三重県の社労士&行政書士・小岩広宣のブログ(四日市・鈴鹿市・津市)

三重県の社会保険労務士法人&行政書士事務所ナデック(四日市・鈴鹿市・津市)代表・小岩広宣の公式ブログ。最新の労務&行政実務に精通した社労士&行政書士・小岩広宣が、地元三重県の中小企業の発展のために日々奮闘している姿を実況中継します!


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全国の熱心な社労士の方々が参加している陽明学講座で学んでいます。

全10回に渡るシリーズで、講師はこの分野の第一人者でいらっしゃる、難波征男先生(福岡女学院大学名誉教授)。
前回は所用で参加できなかったため今回が初参加となりましたが、予想通りというか予想以上というか、しばらく頭から離れなくなるくらいの気づきと感動の連続の一日でした。


「社労士が陽明学を学ぶ」というと、やはり怪訝に思われる人も少なくないと思います。
労務管理や社会保険の専門家である社労士と、古く明の時代に王陽明が唱えた儒学である陽明学。
そりゃ普通に考えたら、まったく別物じゃないかと考えて不思議ではないですね。
でも、私は個人的には陽明学の人間観とか人生観というのは絶対に社労士の仕事のコアな部分と関わりがある、と直感的に思っていました。
かつて学生時代に歴史学をかじっていて、歴史や古典そのものに興味があったということもありますが。

実際に触れてみると・・・(初参加でいうのは偉そうですが。。)

社労士の仕事に関わりがあるどころか、むしろ社労士の立場でこれを学ぼうとしないことの方が不思議、と感じたくらいです。

 


 

 

たとえば、「学問の用功」という項。
これはいうなれば、いま流行りの「ワークライフバランス」の根源の部分を語っているといっても過言ではありません。

毎日の仕事に勤しむ人物に、遠く離れた故郷から手紙が来た。かけがえのないわが子が、重病にかかっていると。
これで取り乱さない親はいません。すぐにでも、愛するわが子のもとにかけ戻るでしょう。

でも、陽明先生はいいます。

 



「こんなときこそ日々の努力が問われる。もしここで投げやりになってしまったら、普段の努力が水泡に帰してしまうだろう。人間というのは、このような苦難にあるときにこそ、自分に磨きをかけなければならないのだよ。

もちろん、父親が子どもを愛するのはとても自然な気持ちだ。しかし自然の摂理というのは、自ずからあらゆる物事のバランスで成り立っているのであり、子どもへの思いも行き過ぎてしまえば単なるエゴになってしまう。
 

こんなときは、ほとんどの人は心配するのが当然だと考えて、ただひたすらに心配するものだが、『心配し過ぎて自分を見失ってしまうと、正しい行いをすることができない』(「大学」)という状況に陥ってしまいがちだ。
 

人間というのは強い感情を持ったときは、その感情が高ぶってしまうものであり、そうでないという人はほとんどいない。感情の高ぶりも行き過ぎてしまえば、それはもはやその人の本当の意志とはいえなくなってしまうよ。
 

だから、このようなことにならないよう、常に心のバランスと安定を保たなければならない。本来あるべき姿を維持していくことが何より肝要だね」。


 


以上は私のお恥ずかしい勝手な超訳(?)ですが、書き下し文を何度も読んで先生の解説を聴いて、やはり深い感動がありました。
このシナリオを読むと、「いくらなんでも薄情じゃないか。あまりにも偏った考え方では?」と考える人もいると思います。
正直、私も最初は少しそんな印象を持ちました。

もちろん、時代も違うし、背景も違うし、状況も違いますが、確実にそれらを超えて現在に生きるヒントが詰まっているのです。
陽明は、決して仕事を優先して、重病にある子どものもとに駆け付けてはいけない、と言っているわけではありません。
当然のことながら、このあと子を思い故郷に急いだことでしょう。
そうではなくて、心のあり方、仕事への向き合い方、人生観の持ち方。
表面だけ読んでいると誤解しがちですが、これは本当に深いなと思いました。

とくに印象に残ったのは、次のふたつのフレーズ。

 

 

 

「天理は亦自ずから箇の中和の処有り」

 

「必須ず調停し、中に適いて始めて得られり」

 



これはけっこういろんな場面で当てはまる言葉ですね。

私にはなかなか難しいですが、また少しずつ勉強していきたいと思います。
たいへんだけど、なぜか楽しい。
この感覚、とっても幸せですね。

 

 

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