『千曲川旅情のうた』と大書されたベージュのふくろに入っていました。その袋には「長野県小諸市字本丸裏三一五 小諸市立 藤村記念館」と書かれていました。この色紙は父が小諸土産に買ってきたもののようです。

 色紙の詩は「ああ古城何おかかたり 岸の波何おか答う 過し世をしづかに思へ 百年もきのうのごとし」ですが、これは『千曲川旅情のうた』の3連目です。『千曲川旅情のうた』の全部を記します。
「昨日またかくてかくてありけり 今日もまたかくてありなむ この命なにを齷齪(あくせく) 明日をのみ思ひわずらふ  いくたびか栄枯の夢の 消え残る谷に下りて 河波のいざよふ見れば 砂まじり水巻き帰る  嗚呼古城なにおか語り 岸の波なにおか答ふ 過(いに)し世を静かに思へ 百年(ももとせ)もきのふのごとし  千曲川柳霞みて 春浅く水流れたり ただひとり岩をめぐりて この岸に愁を繋ぐ」(日本の詩歌 1島崎藤村 中央公論社)
 この詩集には、その詩ごとに「鑑賞」という欄があります。この詩の「鑑賞」です。
「『小諸なる古城のほとり』と並んで、藤村の詩業の終りを彩るすぐれた作品である。この二篇は同じ月に発表された。恐らく藤村は、『小諸なる古城のほとり』に続いてこの詩を作ったと思われるが、作品の主題も一つらなりになって展開している。前者は遊子の憂愁そのものの伃情であり、後者はさらに人生的な思いを潜めて沈鬱である。(後略)」

「藤村は近代詩の革命者として、現代詩の始祖として、永遠に消えることない栄誉を担った」と井上靖に言わせしめた島崎藤村です。後に1936年、日本ペン・クラブ会長としてアルゼンチンを訪れ、伊藤清藏と語り合います。ブログ144、145、146に詳しく書かれています。