「そうやって自分を責めて、罰してそれで満足なの? あなたを私に愛させたのは……あなたなのよ!」
こういうセリフが映画で聞きたかった。
久々にちょっとガツンとやられました。
「イエローハンカチーフ」からのセリフです。
「思想と映画」なんて大袈裟なタイトルで書いてきましたが、ほんの些細な真実でいいのです。そこに人の営みや生きる意味や意義や心の持ち様や生き様を見たい。
そういう事を引っくるめて「思想」と言っていいかもしれません。政治思想ではありませんが。
タイトルからお分りの様に山田洋次監督、先日お亡くなりになった高倉健主演の名作「幸せの黄色いハンカチ」のハリウッドリメイク版です。
静かな小品ですが、私は好きな映画です。
この映画の批評の示す通り、ウィリアム ハートは高倉健の演技をアメリカ的に再現し、無言に近い静寂の演技を完成させています。
日本版、武田鉄矢、桃井かおりのヘッポココンビに当たる若い二人、エディ レッドメインとクリステン スチュワートの二人も素晴らしい。ご存知の方も多いと思いますがアメリカの普通の公立高校生活はとても不愉快だと聞きます。アメフトの花形とチアリーダーがヒエラルキーのトップの様に君臨して、オタクや普通の学生は侮辱や極端なイジメに怯える刑務所みたいなトコの様です。
この二人はおそらく、スター高校生じゃないマイノリティーらしい。特にエディ レッドメインの人物設定にはとてもリアリティーがある。彼は母親を知らず、父の愛人だったネイティヴ アメリカンの保護区で生まれ育ったという設定です。
実は、私が今のNLPというカウンセラー資格を取った時ネイティヴ アメリカンの保護区で最終ワークショップが行われました。
これが素晴らしい所な上にネイティヴ達はモンゴロイドのハーフなのですごくシャイで日本人に近いんです。
ほとんどが白人とハーフかクォーターなので美しい金髪碧眼だったりするんですが、どこかエキゾチックでとてもシャイで可愛らしく、私が生まれてはじめて見る日本人だったらしく、会う度に緊張したりする。「こんなアメリカ人もいるのか」と感動しました。とてもチャーミングな人達でした。
エディ レッドメインの演技はその感じがすごく出ているし、一歩、保護区を出たら彼等がどんな扱いを受けてしまうのか彼の演技ですごくよく分かる。胸が痛くなりました。
映画の素晴らしい使命はこういう事です。
外に出れば映画の同じ現実があり、唯の夢物語だけじゃない。ロマンも恋も苦悩も社会問題も……それを伝えて人達の営みに息吹を吹き込み、時に諌め、時に生きる日々を励ます。これ以外に映画や文学の意味などあるのでしょうか?
さて、良い批評の割にアメリカでヒットしなかった理由は、どなたかがネットで言った「薄味」にあります。非常に素直なアメリカンロードムービーですし、良い雰囲気ですが。
武田鉄矢も桃井かおりもいないとネットで言ってましたが………あの二人は要りません。今回の映画のお二人でいいんです。
高倉健がいない!
これが敗因です。ウィリアム ハートは確かに良いです。
だけどもうとっくにああいう素直なストーリーに酔えなくなっているのが世界一の病気大陸「アメリカ合衆国」でございます。
といって「ペーパーボーイ」みたいな地獄にも飽き飽きしてるワケで。
あの主人公は日本人の役者がやるべきです。そしたら石頭でも古風でも不器用でもリアリティーと説得力が出てくる。アメリカ人も興味深く見ると思います。
渡辺謙でもいいんですが、もはや、ブロードウェイで王様やっちゅう状態ですから、あの役にワタビーは派手過ぎる。それに何かというと渡辺謙じゃあ、いい加減にしろと言いたくなる。
そこで
役所広司です。ワケの分からんバカ娘に「渇いて」るヒマがあったらハリウッドに行きましょう役所さん!
あるいは
コテンパンになる程英語勉強させて、
「柳葉敏郎」「堤真一」とか。
しまいには「哀川翔」とか。
どうでしょう?
山田洋次版「幸せの黄色いハンカチ」は松竹お得意の日本人の情感を伝えるのがストーリー以上に大切なものだったと思います。それも含めて輸出するためには日本人キャストしか方法は無いと思います。
また20年後くらいかなあ~~リメイクは。(悲)