昨日最高裁の判決がふたつ出されました。

今朝の新聞トップもこの話題ばかりでしたから、やはり注目度も高いですね。
明日には3つ目が出ますので、まさに今週は判例ラッシュです。

 

非正規雇用の賞与と退職金をめぐる最高裁の判断。

形としては高裁からの逆転判決となり、「意外」だったという声が多かったと思います。

私は必ずしもそうとは思いませんでしたが、その点はブログの最後で触れます。

ということで、判決の内容を簡単に振り返ってみましょう。

 

 

 

 

「大阪医科薬科大学事件」

 

こちらの事件では、大学アルバイト職員の賞与が争点となりました。

判決では、賞与の性格について以下のように評価しています。

 

正職員に対する賞与は,正職員給与規則において必要と認めたときに支給すると定められているのみであり,基本給とは別に支給される一時金として,その算定期間における財務状況等を踏まえつつ,その都度,第1審被告 により支給の有無や支給基準が決定されるものである。また,上記賞与は,通年で基本給の4.6か月分が一応の支給基準となっており,その支給実績に照らすと, 第1審被告の業績に連動するものではなく,算定期間における労務の対価の後払いや一律の功労報償,将来の労働意欲の向上等の趣旨を含むものと認められる。そし て,正職員の基本給については,勤務成績を踏まえ勤務年数に応じて昇給するものとされており,勤続年数に伴う職務遂行能力の向上に応じた職能給の性格を有する ものといえる上,おおむね,業務の内容の難度や責任の程度が高く,人材の育成や活用を目的とした人事異動が行われていたものである。このような正職員の賃金体系や求められる職務遂行能力及び責任の程度等に照らせば,第1審被告は,正職員 としての職務を遂行し得る人材の確保やその定着を図るなどの目的から,正職員に 対して賞与を支給することとしたものといえる。


正職員に相応しい職務遂行能力を持つ人材の確保や定着を図るのが賞与支給の目的であり、労務の対価の後払いや将来の労働意欲の向上などの趣旨を含んでいたとされます。
 

正職員給与規則において規定されている賞与が正職員のみを対象としており、アルバイト職員はその対象外とされていることが基本的に肯定されたといえます。


また、その前提として以下のような業務内容や責任などについての評価がされています。

 

第1審原告により比較の対象とされた教室事務員である正職員と アルバイト職員である第1審原告の労働契約法20条所定の「業務の内容及び当該 - 8 - 業務に伴う責任の程度」(以下「職務の内容」という。)をみると,両者の業務の内容は共通する部分はあるものの,第1審原告の業務は,その具体的な内容や,第 1審原告が欠勤した後の人員の配置に関する事情からすると,相当に軽易であるこ とがうかがわれるのに対し,教室事務員である正職員は,これに加えて,学内の英文学術誌の編集事務等,病理解剖に関する遺族等への対応や部門間の連携を要する業務又は毒劇物等の試薬の管理業務等にも従事する必要があったのであり,両者の 職務の内容に一定の相違があったことは否定できない。また,教室事務員である正職員については,正職員就業規則上人事異動を命ぜられる可能性があったのに対 し,アルバイト職員については,原則として業務命令によって配置転換されることはなく,人事異動は例外的かつ個別的な事情により行われていたものであり,両者の職務の内容及び配置の変更の範囲(以下「変更の範囲」という。)に一定の相違 があったことも否定できない

 

アルバイト職員の業務が「相当に軽易」であったのと比較すると、正職員の業務は学内の英文学術誌の編集事務、病理解剖に関する遺族などへの対応や部門間の連携、毒劇物など試薬の管理業務など、かなり高度な内容を含んでいました。

その上、アルバイト職員には原則として配置転換がないのに対して、正職員には就業規則に基づく人事異動を命じられることがあり、「配置の変更範囲」についても相当の相違が認められました。

 

 

これらの点を総合的に判断した上で、以下のように判示しています。

 

以上によれば,本件大学の教室事務員である正職員に対して賞与を支給する 一方で,アルバイト職員である第1審原告に対してこれを支給しないという労働条件の相違は,労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たらないと解するのが相当である。

 

 

 

 

 

 

 

 

「メトロコマース事件」

 

こちらの事件では、主に契約社員に対する退職金の支給が争点となりました。
判決では、退職金の性格について以下のように評価しています。

 

第1審被告は,退職する正社員に対し,一時金として退職金を支給する 制度を設けており,退職金規程により,その支給対象者の範囲や支給基準,方法等 を定めていたものである。そして,上記退職金は,本給に勤続年数に応じた支給月数を乗じた金額を支給するものとされているところ,その支給対象となる正社員は,第1審被告の本社の各部署や事業本部が所管する事業所等に配置され,業務の必要により配置転換等を命ぜられることもあり,また,退職金の算定基礎となる本給は,年齢によって定められる部分と職務遂行能力に応じた資格及び号俸により定められる職能給の性質を有する部分から成るものとされていたものである。このよ うな第1審被告における退職金の支給要件や支給内容等に照らせば,上記退職金は,上記の職務遂行能力や責任の程度等を踏まえた労務の対価の後払いや継続的な 勤務等に対する功労報償等の複合的な性質を有するものであり,第1審被告は,正社員としての職務を遂行し得る人材の確保やその定着を図るなどの目的から,様々な部署等で継続的に就労することが期待される正社員に対し退職金を支給すること としたものといえる

 

退職金については、「労務の対価の後払い」や「功労報償」などの性格を持ったものであり、正社員の人材確保や定着を目的としていたと評価されました。

正社員に配置転換があり、職能給が適用される一方で、契約社員には原則としてそのような取り扱いがなかったことも退職金の支給を有無をめぐる評価の要素と判断されています。

 

正社員と契約社員の業務内容、責任の相違点については、以下のように評価されています。

 

正社員は,販売員が固定されている売店において 休暇や欠勤で不在の販売員に代わって早番や遅番の業務を行う代務業務を担当して いたほか,複数の売店を統括し,売上向上のための指導,改善業務等の売店業務の サポートやトラブル処理,商品補充に関する業務等を行うエリアマネージャー業務 に従事することがあったのに対し,契約社員Bは,売店業務に専従していたもので あり,両者の職務の内容に一定の相違があったことは否定できない。また,売店業務に従事する正社員については,業務の必要により配置転換等を命ぜられる現実の 可能性があり,正当な理由なく,これを拒否することはできなかったのに対し,契 約社員Bは,業務の場所の変更を命ぜられることはあっても,業務の内容に変更は なく,配置転換等を命ぜられることはなかったものであり,両者の職務の内容及び 配置の変更の範囲(以下「変更の範囲」という。)にも一定の相違があったことが 否定できない。

 

正社員がほかの販売員の代務業務を務め、複数の店舗を統括したり、指導・改善業務やトラブル対応などに従事する一方、契約社員は販売業務に専従していたことは、両者の業務や責任をめぐる役割が相当程度に異なることを示しています。正社員にのみ配置転換が命じられることがあった点も同様です。

 

 

これらの点を総合的に判断した上で、以下のように判示しています。

 

以上によれば,売店業務に従事する正社員に対して退職金を支給する一方 で,契約社員Bである第1審原告らに対してこれを支給しないという労働条件の相 違は,労働契約法20条にいう不合理と認められるものに当たらないと解するのが相当である。

 

 

 

 

 

今回同日に出されたふたつの判決は、いずれも賞与や退職金の支払いを否定したという点で使用者側に有利な判断が下されましたが、上記に触れた点以外にも評価・判断の共通項があります。

それは、非正規→正規への「登用制度」です。このような制度が存在するだけではなくて、現実に運用されていたことが今回のふたつの判決の判断にあたって大きな要素となっていたことは間違いありません。


「大阪医科薬科大学事件」

アルバイト職員については,契約職員及び正職員へ段階的に職種を 変更するための試験による登用制度が設けられていたものである。これらの事情に ついては,教室事務員である正職員と第1審原告との労働条件の相違が不合理と認 - 9 - められるものであるか否かを判断するに当たり,労働契約法20条所定の「その他 の事情」(以下,職務の内容及び変更の範囲と併せて「職務の内容等」という。) として考慮するのが相当である。

 

 

「メトロコマース事件」

第1審被告は,契約社員A及び正社員へ段階的に職種を変更 するための開かれた試験による登用制度を設け,相当数の契約社員Bや契約社員A をそれぞれ契約社員Aや正社員に登用していたものである。これらの事情について は,第1審原告らと売店業務に従事する正社員との労働条件の相違が不合理と認め られるものであるか否かを判断するに当たり,労働契約法20条所定の「その他の 事情」(以下,職務の内容及び変更の範囲と併せて「職務の内容等」という。)と して考慮するのが相当である。

 

 

行政による指導・誘導や各種の助成金などもあり、正社員登用制度を設ける企業も多いですが、実際には制度設計のみに終始して運用実績がなかったり、事実上正社員登用が不可能に近いハードルがあるケースもあります。

今回のふたつの判決は、この点において好事例に近い制度運用がなされていたことが、全体の評価にあたって使用者側に優位に働いたことは間違いありません。

中小・零細企業ではこのような制度自体が現実的に機能していないことも少なくありませんが、最高裁の判断を受けてこれからの方策を具体化していく必要性が高いといえるでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

賞与や退職金については、じつは派遣法でもとても大きなテーマになっています。

令和3年の「一般賃金」をめぐる局長通達の公開が夏から秋に延期されていましたが、まさに今日の午後、「労働政策審議会・労働力需給制度部会」が開催されて、令和3年度の具体的な対応が議論されました。

私は派遣元・派遣先のクライアントが多いので、今回の最高裁の判断が派遣法の実務に影響するかという質問を受けます。

非常に回答が難しい問いですが、法律が違い事案が異なる以上は直接の実務をめぐる判断に影響することはないと思います。

しかし、ご存じのように派遣労働者には派遣法とパート・有期法が「二重適用」される人たちがいます。

とりわけ派遣先均等・均衡方式の場合には、ずばり今回の判断が実務に影響を及ぼす領域が出てくると考えられるでしょう。



それはそれとして、もう少し大きな枠組みでとらえると、そもそも「同一労働同一賃金」とは何かが問われる場面が増えそうです。

労働者と会社の労働条件は文字通り契約です。労基法や最賃法が守られている以上は、基本的には自由に決めることができます。

それを国の政策判断によって誘導しようというのが、「同一同一」でした。

そのルールはご存じのように指針に書かれています。そして、その内容と部分的に矛盾する最高裁判例が今回出ました。

これをどのように整理して整合性を持たせた上で、現場の実務を落ち着かせていくのか?

行政だけでなく、経営者や人事担当者、社労士にとっても頭の痛い日々が続きそうです。

あくまで個人的な感覚ですが、今回の判決で少し空気感が変わりました。このことの意味は決して小さくなく、特別法たる派遣法の世界も将来的には変化していく可能性があるのではないかと思います。







最後に、冒頭で触れたことについての個人意見です。

今回の最高裁の判断、逆転判決は想像もできない「意外」な出来事だったのでしょうか?

結論的には、私はそうとは思っていません。

そもそも「同一同一」自体、ややもすると今の日本で性急に実施するには無理がありました。

それを行政や関係者の努力で何とか取りまとめて、現場が混乱しないように薄められてスタートしたのがガイドラインでした。

パート・有期法で骨格は民事効がともなうようになっていますが、具体的には裁判所が判断するという建てつけです。

特別法である派遣法のみ、許認可を取り締まる行政法として事実上の強制力が担保されています。

 



そんな中で今年のコロナ禍が発生しました。リーマンショックをはるかに上回る雇用情勢の悪化が加速し、「雇用の維持」が目下の優先課題となっています。

 

国をあげて雇用調整助成金などで雇用維持に全力をそそぎ、最低賃金の水準もイレギュラーな適用をされることになりました。

この流れを時系列でみていくと、決して「意外」ではないというのが個人的な感覚です。

法律論としても、今まで下級審で争われている賞与や退職金をめぐる裁判は、一部の例外を除いて使用者側の主張が認容される傾向にあります。

 

 

 

ただし、今回の最高裁の判断はあくまで賞与や退職金の不支給を認めたものではなく、労契法20条にいう労働条件の相違が不合理と評価される場合もあり得るとしている点は、注意しなければなりません。

 

明日の3つの最高裁の判断も待たれますが、企業側が不合理な労働条件と認められないだけの相当の努力を尽くしていかなければならないことは、これから現場をめぐる大きな課題となっていくと思います。