ハローグッバイ
  監督 : 菊地武雄
  製作 : 日本

  作年 : 2016年

  出演 : 久保田紗友 / 萩原みのり / もたいまさこ / 渡辺真起子

 

 

菊地武雄 ハローグッバイ もたいまさこ 久保田紗友


ひとつの映画のなかに突然かつて見た映画が押し開いてきていまと記憶が目の前の映像に二重写しにされながら映画がひとつの映画であることの形を水彩の、水に晒されたように流されていく感覚.... ひとつの映画を越えて同じ光景、同じ場面、同じ設定に出喰わすことのあまりに多い最近の日本映画です。本作では老婆が過去に秘めた胸のうちを認めながらもはや宛名のひとの亡くなった手紙を(老婆に代わってヒロインたちが)そのひとの息子に届けますが受け取ったひとの戸惑い、ぐるりを立ち歩く間の横切り方、やがて口にされる返答にも既視感が揺り動かされ(いや既視感というより突然自分に予知の能力が授けられたようにこの先の会話が立ち上がってきて)それもそのはずこれはそのまま山田洋次監督『小さなおうち』で見たものです。安藤モモ子監督『カケラ』で結末の空を覆ったあの夥しい鳥は白石和彌監督『彼女がその名を知らない鳥たち』の結末にも飛び立ちますし、瀬々敬久監督『最低。』のヒロインは父を知らずに育ったその突然の再会が彼の葬式でありそこにひとりでやって来ますがそれをそのままひとつの映画にしたのが中野量太監督『チチを撮りに』です。三宅唱監督『きみの鳥はうたえる』で青年ふたりがシェアする下宿先に女友達が足を踏み入れる爪先立つ感覚は中川龍太郎監督『走れ、絶望に追いつかれない速さで』にもひと足ごとに響きますしその中川の作品で世の中に抗うでもなくそれでいて湖面を浮いて渡るように過ぎ去っていく主人公が夜中の銭湯に浸かりながら夜明かしをするのは濱口竜介監督『寝ても覚めても』で同じく二枚目の風来坊が辿る夜明けの道です。こんなことになるのも端的に現在の私たちの生活が似通っているからで学生であれ社会人であれ働くのであれ遊んでいるのであれふた親であれ親があれこれいるのであれいないのであれ病気であれぴんしゃんしているのであれ満ち足りているのであれ空きっ腹を引きずっていくのであれ、どう生きたところで見慣れた姿に閉じ込められます。そう言えばその昔中原俊監督『櫻の園』を見て(映画の素晴らしさは存分に受け留めながら)映画とは老若男女万人に開かれているべきだと苦言を口にした笠原和夫にかのプロデューサーはわかるひとだけわかればいいとあしらったと言いますが、どんな生活の差も情報のなかの既視感に似たり寄ったりにされていることと<わかるひとだけわかればいい>という先立つ孤独が何とも日本映画のいまを際立たせています。そんな只中を生きる本作のヒロインたちも自分たちが立ち尽くす孤独の向こう側を見つめています。学校という場所とそこでのこまっしゃくれた人間関係の内側にいるひとりの少女とそこから弾き出されたもうひとりの少女ですが、そんな思いにかられて自分を取り巻くいまを蹴散らそうと思うほど彼女たちは夢想家ではありません、孤独の向こう側にあるものもやはり今日と同じ一日です。しかしそんな今日の向こう側はいつだってそこにあって、いまはやるせない思いをスカートに翻して明日もまた同じ一日にわずかな希望の風をたなびかせて。

 

ハローグッバイ ハローグッバイ
300円
Amazon

 

 

菊地武雄 ハローグッバイ 萩原みのり 久保田紗友

 

こちらをポチっとよろしくお願いいたします♪

 

菊地武雄 ハローグッバイ もたいまさこ 渡辺真起子 萩原みのり 久保田紗友

 

 

関連記事

右矢印 映画(20と)ひとつ、三宅唱監督『playback』

右矢印 映画(20と)ひとつ、瀬々敬久監督『最低。』

 

 

菊地武雄 ハローグッバイ 久保田紗友

 

菊地武雄 ハローグッバイ 萩原みのり

 

菊地武雄 ハローグッバイ もたいまさこ

 

 

前記事 >>>

「 ひとり、小沢昭一 : ここに取り出だしたるは 」

 

 

菊地武雄 ハローグッバイ 久保田紗友 萩原みのり

 

 


■ フォローよろしくお願いします ■

『 こけさんの、なま煮えなま焼けなま齧り 』 五十女こけ