて正当であることがわかります。


 内部留保の4割強が活用可能
 ほんの一部の取り崩しで雇用を守れる


 それではその活用はどのように可能でしょうか。企業側は「自由に使える現預金とは違う」として、内部留保の取り崩しに対して拒絶反応を示すばかりです。労働者に犠牲を強いることで得た、バランスを欠いた内部留保であるのに、経済危機を理由にびた一文たりとも渡さないという態度は、大企業の社会的責任の無さを露呈するものです。


 確かに内部留保といっても、様々な資産に投下されており、その全額を活用することは不可能です。しかし、その中には現金・預金をはじめ換金可能な資産も含まれており、内部留保の4割強は換金でき活用可能です。


 上の表の一番下の欄に、「換金性資産」についての計算も示しています。「換金性資産」とは現金に換えられる資産であり、会計学上では一般に流動資産や当座資産があげられます。しかしここでは「換金性資産」を何らかの形で雇用維持に活用することの検討ですので、「換金性資産」とは言っても運転資金となるような売上債権などははずして考えています。


 表では、現金・預金、有価証券[流動資産]、公社債[固定資産]、その他の有価証券[固定資産]、自己株式を合計しています。投資有価証券の中に子会社・関連会社株式を除いた純粋の投資部分もあるはずですが、「法人企業統計年報」では表示されませんので、残念ながら入れることができませんでした。


 自己株式は資産ではありませんが、放出により資金の増加となることから「換金性資産」に加えています。近年は余剰となった現金・預金を使って自社株買いを行う企業が増大しており、2008年にはほとんどの上場企業(1,558社)が多額の自社株を購入しています。2004年から現金・預金が増えていないのは自社株買いの影響があるのです。


 表からは「換金性資産」も増大しており、少なく計算しても2007年度には33.2兆円の「換金性資産」があります。狭義の内部留保に相当する利益剰余金76.4兆円の約4割強は換金可能な資産となっているのです。


 『日本経済新聞』(1/14)は、上場企業(1,690社)の連結貸借対照表には、2008年9月末で利益剰余金が141兆円、そして、現預金39兆円、有価証券(短期)8兆円の合計47兆円の手元資金があると報道しました。(※日経の数値が大きいのは企業グループベースの合計であるからです)


 手元資金とは、使用可能な余剰資金のことです。そして、『日経』も昨年来「カネ余り状態」と評して手元資金の積極的活用を繰り返し唱えてきたのです。ですから、この47兆円の手元資金や、33.2兆円の内部留保「換金性資産」のほんの一部でも活用すれば、非正規労働者の大量失職を防ぐことが可能なのです。


 1兆円あれば1人500万円の年収で20万人を1年間雇用することができます。5兆円あれば、100万人の1年間雇用か、20万人の5年間の雇用にあてることができます。


 バランスを欠いた内部留保のほんの一部を活用することで、企業の社会的責任の一端を果たすことができるならば、それこそが危機への対応力を高めることになるのではないでしょうか。