法事みたいな日 | スピリチュアルな鍼灸師【治療&セラピー光珠】
こんにちは、、

この前の日曜日は、

父の13回忌と母の23回忌を行いました。

亡くなった月は同じで、

ちょうど10年の違いなので、

同時に行う事が出来ました。

「法事みたいな日」

と書いたのは、

正式な法事みたいに、

お寺の住職に来てもらって、

執り行ったのでは無く、

私達家族と私には実の姉がいるので、

姉夫婦と姪っ子とで、

仏壇にお経をあげて終了。

この様にやろうと決めたキッカケが、

今年の初めに、

うちの奥さんの父の法事を家族だけで、

行ったので、

その時から、自分の父母の法事を

この形式でやろうと決めてました。

それが可能だったのは、

いつも不動護摩焚きで、

お世話に成ってる、

高家寺の住職に、

「法事みたいな日」に、

読むお経と御真言

アドバイスして頂き

執り行いました。

でも、今回は、

姉の嫁ぎ先が、

法事などをしっかり執り行う家なので、

「カクカクシカジカで、9月1日に法事を行うので、来て下さい」

と、しっかり主旨を説明して

納得してもらっての事です。
(実際は、姉も義理の兄も優しいので、
大丈夫です。😊😊😊)

当日は、

11時半位から始めて昼前には終わり、

それからは食事タイム、

父が12年前に亡くなってから、

姉家族と食事したのが、

それ以来だったので、

私が1番楽しかったですね。

義理の兄さんとも一緒にお酒を飲んで、

うちの親達の思い出話やら、

親戚の話しやら、

私も少し、「毒を吐きました」
😙😙😙
内容は身内しかわからないので、

割愛させて頂きます。

それで、夕方の6時過ぎまで居てくれたので、

楽しく過ごす事が出来ました。

それでですね、

父は、私のところにちょこちょこ

出てきますが、

母がね、出て来ないんですよ。

なんか、父の後ろに隠れてる感じです。

そしたらね、

娘のところには出てきた様です。

娘が言うには、

私のとこに出る事を遠慮してる、

みたいです。

これには理由が、有るんすよ

母が亡くなってから、

母方の親戚の一部が、私達家族の事を、

悪く言うようになったのが発端。

それで、私も憤慨して、縁遠くしたので、
😤😤😤
それをどうも気にしてるみたいです。

あっそうそう、随分前に、

1回だけ出てきましたわ。

その時に、亡き母が、

「母方家の親戚の成仏を願って欲しい」
(多分、あの世で父に聞いたんでしょうね)

と頼まれた事が有りましたが、

私「ちょっと、考えるわ」

と放置したままだった。
😥😥😥
でもね、私の先祖には変わりないので、

成仏を願うことにします。
✨😇✨✨😇✨

亡くなってから、随分立ってますし、

感傷的には成りませんが、

義理の兄さんに、

「タケシくんは、お父さんに
     感謝してる?」

私「今は感謝してる。」

とスンナリ

答えられる様に成りました。

理由は、

話せば長くなりますが、

私が今の治療師の仕事に就けたキッカケの

野球を始めるからです。

時はさかのぼり、

小学校4年生の時に、

クラスの半分ぐらいの男子が、

スポーツ少年団の野球部に入る事となり、

父に、「俺も野球部に入りたい」

と説得をした訳です。

あの当時は、厳格な父だったので、

恐る恐る頼んだわけですよ。

そしたらね、

「最後まで諦めずに続けるなら、
     やらしてやる」

と許しを得て、

野球を始めました。⚾️

中学生になると練習もキツくなり、

怪我も増えて来たので、

治療の為に、

当時は接骨院に通っていたんですが、

腕の良い先生に

治療をしてもらったお陰様で、

高校野球まで続ける事が出来たんです。

それで、

高校3年生の時の、

進路を決める時期も来て、

私は就職組でしたので、

担任との面談の時に先生から、

「田中、○○社、△△社、□□社から選べ」

と言われて、

私「考えて来ます」

これがね、

ちょうど最後の夏の大会前の時期に

重なるんですが、

この時に、背中を痛めて、

練習も満足に出来なく成ったので、

例の接骨院に行くハメになったんです。

そこで、治療もしてもらってる時に、

接骨院の先生が、高3の私に、

「田中君、こう言う仕事をやってみんか?」

と誘ってくれて、

でも急な事なので、

私「親と相談してきます」

と答えました。

後日、家族会議ですわ。

実は、自分の体の痛みを全て取ってくれた、

その先生を見て、憧れてたんです。

だけど、

また厳格な父に言わなければならない。

就職も決まってたし、

進学に変更で、金掛かるし、
😞😞😞
ドキドキですわ。

思い切って、厳格な父に、

私「治療師の仕事がしたい」

と頼みました。

そしたら、

厳格な父「お前が、真剣にやりたいんやったら、学校に行かしたる」

ひとつ返事でした。
😊😊😊
そんな、長い年月の伏線が有り、

今の私に至ります。

あ〜、長かった。

今も、すごく大好きな仕事として、

日々楽しく働いてるのも、

治療師を続けて来れたのも、

父の

最初の野球部への許可。

次に鍼灸学校の進学の許可。

(何故、接骨院に入ったのに、鍼灸学校なのかは、これも話が長くなるので別の機会にします。)

後の師匠になる接骨院の先生に、

私「何故、あの時僕を誘ってくれたんですか?」

するとね、

接骨院の先生「ずっと、野球をやり続けてるから、根性があったからや」

と言われたんで、

私「じゃあ、野球をやって無かったら、誘ってくれましたか?

接骨院の先生「あー、誘わんかったな」
😱😱😱
衝撃です。

だから、私の中では、

父の野球の許可が無ければ、

今の私は、
有りません。
何がキッカケになるかは分かりませんから、

とりあえず、何かを続けると良い事が、

有るかもです。

そんな姉御族との和気あいあいな

法事みたいな日でした。

本日は、お寺での勉強会の帰りに、

お盆前から

体調が良くなかった犬の為に、

調べたら、

馬頭観音の力が効果的と有りましたので、

家までの道中に有る、馬頭観音を祀る

岐阜市の吉野神社に行ってきました。

(吉野神社の上空のくも。龍の他に鳳凰や亀の雲も有りました。と言うことは、四神?かもです。)

この後、岐阜の

「金(こがね)神社」

の話が出たので、参拝してきました。

この話は、また後日・・・。