2015-01-19 14:22:53

人生一直線『恩師』

テーマ:生きる
皆さん、こんにちは。

皆さんにもこれまでの人生において
恩師と言える人との出会いはあったかと
思います。

今年に入り一本の電話が鳴った。

それは私が九州にいた小学校四年生からの
出会いであり、恩師となる先生からでした。

「稔彦君、俺はもう~しゅまゆっばい(終わってしまう博多弁)」

さらっ!とそんな一言から会話が始まった。

現在75歳の先生。
晩年は体調も崩されており、私も1年ちょっと
ほど前に自宅に会いに行きました。
その頃は思うような外出は出来ないながらも、
口調などは昔ながら先生で元気一杯の面影は
あり、少し安心をしていました。

しかし、今年の年賀状には
「闘病生活をしております。」
の一言が書いてあり(先生は年賀状を書けない
状態のため奥様が代わって書かれたとのこと)、
心配になった私も先生に連絡をしようと思った
矢先に先生から連絡を頂きました。

内容は白血病で余命2ヵ月あまり。

20年前に亡くなった私の父と同じ病気でした。

先生の会話は別に弱音を吐くわけでなく、私に
「いや~、稔彦君には楽しませてもらった~。」

この言葉に私は返す言葉も無く、出てきた言葉は
「ちょうど先生に御会いしたいと思ってましたよ。」
「あっ!来週にちょっと寄りますね。」

どの答えが正解かはとっさにわかりません
でしたが、とにかく元気な先生ですから
元気に答えるだけで精一杯でした。

先生との出会いは小学校四年生の時です。
私の柔道を大会で見た先生は一言!

「稔彦ちゃん、東京に行ったら強くなるよ!」

その言葉の意味は私が中学高校と育った
講道学舎へのお誘いでした。私はこの言葉を
それから2年間、先生と会えば必ず聞かされて
いました。それからは定期的に実家へ足を
運んでくれたり、私が小学生の最後に通った
柔道場は、偶然にも恩師と大学時代の柔道
部員仲間だったこともあり、どんどん関係性が
家族ぐるみになっていき、結局いつの間にか
俺は東京で強くなるんだという思いが
更に強くなり、小学校卒業と同時に東京へ
柔道修行で上京することになりました。

今思えば
「よく2年間も私の所へ足を運んでくれたなぁ~」
と不思議なくらいです。

先生からしてみると何か「ピン!」と
くるものがあったのかなぁ~、
と思うほどです。

あの情熱があったからこそ、子供ながらに
東京へ行って絶対に強くなるんだと覚悟が
出来たと思います。

大人の『本気』はすごいです。
子供の私に覚悟をさせるんですから。

私にとっては人生の大きなターニングポイントでした。

本当に先生と出会ってからは今もそうですが、
我が子以上に私のことに気遣ってくれて
いたのは振り返えれば多々あります。
小学校時代に一緒に上京してくれた先生と
地下鉄に乗り、席が空いても

「座らんで足ば鍛えんといかんよ。」

と言って、つま先立ちで揺れる地下鉄に乗ったり。

寮生活する私に
「食べ物で好き嫌いしたら強くならんよ。」
「女の子としゃべっとったら強くなれんよ。」

とか、大会があれば先生は住まいの福岡から
東京まで上京してくれたり、会えば寮生活して
いる私に

「何か食べんね♪」

と自分の財布の中のお金をほぼ全部、
私に渡してくれたり。特別難しいことを言う
わけでなく、プレッシャーを掛けることもなく、
大会で勝っても負けても関係なく、

只々
「稔彦ちゃん、また頑張らんね!」
の一言だけです。

きっと
『一心同体』
私のその時々の心理が分かるからこそ、
先生が選ぶ言葉には安心感が常にありました。
本当に純粋に心配と応援をしてくれました。

先日、先生の病院へ会いに行きました。
先生はホスピス(緩和治療)を選択して
おられました。

先生の病室に入った瞬間、すぐに私は先生の
顔を見ました。本当に辛そうな表情でしたが、
私を見た瞬間にいつもと変わらない元気一杯の
笑顔で私を迎えてくれました。

本当は体調的にも辛いはずなのに、
私に対しての思いから頑張ってくれて
いた笑顔だったと思います。

そして、私と会うなり

「稔彦君、忙しいのによう来てくれたね。」

そう言ってとっくに大人になっている
私に子供時代と同じようにお小遣いを
くれる先生の姿から会話が始まりました。
(親の存在からしてみると子供はいつま
でも子供なんですね)

私は柔道大好きな先生へ久しぶりに柔道衣に
触れてもらいたいと思い、私が普段着用して
いる稽古衣や子供時代に先生から進められた
講道学舎の近くにある思い出深い神社の
御守りなどを持参しました。

先生は「おぉ~、おぉ~」と笑顔で喜んで、
道衣を触ったり、身体に当てた道衣姿を一緒に
カメラで撮ったり、看護師さんたちを呼んで
私の小さい頃の話をしたりと担当医の先生や
奥様や看護師の方々がびっくりするくらいの
元気振りでしたが、これも『恩師心』なんですね。

私に余計な気を付かわさせてはいけない
などの思いがあったに違いありません。

そして別れ際に先生からの一言は

「俺は稔彦君のお父さんより20年長く
稔彦君を見れたけんね。」

先生は父と同じ年齢であり、仲も良くお酒を呑み
ながら長々と柔道談義をするのが大好きな関係
だっただけに、先生は早くして亡くなった父の
無念さと父に代わり「俺が見ていたからね。」
と言っているようにも聞こえました。

私は先生に「また会いに来ますからね」、
と伝えましたが先生からの返事はありませんでした。

「・・・。」

この無言とは「さよなら」の無言ではなく、
きっと『何か』もっと私と真剣な柔道の話を
したい先生がいたように思えています。

だから必ずまた会いに行かせて下さい。

恩師の存在の大きさ、
ありがたさ、
そして自分の人生に恩師がいることの
感謝の気持ちをひしひしと感じました。

また人間の時間とは限りあるものなんだと
強く強く実感した瞬間でもありました。

歳をとってくるとなかなか学ぶ瞬間や
学ばせてもらえる人が少なくなってきます。

私はあらためて師弟関係の『師』としての
教えや振る舞いを教えて頂きました。
恩師は最期の最期まで私に教えてくれています。

『師』の存在とは人生において本当に必要なんですね。

私が今、先生に願うことは医療の寿命とは
絶対ではなく、体の中での異変が起きる
可能性もあると信じています。

私は絶望ではなく、期待を持って先生との
これからを共に生きていきたい。
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