夏休みシーズンに入り、海山のレジャーが真っ盛りだ。最近は中高年になってから野山を散策するハイキングではなく、少し本格的なトレッキングに取り組み始める方も多い。トレッキングは険しい高山の山頂を目指す登山ほどではないが、数日間、山小屋などに宿泊しながら1000~2000メートル級を縦走することもあり、結構ハードだ。そのため、滑落などによる事故も後を絶たない。一方で、地上では猛暑で熱中症対策が呼び掛けられているほどだが、夏山では悪天候により低体温症状で凍死に至ることもあり、十分な知識と装備が必要だ。(事件ジャーナリスト 戸田一法)

● トムラウシ山の悲劇

 登山に精通した方でなくても「トムラウシ山遭難事故」と言えば、ご記憶の方も多いだろう。2009年7月中旬、北海道の大雪山系を縦走するツアー登山者とガイドの計18人がトムラウシ山で暴風雨に巻き込まれ、ガイド1人を含めた50~60代の男女8人が凍死した事故だ。ほかにも単独登山の60代男性と、近くの大雪山系美瑛岳で別のツアーの60代女性が凍死している。

 計10人が犠牲となり、夏山の悪天候が原因の遭難としては、過去にも例がない最悪の事故とされている。

 8人が死亡したツアーは、14~16日の2泊3日で旭岳からトムラウシ山まで計約45キロの縦走を計画。16日には約10時間の縦走を予定していたが、暴風雨のためパーティー一行は体力や経験、装備などの差で、歩行可能と不能のグループに分かれた。

 しかし、後にガイドも体調に異変を示し、団体行動のコントロールが制御できない状態に陥り、パーティーはバラバラになった。当時は気温が8~10度で、風速20~25メートルと台風並みの気象状況だった上、濃霧で視界も悪かった。専門家の検証では、体感温度は氷点下だっただろうといわれている。

 犠牲者の中には、雨でぬれた着衣が強風で急激に冷やされ、体温の低下による低体温症で頭がもうろうとして通常の判断ができず、奇声を上げる登山者も。防寒具をリュックサックに入れていたにもかかわらず、そのまま着用せずに死亡した登山者もいた。手足の自由も利かなくなって、防寒具を着用するすべさえなかっただろうと推測されている。

 事故では、暴風雨で出発を強行したガイドの判断ミスが問題視された。しかし、知り合いではない寄せ集めのツアーのため、宿泊や航空機などスケジュールの関係などで、日程変更が困難だったという背景もあった。

 さらに不運が重なったのは、パーティーがバラバラになってしまったことだ。同一行動であればガイドの適切な判断に委ねられるが、どう動くか完全に個人で判断せざるを得なくなり、結局、ただ山中をさまようような状態に陥ってしまっていた。

 ツアーを主催した会社の社長と生還したガイドの計3人は北海道警に業務上過失致死傷容疑で書類送検されたが、釧路地検は社長に「安全対策に一定の合理性があった」、ガイドに「義務を尽くしていなかったとまではいえない」と結論付け、不起訴処分として刑事的責任を問うことはなかった。

● 意外に多い夏山登山の凍死

 このほかにも、夏山で凍死した例は結構ある。

 トムラウシ山のほかに、複数の犠牲者が出たのは2013年7月に起きた長野県の中央アルプス檜尾岳のケースがある。

 韓国人の登山者9人が遭難し、いずれも70代の男性3人が凍死した事故だ。パーティーは40~70代の20人。28日に入山し山小屋に1泊、宝剣岳に向かう計画だった。このケースもトムラウシ山の事故と同様、メンバーの歩調に乱れが出た後、パーティーはバラバラに行動していた。悪天候で風雨にさらされて体力が落ちたメンバーが集団から遅れ始め、追い付くのを待っていたメンバーも自分の身を守るのが精いっぱいだったという。

 さらに不運だったのは、リーダーの男性が日本での登山経験が豊富で、日本のツアー代理店が韓国側の旅行会社に「ガイドを付けますか?」と尋ねたのにもかかわらず「不要だ」と回答していたことだ。リーダーが動けなくなった男性1人に付き添ったため、リーダー不在で不慣れなメンバーだけで引き続き先を目指したが、その後、脱落者が相次いだ。凍死した3人はそれぞれ離れた場所で発見されていた。

パーティーの一行は本格的な登山用ではなく、雨具など簡単な装備しか持参していなかったという。

 ほかにも▽2015年7月、トムラウシ山で単独登山の男性(68)▽2009年7月、静岡県側の富士山8~9合目付近で仲間と別れた男性(27)と米国人女性(30)▽2007年7月、富山県の北アルプス内蔵助谷で単独登山の男性(56)▽2003年7月、新潟県の八海山に単独登山の男性(66)▽2002年7月、トムラウシ山で8人のパーティーが台風に巻き込まれて遭難し、凍低体温症による凍死と脳梗塞で女性2人が死亡、などのケースがある。

 夏に限らず、登山経験のない方なら首をかしげるような5~6月、9~10月まで広げると、凍死者はかなり多い。いずれも、多くがベテランの単独登山者という共通点もある。

● 夏山でも不可欠な知識と装備

 それでは、トムラウシ山で死亡したツアー客と、生還したツアー客の違いはどこにあったのか。

 事故当時の新聞記事や、日本山岳ガイド協会による事故調査特別委員会の最終報告書などによると、ツアー客からは、死亡者は前日に寝付けず寝不足だったり、そもそも技量不足だったとの情報がある一方で、生還者はアメを口にするなど栄養補給していたりと、さまざまな証言が見られる。

 しかし、それらが決定的な原因ではないようだ。

 生死を分けたのは、雨具や防寒具、非常食などの装備が十分だったか、だという。生還者の多くは、正しい知識に基づいて雨具や防寒具を着て、ビバークするなど自ら身を守った人たちだった。

 登山時に「風」「雨」「霧」が命を脅かす関係は、相加効果どころではなく相乗効果で襲ってくる。雨で冷やされた体は風で一気に体温を奪われ、霧で視界不良に陥る。ここで必要なのは、体温を確保したうえで視界が開けるまで体力を温存し、自力下山するか、救助を待つということなのだ。

 あの時、生還できた要因はやはり「知識」と「装備」だったということだ。

 筆者も、夏でも雪渓が残るような全国各地の山に出掛けている。極端な例だが、数年前の8月に友人家族を引き連れ、長野県の中央アルプス駒ヶ岳をハイキングしたことがある。高山植物を見るために千畳敷カールを巡ろうとロープウエイに乗ったところ、ミニのワンピースにミュールの女性、タンクトップに半ズボンとクロックスの男性と乗り合わせた。

 違和感全開なのにカップルは気にも留めず楽しそうに談笑し、千畳敷駅(標高2612メートル)に到着。2人は下車した直後、「めちゃ寒ぃ~」「ヤベェよ、これ」と言い残し、何も見ずにそのままUターンしてしまった。2人はハイキングが目的ではなく、単なる思い付きやネタだろうから、それでもいいのだろう。

 山岳ガイド協会の特別調査委が指摘するように、トムラウシ山の遭難事故を巡る最大の原因は出発を強行したガイドの判断ミスによるものだ。

 根本にはスケジュール優先で安全が後回しにされたこともある。しかもその上、ガイドらは防寒着の種類などを具体的に指示さえしていなかった。さらに、ガイドを含めたほとんどが「低体温症」というものを知らず、結果、自分が低体温症であるという認識もないまま対応できなかった――などの複合的な原因が重なってしまったという背景がある。

 いずれも知識と装備があれば、防げた事故だったかもしれない。

 トムラウシ山は、コマクサやエゾザクラなど珍しい高山植物が咲き、ナキウサギが生息するなど、作家の故・深田久弥が「日本百名山」に選んだほどの美しい自然で知られる。

 そんな山でも、ひとたび牙をむくと、人間などひとたまりもない。夏だからと侮らず、正しい知識と装備、余裕を持ったスケジュールで、無理のない登山を楽しみたいものだ。