願わくはできるだけ少ない苦痛で
安らかな眠りに就かれたことを
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沈船は身の内に錆を養うばかり
船艙の暗い一隅にまんまとかくれて
ゆっくり揺れている幸福な死体
(池澤夏樹『環礁』より一部)
束の間のまどろみから覚めると
ここはずいぶん蒼くて静かだ
轟音も振動もいっさい届かない
昼なのか夜なのかもわからない
なんでこんなところに居るのか
俺はどこに往くべきだったか
でもどうやら誰も叱りに来ないし
もう少し油を売っていようか
肺の中に流れ込んでくるのは
透明な海の軽い塩水 そいつが
船の塗装も俺の細胞もふやかして
ゆるゆると潮の流れにほぐしていく
俺はどこから来たのか もう忘れた
いまはひっそりと穏やかな海底で
船をすみかに 俺を餌にしようと
群がる魚たちにまかせるだけ