去る11日に日本を出国し、無事イギリス入り…、したわけではなく、ただいまタイ王国にて絶賛バカンス中である。


 



 


こちらには10日ほど滞在し、21日にバンコクからロンドンへと飛ぶ予定である。

 

 


 

現在は、タイ南部のスラートターニー(Suratthani)に潜伏中である。

 

 


 

数えてみたら、タイに来るのはこれで5回目だ。

 


教員時代に仕事で来たこともあったし、大学院時代のベストフレンズもタイ人なので、この国は昔から私の大好きな国のひとつだ。

 




 


ただ、

こうして街歩きを続けていると、どうしても“隊員目線”でいろいろ眺めてしまう。

 


 

私が今いるスラートターニーは、タイの地方都市のひとつに過ぎないようだが、それでも、どの側面においても、ケニアとは比べものにならないくらい発展している。

 

 


道路は綺麗に舗装されているし、電気や水道などの生活インフラも完璧に整っているし、コンビニやカフェもそこらじゅうにあるし、あげればキリがない。

 

 



タイは仏教の国というイメージが強いかもしれないが、ここ南部はマレーシアに近いということもあり、ムスリムの人々もかなり目立つ。

 

 


また、この国の道端は、食べ物の屋台で埋め尽くされており、あちらこちらで人々がキャッキャ笑いながら、おいしそうにご飯を食べている姿はとても印象的である。

 

 




この国では、“みんなでおいしくご飯を食べること”が大切とされているのだろう。

 


それはきっと、ケニアの人々が日常の「チャイの時間」を大切にするのと同じような感覚で。

 

 


 

ケニアでも常に思っていたが、

仕事や家事に励む傍ら、それよりも“大切にすべき瞬間”がある文化は素敵だと思う。

 

 

これに相応するものが日本にあるだろうか。

 

日本でも、どんなに忙しく仕事をしていようとも、全員で必ず“のんびりする時間”のようなものでもあれば、もう少し幸福度の高い社会になるのでは、と妄想に近い想像を膨らまさずにはいられない。

 

 

 

前述の通り、タイにはもう何度も来ているが、

新しい視点での新しい発見の数々に、今はタイにいるすべての時間が純粋に楽しい。

 

 

おそらく、首都に住む人々の生活は、どこも“busy”だと思われるが、こうして地方にいると、なんだか人々のリアルな生活が見られるような気がしておもしろい。

 

 

 

とはいっても、実際はメシを食って、タイビールをひたすら飲み続けているだけの生活である。






 

 

いやー、何を食べても本当に美味しい。

この約5日間、どんだけ食べていることやら。

 

 

 

ケニア2年間で痩せた5キロをありがたく取り戻し、現在進行形でブクブク太り続けている。

 

おかげで私の幸福度もただいまマックス状態である。

今日は何食べられるかな〜。

 



(南部のビーチ、クラビも行った。あいにくの雨) 

 



あと2日タイ南部に滞在してからは、首都バンコクに上がり、都会の風に吹かれてこようと思う。

 

 


来週の今日からロンドン学生ライフがはじまるのだが、なんだか実感がわかない。

 

Kohei

 

 

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少なくともこの2年間は、

自分が思う自分なりの自分としての自覚は「協力隊である私」だった。

 

 

しかし、帰国して時間が経つにつれて、その自覚も徐々に薄れつつある。

 

 

 

その代わり、芽生えてきた新しい自覚は「30代無職男性」としての自分である。

 

 

 

というのも、ワタクシ、

先日地元駅前にて、街の安全を守るため日夜汗水垂らす、地域のお巡りサマに職務質問を受けてしまう。

 

 

 

「あ〜れぇ〜、お兄さんってぇ、この辺の人ぉ〜?」

 

「地元です。」

 

「今からどこ行くのぉ〜?」

 

「おうちです。」

 

「ちょっとお兄さんのこと詳しく教えてぇ〜。」

 

 

 

ケーサツの皆さん、お勤めご苦労さまです!

ワタクシは、ちょっと平日昼間に駅前歩いてただけの善良なる市民!

お願いですから、勘違いはよしこちゃん!

 

しかし、状況も状況なので、こんな職質もさもありなん!!

 

 

 

 

一気に30代無職男性としての自覚が芽生える瞬間だった。

だってそう説明せざるを得なかったんだから( *`ω´)

 

 


協力隊としての自覚をすべて削ぎ落とす、実にホロ苦くて渋すぎる経験だった…。

 

 

 

 

 

 

 

さて、

5日から今朝(9日)まで、大学〜大学院〜社会人と過ごした私が一番大好きな街・名古屋を訪問してきた。

 




 

 

名古屋に着いてまず向かったのは、最後に勤めた高校。

 


こちらで1コマ時間をいただき、ケニアトークをさせていただいた。

 

まさか再び、高校の教壇に経つ日がやってくるとは。

1時間限定の教壇は、緊張したけれども実に清々しいものだった。

 

(必死)

 

やはり、私はこの教員という職業が好きだ。

教室でみんな一緒に大笑いできたときの気持ち良さはクセになる。

 

 

 

久しぶりに会う同僚たちにも大変温かく出迎えてもらい、久しぶりに味わう“帰ってきた感”の爽快さは、何事にも形容し難い。

 

 

 

 

翌日は母校へ。

 



 

 

というのも、イギリス大学院に出願するには推薦書が必要で、それを母校の教授にお願いしていたのだ。

 

 

そのお礼をしてからは、現在母校の現役学生でもある、教員時代に最後に担任した生徒と食堂でランチをした。

 

 

この食堂は、いまから10年前、私自身も修論執筆の傍らよく通った場所でもあった。

 

 

 

あれから10年。

 

 

同じ場所で教え子とランチすることになるとは、私の人生もなかなか味わい深いではないか。

 

 

 

 

他にも、協力隊挑戦に向けて背中を押してくれた仲間たちへの帰国報告。

さらに大学院時代の同級生たちとも再会。

 

 

この頃の仲間たちには、アグレッシブな人生を歩む者が多く、やはりそれぞれがそれぞれのステージにおいて新たな試みが始まるようで、私も本当に刺激になった。

 

 

また、2006年にオーストラリアに留学していたときの仲間にも13年ぶりに再会。世界を舞台にした人生。話を聴いていて本当に飽きない。

 

 

 

 

最終日である8日(日)は、前任校の文化祭へ。

ここでも再び同僚たちに向かい入れられ、かつての生徒たちにもたくさん会い、卒業式後の2年半について互いに報告しあった。

 

 

夜は、お酒を飲める年齢になった元生徒や元同僚と飲み交わす。

これは本当に教員冥利に尽きる瞬間である。

 

 

(小倉トースト大好き)

 

 

ケニアにいたときはあまり感じなかったが、こうして懐かしい場所を訪れ、懐かしい人に会うことで、協力隊生活を通じて自分がやっていたことや考えていたことは、すべてここから影響を受けていたのだな、と強く気づかされる。

 

この街は、私を成長させてくれた場所である。

 

 

 

ケニアで過ごした時間も、いつか役に立つときが来るといいなと、帰りの飛行機でほんのり思うワタクシでした。

 

 

 

まだまだ皆に話したいことや聴きたいことはたくさんあったし、4日間という短い期間だったので、残念ながら会えない人もたくさんいた。

 

でも、またいつか会えるといいな。

 


 

 

 

今朝は名古屋、今日は新潟、明日は東京、明後日はタイで、来週からはいよいよイギリス生活。

 

 

 

帰国以来あれだけのんびりしていたのに、急激にめまぐるしくなりつつある毎日だが、これからも心穏やかに過ごしていきたい。

 

 

 

30代無職男性、もうすぐイギリスで学生になります(それって30代無職男性のままか)。

 

 

Kohei

 

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日本に帰ってきて、はや10日。

 

 

これといって忙しいわけではないが、渡英に向けた準備をアレコレ進めているうちに、いつのまにか時間が経っていた。

 

 

(アチコチ外食したが、結局一番は地元のローカル食堂) 

 



日本は快適だ。

 

 

 

停電の心配はないし、ネットは早いし、水汲みもしなくていいし、しかも蛇口から温水が無限にジャージャー出てくるではないか。

 


ケニアの雨水生活が一気に色褪せる。

 



 

それにご飯は美味しいし、大きいお札出してもちゃんとお釣りはあるし、そもそも値段交渉する必要がなければ、ボッタクられることもない。

 

 

 

 

 

「日本(人)って、忙しく生きすぎ(orスマホいじりすぎorあいさつしない)…」などに代表される、海外帰りの人がさも言いがちなネガティブフレーズを、きっと私も言ったり言わなかったりなんだろうなと想像していたが…、いや…、全然思わん…。

 

 

 

とにかく今は、”日本って楽チン!”が湧き出る感情のすべてである。

 

 

(でも村上牛はうまかった)

 

 

 

それでも、日本の曇天模様を眺めていると、ケニアの爽やかすぎる青空が見たくなったり、マックでアイスコーヒーをおひとり様していると、近隣住民とのしょうもないやりとりが妙に懐かしくなったりはするが。

 

 

 

この10日間が、「まだ10日」なのか、「もう10日」なのかは、よくわからない。


 

が、ケニアにいたこと自体は、もうなんだか遠い過去の出来事になりつつある。


“諸行無常”とはまさにこの有様を言うのである。

 

 

(公用旅券から一般旅券へ。公用旅券を持つのはずっと憧れでした笑)


 

 

さて、一昨日、やっとイギリスのビザが降りた。

 


大学の合格通知をもらっても、ビザなしでは渡航できないので、どうも実感がずっと湧かなかった。

 

 

時間も手間も金も(泣きたいくらい)かかったが、これでようやくイギリス行きが本格的に決まった。

 

 

 

これに際して、いろんな計画がやっと進みつつある。

 

 

 

一応、現地で生活する寮はすでに確保されているので、あとは航空券を買ったり、ウン年ぶりの冬に備えて服なども用意しなければならない。

(ちなみに、ロンドンの超ど真ん中に住む予定。遊びに来てね笑)

(ちなみに、タイに10日ほど滞在して、バンコクからイギリス入り。ときめく。)

(ちなみに、今日ユニクロ行ったけど、セルフレジのハイテクさにブッたまげる。全隊員の皆さん、帰国したらユニクロに行ってみよう!)

 

 

 

 

 

ビザ取得以来、あらゆることがスピーディーに動いているので、ここ数日はとても安心している。



(新潟はスーパーの寿司でも十分うまい。私は飯テロリスト)

 

 

 

 

来週後半からは麗しの名古屋に行く。いろんなところに挨拶回りに行く予定だが、心の底から楽しみ…。

 

 

 

Kohei

 

 

 

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19日に無事帰国いたしました。

 

 

今日で帰国4日目。

 

 

日本の蒸し暑さは、けっこう身体にくる。

確実にケニアの方が涼しいね〜。

 

 

 

さて、ケニア最終夜は、隊員仲間と騒がしく過ごした。

やや後ろ髪引かれる思いもあったが、最後の最後まで存分に楽しむことができた。

 

 

 

で、出国の朝は、ドミトリーで隊員たちに見送ってもらった。

 

 

協力隊に参加するまで、こんなにも隊員たちと交流することになるとは想像もしなかった。

 

 

アフリカの大地で出会った同郷の仲間たち。

なんだか不思議なご縁である。

 

 

(8月頭の海辺卒業旅行より)

 

 

 

 

地元はみんなバラバラだが、基本的にはフットワークの軽い人たち。

きっと、またどこかで会えるんだろうな。

 

 

 

 

ケニア隊のみなさん、本当にお世話になりました。

 

 (出発の朝)

 

 

 

 

 

涙の雫が一滴たりともこぼれることなく笑、たいへん爽やかにケニアにお別れを告げて、日本に帰ってまいりました。

 

 

 

 

 

 

で、帰国一発目のお食事は、迷うことなく『世界の山ちゃん!』

大学院時代の仲間たちが出迎えてくれました。

 

 

 

 

 

ワタクシ、山ちゃん大好きなんです…。

 

 

 

黄金に輝く(私にはそう見える)手羽先に舌鼓を打ち、次から次へと現れる名古屋メシ(ここは東京)を食らい、長旅の疲れがすべて吹き飛ぶ程ぶっ生き返る。

 

 

 

よく見ると、山ちゃんって身体の半分トリなんだな。

 

 

 

 

 

 

 

まさに名古屋が世界に誇る至宝のケンタウルス!

 

一気に日本人としての誇りを取り戻しました。

 

 

 

 

翌日は、JICA東京で帰国報告。

スタッフの方に面談してもらい、この一年を振り返る。

 

 

労いの言葉をかけてもらい、私の協力隊としての役目もこれにて完全終了。

 

 

 

そのあとは、イギリスのビザセンターにてビザ申請をしつつ、少し東京を散策してから昨日地元新潟に帰ってきた。

 

 

 

 

東京にしろ、新潟にしろ、2年前と比べてその風景に何か変化はあるかと言われれば、むしろ違いを探し出す方が難しい。しかし、2年という時は確実に経過しているようだ。

 

 

 

そして、その変化に乏しい日本の風景に恐ろしいほど何の違和感も感じずに馴染んでいく自分自身。

 

 

 

こうしていると、自分は単に“ケニアにいた”という“長い夢”を見ていただけで、この2年間はまるで夢物語であったかのような気さえしてくる。

 

 

 

 

「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」とはよく言ったものだ。ケニアで毎日生きていたという事実は、いずれ過去のシロモノになっていくことだろう。

 

 

 

 

 

ただ、この青年海外協力隊というプログラムに参加したことは、自分にとっては最高の選択であったと思う。

 

 

 

 

協力隊参加は、学生時代からの夢だった。その遠かった目標をついに達成することができ、またひとつ自分の人生に納得することができた。

 

 

 

実は、私はもともと中南米を希望しており、ケニアに派遣されることになるとは夢にも思わなかった。

 

 

 

だが、たくさんの良い人に巡り会えたおかげで、今ではケニアが大好きな国になった。

 

 

 

この経験に感謝しつつ、今後のキャリアにも生かしていきたい。

 

 

 

そして、この国の行き先を、全身全霊のポジティブな気持ちで見守ろうと思う。

 

 

 

 

 

 

また、このブログを読んでくれた皆さんにもお礼を言わなくてはなりませんね。

 

 

当ブログのケニア協力隊編もこれにて完結。

 

 

ブログはまだ続けますが、とりあえず一区切り。

これまでご愛読いただき、どうもありがとうございました。

 

 

 

 

協力隊合格直後にブログを始めて早2年半。

 

はじめは誰かに読んでもらえることはさほど想定しておらず、完全に記録用でした。

 

が、今では本当に多いときには日に1000人近い人に読んでもらえるようになりました。

 

 

 

ブログを通じて協力隊に興味を持ってくれた人に声をかけてもらったり、いろんな方から応援メッセージを頂くこともあり、どれも本当に励まされました。ブログの力って凄いもんですね。

 

 

 

 

日本小休止編を少し挟みつつ、来月からはイギリス編へ。

 

 

 

まあケニア田舎生活ほど刺激的ではないかもですが笑、ときどき更新できたらと思います。

 

 

 

 

 

 

 

さて、いろいろ述べてしまったが、とりあえず、ワタクシ、いま、“暇”である…。

 

 

 

来月の渡英に向けて、やることはあるっちゃあるし、勉強もしようと思うが、時間には少し余裕がある。

 

 

 

 

 

何日か地元で過ごしたあとは、日本国内を巡る旅も悪くない。

 

 

 

前向きに検討。

 

 

 

 

Kohei

 

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13日に任地を引き上げてから4日も経った。

 

 

 

最後は首都ナイロビにて、のんびり余生を楽しもうと思っていた。

 

 

 

 

が、まったくそんな風にはいかず、JICA事務所での最終報告準備やら書類作成やらにソコソコ追われた結果、ソコソコ忙しい日々になってしまった。

 

 

 

いや、もっと早くから準備していなかった自分が悪いのだけど。

 

 

 

 

 

 

昨日、JICAケニア事務所に赴き、最終報告をさせていただいた。

 

 

 

 

報告の前に、担当調整員と事務手続き。

 

 

まず、こちら側の返却物を返し、いくつかの書類も受け取る。

 

 

調整員から最後に渡されたのが、赴任1年後に受診した健康診断の際のレントゲン写真だった。

 

 

いや、こんなの返されても困るんですけど…笑

 

 

 

これが私の身体の内部である。世界初公開。

どうやら健康らしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気を取り直し、いよいよ最終報告。

 

 

 

およそ20分のプレゼンだったが、話をしながらこの2年間のアレコレが次々と頭のなかを駆け巡る。

 

 

 

 

 

最後の質疑応答が終わったときには、今まで湧いてこなかった「帰国する」という実感が初めてこみあげてきた。

 

 

 

ああ、もうこれで本当に終わりなんだと。

 

 

 

人間という生き物は、なにかにつけて過去を美化しがちだが、そんな要素をまったく差し引きしても、やはりこの2年間は何事にも代えられない素晴らしい日々だったと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昨日の最終発表から一夜明け、本日は完全なる自由な1日。

 

 

ゆっくりコーヒーでも飲んで、少しだけ買い物もして、そして最後の晩餐は愉快な隊員仲間たちと過ごすことになるだろう。

 

 

 

ケニアで更新する当ブログもこれで最後。

 

 

 

 

 

明日、日本に帰ります。

 

 

 

Kohei

 

 

 

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お別れだらけの3日間だった。

 

 

どれも明るく、元気よく。

 

 

 

 

昨日、任地セメを去り、首都ナイロビに引き上げてきた。

 

 

 

一昨日は、最寄りの街キスムを訪れ、お世話になった人々に挨拶。

 

 

街には、微弱なWiFiが自慢のカフェがある。

 


うちからはおよそ一時間半。本当によく通わせてもらった。

ここに来れば、注文しなくても自動的に“いつものやつ”が出てくる。



 

 

 

支払いのときに、店のオバちゃんと兄ちゃんと世間話をするのが“毎度の流れ”だった。

 

 


今日で最後とは、まったく変な感じである。


ふたりとも「また、戻ってくるよね。」が、最後に交わした言葉だった。

 

 

 


カフェを後にしてからは、マタツ(乗合バス)乗り場へ。

 



ここにはマタツの客引きに励む地元のヤンチャ兄ちゃんがたくさんいる。

 

 

 

 

マタツに乗って出発するまでの間、日常のことからブログでは到底書けないヤヴァい話まで、彼らとギャーギャー笑いながら話をするのが、ここでの“毎度の流れ”だった。

 


 

 

もう日本に帰るから今日で最後だよ、と伝えると、

 

 


「ええええええ!まじか!!!なんで!!!残念だよ!!!でもいろいろ話ができて楽しかったよ!絶対また帰ってこいよな!ってかさ、お前って中国人じゃなかったの!?」

 


 

ケニア人は本当に“オチ”を心得ている。


日本の話も結構してたと思うんだけど…。

 

 

 

でも、ここでも彼らの言葉は「また帰ってこいよ!」だった。

 

 

 


 

昼前に帰宅してからは、鬼の形相で怒涛のお掃除大作戦。

 


というのも、この日は各地から隊員仲間を迎えてのラストセメナイトだったので、なんとか夕方までに決着をつけなければならなかった。


(空っぽになった我が家。赴任当初を思い出した。)

 

(家具を運び出すのに車を出してくれた近所のオッチャンとの謎極まりないツーショット。いつも信じられないくらいテンション高い。だがセメ隊員に愛される良いオッチャン) 

 



そして、セメ隊員御用達の地元バーで最後の晩餐。

 


ヤギ焼肉、ヤギ頭の煮込み、チキンの煮込み、ポテトに葉っぱ。田舎グルメ超贅沢フルコースである。こんなスーパーローカル飯ももう食べることないだろうなあ。

 

 

(伝わりづらいが超フルコース)



 

店のオバちゃんとお兄ちゃんにも最後のあいさつ。


 

やっぱり最後の言葉は「また来いよ」だった。

 

 

 

 

 

そして迎えた昨日。

 



朝から調整員を迎えて、職場での最終活動報告会。

 

 

 

活動報告というよりは、感謝の言葉を伝え続けたプレゼンになってしまったが、これがむしろ私の素直な感想であり、最後に念入りに伝えたかったことである。

 

 

 


その後はしばし雑談。

この2年間であったり、今後の職場のことであったり。

ほんの短い時間だったが、いろんな話をしたと思う。

 

 

(典型的なケニアの職場の集合写真っぽい写真笑)




そうこうするうちに、いつの間にか同僚が子ども達を集めていて、急遽お別れのスピーチをすることに。

 

 


突然の集合だったので、どんな言葉をかけたか正直あまり覚えていない。

 

 

 

日本では到底考えられないような難しい環境を生きてきた彼ら彼女ら。

 

 

今はこうして守られた場所で生活しているが、ここを出れば再び厳しい局面をたくさん迎えることになる。

 

 

 

 

かつて『ドラえもん』で、未来から訪問してきた大人になったのび太が、「きみはこれから何度もつまづく。でもその度に立ち直る強さももってるんだよ。」と、のび太に語りかけていたシーンがふと頭に思い浮かんだ。

 

 

 

これは彼らに対しても同じだ。

だが、彼らのサバイバル能力と人懐っこさは、のび太とは比べものにならない。

 

 

この先に何が待ち受けていようとも、彼らの人生は間違いなく「どうにかなる」はず。

 


どうかいい人生を送ってほしい。

また、会えるといいな。

 

 

(最後に協力隊っぽい写真を撮ったが、彼らの事情が事情なのでこうなってしまう。結果ワケのわからない感じになってしまったが、あえて載せてみる。)

 

 


 

そして、ついに任地を去るときが来た。

 

 

 

 

同僚はいつでも明るい。

 


他のケニア人と同じく「また会えるよな」と。

 

 

 


 

別れ際のケニア人ってのは、いつも以上に朗らかで優しい。


 

日本人だったら、ちょっと照れ臭くて言えないような言葉も、平気でたくさんかけてくれる。

 

 

私は、ケニア人のこうゆう「人目を気にしない明るさ」が好きだ。

 

 

 

 

最後はマタツ乗り場にて、苦楽を共にした(?)愉快なセメ隊員たちに見送ってもらい、空港へ直行。

 

 

 

 

私は高いところが大変ニガテなので、飛行機に乗っても窓の外はまず見ない(見れない)。

 

 

だが今日だけは、あっという間に小さくなっていくセメの大地を、雲の中に突入するまで、しっかり見届けた。

 

 

(巣立ち)

 

 

 

 

1時間もせずに無事ナイロビについたが、なんだか急にお腹が空いてしまい、ドミトリー近くの中華屋さんへと駆け込む。

 

 

 

任地を出てから少し気持ちがションボリしていたが、目の前にチンジャオロース丼が登場した瞬間、一気に全回復してしまったワタクシなのでした。


(じゅるり)

 


 

 

 

良い人々に囲まれたおかげで、本当に気持ちよく過ごせた任地での2年間でした。

 


 

 

セメのみんな、本当にありがとう。


 


 

 

Kohei

 

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こんなにもピースフルな開放感を味わえたことがあっただろうか。

 

 

 

愉快な隊員仲間たちと海辺に行ってきました。

 

 

 

この旅に集まったJICA侍たち、その数およそ20名。

 

 

 

心の底から清々しい時間だった。

 

 

 

 

朝は好きな時間に目覚めて海辺で朝食。

 

 

朝イチから眼前に広がる碧い海のパノラマビューは、まさに鳩が豆鉄砲を食らった的超絶景である。

 

 


 

 

朝食後は、気の赴くままに自由行動。

 

 

浅瀬でチャプチャプも良し。

 

浜辺をテクテクも良し。

 

浮き輪でプカプカも良し。

 

 

こんなリア充全開タイムが許されて良いものか!

 

 

 

私の場合はというと、

 

浜辺のベンチに、ビール片手に自堕落ゴロリ。

 

我、人生の覇者なり。これはたまらぬ。

 


 

 

波の音も心地よいが、アガる高まる沁み渡るBGMなんかも良い。

 

 

 

 

夏の海にはやっぱケツメっしょ!と行きたいところだったが、無性におどるポンポコリンが聴きたくなり、YouTubeを開く。

 

 

ケニアの海辺でタッタタラリラピーヒャラピーヒャラも、なかなか乙であった。

 

 



 

 

このように、日中は自由気ままに過ごし、ディナーは皆で地元のレストランへ。

 

 

 

気心の知れた仲間たちと飲みかわす海辺のビールって、本当に最&高。わいわいがやがや、あっという間の時間であった。

 

 

 

 

 

 

 

最終日は昼過ぎから海辺でBBQ。

 

買い出し班が地元マーケットを訪れ、シーフードを大量調達。

 


 

マグロ1匹7kgを筆頭に、エビ、イカ、ロブスターの格安海鮮オールスターズ。

 

癒された。

 

 



 

 

日中は浜辺でゴロゴロだけではなく、サンセットクルージングやシュノーケリングに挑戦したり、地元のガイジン向けのカフェにも行ってみたり、本当にムダが一切見当たらない旅となった。

 

 






 

後にも先にも、ここまで満足度の高い旅はそうないだろう。

ケニアの海辺は、いつも希望の匂いがする。

 

 

 

 

 

一緒に旅をしてくれたケニア隊の皆さん、ありがとうございました。

 

 

 

私にとって、これが最後のケニア旅行です。

 

本当に良い思い出ができました。

 

 

 

 

 

 

そして、任地セメで過ごすのもあと3日。

 

 

 

最後の時間をじっくり噛みしめたいところだが、最終報告書作成、部屋の片付け、留学の各種手続き、お世話になった人の挨拶周りなどで、めちゃくちゃ忙しい…。ブログ書いている場合じゃない笑

 

 

 

最後まで忙しくバタバタしているのもあまり気にくわないが、まあ最後の瞬間って意外とこんなもんなんだろうなあ。

 

 

 

 

明日は街に行って、お世話になったケニア人に挨拶をしてきます。

 

 

Kohei

 

 

 

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もぉ〜 い〜くつ ね〜る〜とぉ〜 JAPALAND~♫

 

 

任地セメで過ごす時間を数えてみたら、ななななんと、あと一週間。

 

 

ここ数日は、いろんなケニア人に会い、少しずつお別れの挨拶をしている。

 

 

身の回りの変化は特にないが、最後にアレもしなきゃコレもしなきゃと考えていると、どうも気持ちが落ち着かず、一人で勝手にバタバタしている有様だ。

 

 

 

先日、任地で私のことをよく気にしてくれるケニア人オバちゃんが、自宅に招待してくれた。

 

 

 

彼女の名前はフィビィ。

以前、村の病院で働いていたオバちゃんだ。

 

 


 

この病院には、もう10年以上に渡って隊員が派遣されており、今も2人の隊員がいる。

 

 


 

つまり、歴代隊員のほぼ全員が、彼女の元同僚なのである。

 

 


そして、品行方正な諸先輩方のおかげで、彼女は超筋金入りの親日家だ。

 

 

病院所属ではない私にさえも、いつも何かと気にかけてくれている。

 

 

 

この日は、セメ隊員だけでなく、他任地から隊員仲間もちょうどセメに来てくれていたので、みんなでフィビィ宅を訪問した。

 

 

 

そのまま裏庭に通されると、目の前に真新しい建物が現れる。

 


 

彼女は近々ここで幼稚園をオープンする予定で、校舎の壁のお絵描きを私たちに依頼していたのである。

 

 

 

 

 

お絵描きの前に校舎の中に入る。

 


 

たくさんのぬいぐるみが置かれ、なんだか懐かしい風景だ。

 

 

決して広いスペースではないが、近所のちびっこが集まってお遊戯するには、きっと十分なサイズなのであろう。

 

 

 

 

そして、室内の壁に目をやると、たくさんの写真が貼ってある。



 

 

その写真は、これまでフィビィが愛でた歴代隊員が写ったものだった。

 

 

 

今いる隊員はもちろん、私が赴任当初にお世話になった先輩隊員や、名前しか知らない過去の隊員もおり、セメ隊員の歴史がわかりやすく感じとれる。

 

 


 

並べられたたくさんの写真に思わず見入ってしまい、心の奥が妙にこそばゆくなる。

 


 

写真の中の歴代隊員の表情は、どれもイキイキとしており、皆たしかにこの地で生きていたという軌跡がここにはある。

 

 

 

この教室は、ケニア人と日本人の、善意と善意が繋がった、実に不思議な空間だ。

 

 

私にとって、その中の一部になれるということは、とても誇り高いことである。

 

 

 

 

 

続きましては、お絵描きタイム。

 

 

筆とペンキを渡されて作業開始。

 

 

 

何を隠そう私の画力は小2レベルであり、この崇高なミッションに多少の戸惑いはあった。

 

 

が、これも私がこの村にいたという痕跡作りとなるため、攻めの姿勢で一生懸命取り組むことにした。

 

 




 

そんでもって完成しました。チューリップ。どやさどやさ。


 

 






私の画力と情熱を存分に注ぎ込んだ超大作である。

 

 

 

短い時間ではあったが、帰国前の再会を約束し、その場を去る。

 

ぜひ何かお礼をして帰らなければいけませんな。

 

 

 

あさってからは任地を少し離れ、隊員仲間と卒業旅行に行ってくる。

 

帰る直前に盗難に遭うのはケニア隊あるあるなので、目立たぬようにひっそりエンジョイしてこよう。

 

 

Kohei

 

 

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これから帰国まで、週末の予定はすべて埋まっている。



その予定は何かというと、ほぼ隊員仲間の任地訪問である。




ふと思ったが、ケニアは隊員同士の交流がけっこう盛ん、だと私は思っている。



今思えば、他隊員とこんなにも任国で交流するとは、派遣前はまったく想像していなかった。




協力隊の合格を貰ってから派遣までの間、自分の任地を調べたり、活動内容を想像したり、語学を自習したりすることは誰もがやりそうなことだが、任国での隊員同士の付き合いについて考える人はそう多くはないだろう。





では、隊員同士の交流について、

我がケニア隊を例にとって見てみよう。



ケニア隊は、特に変な派閥などもなく、全体的には非常にほのぼのとした集団である(たぶん)。ヌルい馴れ合いの関係というわけでもない。




日常生活で他隊員と会うことはまずないが、隊員同士で集まる機会自体は少なくない。




たとえば…、


・公用私用問わず、首都に上がる用事は結構あるので、首都の隊員宿舎に行けば、だいたい誰かはいる。



・隊員内の勉強グループや組織の集まりも定期的にある。



・もし遠くから誰かが遊びに来てくれたら、1〜2時間以内のところにいる隊員なら、皆で集まってお酒を飲んだりする。「今週末、〜が来るから皆で集ろおよぉ」的なノリ。



・他隊員の配属先のイベントに呼ばれたり、お手伝いをすることもある。



・一緒に旅行することもある。

特にケニアはサファリツアーがいくつもあるので、人数の多い方がサファリカー代を安く済ませられる。



つまり、

こういった機会にちょくちょく顔を出していると、自然と隊員同士の仲は深まっていく。



(先週末訪問したカカメガ)




これは訓練所のあの“ファミリー感”とは、また一味違った連帯感である。





そして、他隊員の任地訪問はいつもおもしろい。

配属先や生活の様子を知れるし、自分の任地との比較もできる。



やはり現地に精通している人がいると、おでかけの充実度が全く違う。

案内してもらうところは、自分一人では決して行けないような場所ばかりだ。




訓練所時代から感じているが、

協力隊に来る人は、ちょっと変わっているけれども(笑)、大らかで面倒見の良い優しい人柄の人が多い。



また、開拓精神も非常に豊富なので、だからこそ任地訪問では新しいモノをいろいろ見せてもらえる。



(みんなで乗ったマタツが動かなくなり、押す羽目に…。)




おそらく上記で述べたことは、どの国でも共通する部分は多いだろう。

そして、多くの人が派遣前にはまったく想像がつかなかったことだ。




隊員同士の仲が円滑だと、いろんな場所に行けるし、行く先々でいろんな経験もできるので、メリットだらけである。





私自身、初めの1年は任地をほとんど出なかったので、もう少し早くから色んなところに行っておけば、という多少の後悔はあるが、残りの週末も楽しみたい。



(カカメガフォレストの朝日は美しかった。私は起きれなかったので観てないが)





8月頭には、隊員仲間たちと海辺におでかけする。



私にとっては、これがケニアでの“卒業旅行”となりそうだ。




ハードにときめく…




Kohei




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私も同僚も、最近配属先のことで悶々としている。

 

 

地域のレスキューセンターとしても機能する我が配属先。

 

 

こちらで保護されているガールズと過ごす日々は、すっかり私のメイン活動として定着している。

 

 

彼女らは皆、性的虐待や強制児童婚の被害者だ。

 

 

去年のオープン以来、収容者は常に2,3人だった。

 

が、最近の投稿にもある通り、このところ人数が妙に増えており、先日いよいよ10人目の女子が入居してきた。

 

 

 

ただ、これが少し悩ましい。

 

 

同僚にとっても。私にとっても。


(おかゆ作り) 

 

 

これまでは上記の理由で入居してきた子たちだが、直近3人は知的障がいを持った子たちである。

 

 


しかし、

その保護経緯が、凡人素人ガイジンの私にはどーにもこーにも理解しがたい。

 

 

 

彼女らは、路上で一人ぶらぶらしているところを保護された。

 

 

もちろん、彼女らは自分たちの状況を説明することはできない。

3人のうちひとりは、言葉もほとんど理解できない。

 


 

つまり、保護した者も、うちの同僚たちも、なぜ彼女らがこのような状況に置かれたのか、そして、そもそも彼女らが何者なのかさえ、誰も知らないのだ。

 

 

 

おうちはどこなのか、家族はどこの誰なのか、全てが「謎」である。

 

 

 

当施設で預かる以上、他の子と同じように面倒を見るが、

「とりあえず、この子らの面倒をよろしく押しつけられてるんじゃね?」が、どうやら同僚たちの本音のようである。

 

 


何の情報もないため、この子らをどう導いたらいいか、同僚たちもソコソコ頭を抱えている。

 

 

こうゆう子たちの処遇は、今までどうゆうルートで決められてきたのだろう。

 

 

どうゆう子が、どうゆうプロセスを経て、どうゆう施設に送られ、最終的にどうゆう進路を歩むのか、などなど。

私も不勉強だが、どうやら一連のシステム全体にどこかチグハグな部分がありそうだ。

 

 


(チップス作り。手慣れたもんである)

 


また、

隊員である私としては、目の前の子どもへの教育活動が任務だが、これもまた複雑になってきた。

 

 


 

少し前までは、ほぼ同年代の女子たちだけだったが、今では年齢の幅は9歳〜17歳。加えて障がいのある子が3人。

 

 


お姉ちゃんたちが、年下グループや障がい持ちの子の面倒を見る構図ができ始めているのは、良いことである。

 

 


が、今までのように、みんなで一緒にお勉強というのは難しくなってきた。

 


 

 

前からいた子らは、退所後は全員学校に戻ることを前提としていたため、それを見据えた上での学習活動だった。


でも、これだけ色んな子が一緒にいると、分け隔てなく接することには変わりないが、やはり潜在的なニーズも多様になってくる。


 

(もうすぐ完成!) 


 


残り一ヶ月を切り、私がどれだけそれに対応できるか。

どうも“行き当たりばったり”な日々になりそうである。

 

 

 


とりあえず、

できる範囲で、できそうなことを、できるだけやってみる、という感じで活動してみようと思う。

 


 

Kohei

 

 

 

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