菅総理が退陣を表明しました。
「まさか」という声が多く、突然のことに驚いた人が多かったと思います。

私はもしかしたら今週にもそんなニュースがあるかもと予感しSNSでも書いていましたが、パラリンピックの閉幕前の急展開は少し意外でした。

今週はテレビでも新聞でもネットでも総裁選の話題ばかりですが、総選挙も近いのでさらに加速していくと思います。



ブログではあまり書かないようにしているのですが、私は子どもの頃からまあまあの政治ネタ好き、国会オタクでした。

小学校の頃は予算委員会を見たくて学校が終わったら駆け足で自宅に帰った思い出がありますし、中学校の頃は私物持ち込み禁止の校則の中、「週刊ジャンプ」を回し読みして担任の先生から厳しく叱られているのを横目に、私は「国会便覧」(←なんとマニアックな響き)を見ながらお弁当を食べて先生から見て見ぬふりをされる変わった生徒でした学校

かなり古い話ですが、忘れもしない合宿制の自動車学校に通っていた頃、ほとんどすべての新聞やテレビの専門家の予想が外れたのに、学生ながらに細川連立政権の発足を予想したのも懐かしい思い出ですニヤニヤ



 

そんな変わり者の目線からすると、今回の菅総理の退陣劇、某全国紙に「9月中旬解散の意向」報道がリークされ、翌日早々に総理自身が否定した段階で、ほぼ99%は退陣(総裁選不出馬)というシナリオを予感していました。

全国紙の一面トップの「解散の意向」報道。一般的には観測気球という見方ができるため、そもそも総理がすぐに反応すべきでもなく、否定も肯定もしないのが通例です。それを一夜にして完全否定して事実上解散権を封印したことは、素人目にも大きな局面変化が読み取れました。

そして、菅総理は党役員人事と内閣改造を通じて人事を刷新しようとします。でもこれがおそらく無理筋であることは多くの人が見抜いていました。総裁の任期満了が差し迫った段階、しかも総選挙が目前に実施される状況の中で、辞任による補充以外の理由で人事を行うことは通常は考えられません。あくまで奇襲的なサプライズ人事なら、後任者は内定していなければ不可解です。

 



これをあえて企業経営にたとえるなら、社長が何の根回しもなく臨時株主総会の開催を実施して、取締役の入れ替えや会社の重要事項の変更をゴリ押ししようとしたり、社長への世間の風当たりが強まったのを受けて、自らの責任の所在を明らかにすることもなく、ある事業の担当役員や担当部長の責任を問うのではなく、ナンバー2である代表権のある副社長のみに引責辞任を求めたといった展開です。

普通に考えれば相当に無理があります。もしも九死に一生を得る思いでやり遂げるとしたら、だれにも語らず、だれにも相談せず、だれにも悟られずに、迷わず目を瞑ってど真ん中を打ち抜くしかありません。もはや後世の史家の判断を仰ぐしかない「変人」の域にほかなりませんが、総理はそれよりはるかに“常識人”だったのだと思います汗



 

ただ菅さんを擁護するわけではありませんが、後追いで考えてみるとこうした「奇策」はあながち無責任な判断とばかりもかぎらず、もしかしたらナンバー2や幹部がトップに対して意見具申するアイデアとしては一理あるものだと思います。それを採用するもしないも最終的にはトップの胸三寸。臨機応変の判断をめぐる意見はウイングが広い方がいいわけですから、もしナンバー2の立場からのアイデアだとしたらそれほど不思議なことではないでしょう。

また、二世議員でもなく、地縁血縁もなく、派閥にも所属せず、自らの判断と行動で立身出世をしてきた菅さんのスタンスからすると、良いか悪いかはともかく、最後の最後まで自らが政権を続ける可能性をあきらめずに模索し、ひと通りの駒運びを終えて「投了」したことは、ある意味では自負と責任感の表現だったのかもしれません。



それにしても、結果としては一国の宰相らしくない退陣劇だったことは間違いありません。最後の最後の局面まで粘りに粘って頑張るのはスポーツや将棋の世界なら美しいですが、やはり国のトップである総理大臣の姿勢としては残念というしかないと思います。

個人的には、前総理の病気による降板を受けて急遽登板した菅総理は、最初から前総理の残り任期限りの「ワンポイントリリーフ」であることを自他ともに認めていた方が、はるかに分かりやすかったし共感も得られやすかったように感じます。「令和のおじさん」のキャラクターからしても、そうであれば最強の「ワンポイントリリーフ」として名を残されたと思います目



あるところで、こんな話を耳にしました。「みんなあれだけ菅さんのことを批判していたのに、辞めることが決まったとたん、『ご苦労さまでした』とか『一年間ありがとう』とか、急に手のひらを反すのは節操がない」。ネット上でも同じような意見を目にしましたから、まあまあ世間の空気感なんだと思います。

 

私の意見は、それこそが日本人の気質なのではないかということ。政治の世界でもビジネスの世界でも、意見や方針の違いはあるものです。それが高まって深刻な対立になることもあります。でも、その人が身を引くことで責任をとるという判断をした場合、個別具体的な利害がないかぎり、それ以上は批判を続けないというのが日本人。

もちろん、この間の政治にはさまざまな課題があったと思いますし、いうまでもなく総理の責任は重い。一方で、とりわけこの一年はだれがトップリーダーを務めようが並大抵のことでコロナ禍を改善させるのは難しい時代でした。続けるといったら「辞めろ」といわれ、辞めるといったら「無責任」というのは、面白くもないコントになってしまいます。



ということで、武士の情け的な発想が強い日本人の気質は、おそらく大きな盲点もあるとは思いますが、基本私は嫌いではありません。少なくとも、逆にいつまでも過去のことにこだわり蒸し返すよりは未来志向で建設的だと思います。これから秋深まるまで、政治の大変化の時代になりますが、しっかり目を見開き、耳を傾けて、未来を見定めていきたいものですねほっこり