今年に入って月1回、大阪で社労士仲間との勉強会に参加しています。就業規則についての勉強会ですが、普通に就業規則について学ぶ会というよりは、陽明学をはじめとする東洋思想に学びながら、良知型の就業規則について探究しようとする場。大阪開催なのに、なんと北海道から沖縄まで、志の高い社労士が集まっています。本当に刺激的で画期的な勉強会なので、私も毎月ワクワク楽しみに参加しています。

そこで仲間たちと「100年企業」について意見交換しているのですが、先日の勉強会では、労務管理や就業規則といった分野について、経営者はいかに向き合うべきか? そもそも経営者としての立ち位置はいかにあるべきか? といったことがテーマになりました。

その中で出てきた、ある尊敬する同い年の社労士の方の言葉。「学校の先生が生徒から育てられるように、経営者も従業員から育てられるのでは」。このご意見に私も共鳴しました。学校の先生には、若い人もいれば、ベテランさんもいる。だから、同じ先生とはいっても、経験も知識も豊富な大先生もいれば、学校を出たばかりの新人の先生もいるので、やっぱり生徒と向き合いながら先生も成長していくし、その意味では「生徒に育てられている」ともいえる

なのに、経営者はあくまで経営者。新人さんだって、まだまだ経験未熟な経営者だって、世の中にはいっぱいいるのに、なぜか「従業員さんに育ててもらっている」という感覚は薄いような気がします。これはこれで、不思議なことですね。いろんな経営者と接していて思うのは、すごい人ほど、まわりに感謝し、まわりから育ててもらっているという感覚をもっている。もしかしたら経営者の原点ともいえる意識なのかもしれませんね。


 




そして、経営者について語られた、もうひとつのトピック。親(社長)は、子(従業員)に(マナー)を教えてはいけない」。これには、本当にハッとさせられました。ふつう、親が子に教えるのは当たり前、社長が従業員を指導するのは当たり前と思われています。このことについて、根本的に疑問を持つ人は少ないと思います。

でも、子育てであれ、社員教育であれ、「こんなに一生懸命やっているのに、なぜかうまくいかない」。こんなふうに感じている人も多いと思います。そう、これはあの孟子の有名な教えなのですね。「公孫丑曰く、君子の子を敎へざること、何ぞや、と」。
 




 

 

 

公孫丑曰、君子之不教子、何也、孟子曰、勢不行也、教者必以正、以正不行、繼之以怒、繼之以怒、則反夷矣、夫子教我以正、夫子未出於正也、則是父子相夷也、父子相夷、則惡矣、古者易子而教之、父子之閒不責善、責善則離、離則不祥莫大焉。

 

弟子の公孫丑が質問しました、
公孫丑「親が自分の子を教えないのは、どうしてなのですか?」

孟子「それは、うまくいかないからだよ。教える親は、そのことを正しいと思って子に教える。しかし、その教えた通りに子が正しいことを行なわなければ、当然叱ってしまう。

しかし、叱ってしまうと、親の子への情愛は傷ついてしまう。そして、子が『親は、私に正しいことを教えているかもしれないけど、親自身は全然正しいことを行なっていないじゃないの?』と思うようになる。そうなったら、親子の関係はギクシャクしてしまう。親子の関係が傷ついてしまうのは、最悪なことだ。

いにしえの人は、自分の子と他人の子を取り替えて教育したという。そもそも、親子の関係というのは、善悪を責め合ったりしない深い情でつながっているものだ。善悪を責め合ったら、親子であるゆえにかえって関係が疎遠になってしまう。それは何よりよくないことだよ」。

 

 

 

 

 

 

本当にそうだと思います。経営者と従業員さんとの関係でも、ある意味同じことがいえるのですね。「社長は、従業員に教えてはいけない」。社労士として業務を行う中でも、この視点を大事にしていきたいと思います。