国政が揺れに揺れています。ちょうど1年前に“森友問題”で混乱する場面がありましたが、今年の通常国会でこのような様相になることを想像していた人は少ないでしょう。

平成30年度予算案は衆議院を通過しているため、年度内に成立することは確実ですが、予算関連法案の見通しは立たない状況であり、ましてや「働き方改革」などの予算関連以外の法案については、視界不良の状況にあるといえるかもしれません。

思い返せば、昨年の秋の臨時国会で可決成立が確実視されていた「働き方改革」関連法案。解散・総選挙で与党の勢力が勝利したために、今年の通常国会では問題もなく成立するという見立てが大勢でした。

巷で開催されるセミナーなども「働き方改革」関連法案の成立を前提としたものばかり、中小企業経営者や人事労務担当者の関心も、もっぱら“改正後”の見取り図に集中していました。

 





 

 

でも、私は個人的にはそれほど驚いていないというのが、正直なところです。派遣法などが中心ですが、随分前から法改正論議をめぐる国会の動きは、ウォッチングしてきています。

場合によっては、上京して国会やその周辺に足を運んだり、その筋の方から何となくリアルな景色を伝え聞いたりして思うことですが、今年の通常国会も“怪しいな”と肌感覚で感じていました。

「裁量労働制」がこれだけ話題になった頃からそうですが、つくづく国会というのは真正面の法改正論議ばかりではない“何か”が常に起こるところだと思います。これは決して揶揄していうのではなく、そもそも今も昔もそんなところなのです。

 

 

 



かつてブログでも書きましたが、私は子どもの頃から政治のことを考えるのが大好きでした。小学生の頃、走って自宅の玄関に駆け上がり、ランドセルを投げ捨てて、“国会中継”を見ていたことが懐かしいです。

中学校に上がると、給食の時間にひとり“国会便覧”を見ていた、あまりにも変わった少年でした。「少年ジャンプ」を読んでいた同級生は先生から叱られていましたが、なぜか先生は私には目を合わせませんでした(笑)。

特定の政党や政策を支持していたというわけではありませんし、ましてや近親者に政治家がいたわけではありませんが、これが紛れもないあの頃の私のありのままの姿でした。

どうでもいいことかもしれませんが、こうした何気ない息遣いというものが、意外と今の仕事にも生きているなと最近感じるようになりました。

 

 

 

 

 

「裁量労働制」の混乱のあと、その部分だけをカットして法案を提出する流れとなりましたが、今日現在、閣議決定・法案提出の前提となる与党の法案審査は終了していません。

通常国会に提出される法案提出の期限は基本的には今週がタイムリミットとされていますから、もうその流れは実質的に難しくなったとみるべきでしょう。

ずばり結論的には、今国会での「働き方改革」法案の提出は見送られる可能性が高くなったし、仮に“高プロ”の部分などを削除して提出にこぎつけたとしても、おそらく成立は厳しいと思います。

なぜか数年前の派遣法のときに似てきましたね。でも、当たり前ですが政局と政策とはまったく別物なので、決まるときには決まるし、大きな流れは変わることはありません。そして、いっけん無意味・無関係に思える紆余曲折も、のちのちから振り返ると避けがたい意味があったりもするのです。
 

 

 


「働き方改革」に抵抗感のある経営者も、改正が見送られたと喜ぶのはナンセンスだし、いろいろ準備に意気込んでいた専門家も、無駄な労力をしたわけではない。むしろ、両者ともに冷静に今後に向き合うための時間が得られたのかもしれません。

ということで、これからのしばしの時の流れを、今後の労働法改正の行方について大局的にあらためて見極め、経営者と働く人とが本当に力を合わせて頑張ることができる方向性を模索するための、意義のある時間にしていきたいものです。