2026年2月22日、カトリック小金井教会で洗礼式に向けての志願式が行われた。いつも教会のミサでは一番後ろの席に座るのが常だったが、その日は最前列に席が用意されていた。ミサが始まる前に、志願者として、名前が呼ばれ、わたしは代母やシスターと共に神父さまの前に立った。

 

教会に助けを求めて、門をくぐったのは2024年の11月。その頃のわたしは精神的に参っていて、教会に入ったとたん、声を押し殺して泣き続けていた。あの日から1年3ヶ月を経て、今こうして、洗礼式への第一歩を踏み出すことができた。初めて教会の門をくぐった日のように、また熱い想いがこみ上げてきて、この日も涙が止まらなかった。

 

2024年10月14日、夫はすい臓がんでこの世を去り、お葬式後の話し合いの場で、遺言書に同封されていた一枚の紙がわたしの前に置かれた。その瞬間から、わたしは激流に飲み込まれていた。夫に対する激怒、嫌悪、憎悪・・・6か月間の寝る間も惜しんで尽くした看病の日々が一瞬で藻屑(もくず)となって飛び散った。その紙きれは、夫が10年前に250万円でわたし所有の家を半分購入したという信じられない売買契約書だった。

 

それからのわたしは・・・夫への嫌悪や憎悪に自分自身までもが押しつぶされて、ひたすら、夫との20年間を引きちぎって投げ捨て、代わりに、失った20年間を取り戻すべく、なりふり構わず、やみくもに突進していたように思う。

 

そして、今、わたしは洗礼式に向けて、一歩一歩、着実に歩んでいる。

今日、洗礼式にかぶる白いベール5枚をシスターからお借りして、その5枚の中から一枚、自分のベールを選んだ。このベールは信者の方たちの手作りの品だそうで、信者になる方たちにプレゼントされる。

このベールはいつの日か、わたしの棺にわたしと共に収めてもらう、大事なひと品となる。

 

今日の「聖書の勉強会」で、わたしの洗礼式で代母を務めていただく本さんから、庭に咲いたという、たわわに花びらをつけた立派な桃の花をいただいた。せっかくきれいに咲いたのだから他の人にも分けて、「よく咲いてくれましたね」と喜んでもらえると嬉しい、と本さんは笑顔を見せてくれた。

今のわたしはもう過去に囚われることなく、幸せな人生を歩んでいる。

洗礼式は神さまからの、「よく頑張ったね」という大きなご褒美のように思える。

わたしを救い出してくれた教会のために、信者となって、人のため、世のため、少しでも恩返しができたらな、と思っている。