うっちゃん先生の「古代史はおもろいで」

うっちゃん先生の「古代史はおもろいで」

うっちゃん先生の「古代史はおもろいで」
内っちゃん先生の「古代史はおもろいで」

ブログ 「ご挨拶」


 このブログも140回を超えました。古代史に関わるさまざまな疑問に挑戦し、本当の古代史はどんなものかを探って来ました。そのなかで浮かび上がってきたのは、古代史家らが日本の「正史」と考えてきた『日本書紀』のいかがわしさでした。分かってはいましたが、探っていくと「ここまでうそを並べたか」とびっくりするほど事実を捻じ曲げていて、ひどい内容であることがわかりました。

 消されたのは九州政権や卑弥呼らの国ですが、その中で『書紀』の執筆者は、読者に何とか事実を探るきっかけを与えようと各所に“暗号„を散りばめています。この“暗号„に気付くかどうかで歴史の真実に近づけるかどうかが決まりそうだと分かってきました。

 〝うその歴史〟は文部科学省の役人や一部の古代史家たちによって再生産され、市民や子供たちに教えられています。古代史像から導かれる国のアイデンティティはとても重要です。嘘八百の古代史は市民を直撃して地獄に落とすでしょう。

 第二次世界大戦の経緯をみれば明らかでしょう。教育界は今とさして変わらぬ「嘘の古代史」を平然と市民に教え込み、軍の首脳は銃をちらつかせて政治を乗っ取り、東京の「大本営」でマスコミに嘘情報を垂れ流し、マスコミは嘘情報に尾ひれをつけて紙面を飾りました。

 何十万人もの市民が焼夷弾で焼かれ、苦しみのあまり断末魔の叫びをあげながら川に飛び込み、原爆でも目玉まで飛び出さされ、全身焼けただれた姿で苦しみながら焼き尽くされた町をさ迷いました。南方の森の中では支援もなく空爆にさらされて逃げまどい、カエルや蛇を食い尽くし、死んだ仲間の肉まで食べて挙句の果て死にました。

 国史学者らは軍部にへつらい、財閥だけは世間を謳歌しました。若者たちは「国の為、天皇陛下のために死ね」と言われて将来の夢や人生を捨て、爆弾を抱えて死地に赴きました。「国の為」などは全くの嘘で、実は戦争を起こした軍部・参謀たちの命と面子を守るためでした。

敗戦が決まるとマスコミと教育界は「一億国民総ざんげ」などと言って戦争の責任を市民に転嫁しました。まったくとんでもない事です。

 彼らが一日も早く良心を取り戻し、市民全てが本当の歴史を知るようになって欲しいものです。その一助になれば幸いです。ぼちぼちですがこれからも頑張るつもりですのでよろしく。

  どんな事を探って来たのか。テーマ別に主なものをまとめてみました。ぜひ読んで下さい。ご批判大歓迎です。

()内はブログのナンバーです。

九州倭(いぃ)政権実在のデータ47

九州年号とは6135698134135

九州の遺跡の年代は間違いだらけ5122139

九州にいた古代の天皇 
神武(131141142他)景行11684他)継体1314138139)、安閑1556)、神功皇后697579)、成務80)、天のタリシヒコ(1617)、斉明(120123)天智959899101102
前方後円墳は「大和政権の墓」ではない。

紀(姫・木・基・記・貴)氏が造り始め、やがて九州倭政権の墳形に7978127

卑弥呼の鏡262937548389

大国主・大己貴は山陰の出雲でなく九州にいた737496

九州政権の一翼を担っていた熊襲234131548599395138139

「東海紀(貴)氏国」を造り君臨した紀氏240819199)。

「倭」を「わ」と読むのは間違いだ11144

・古代史年表(14312

・偽られた聖徳太子像(161966102104137

・このほか山陰、丹波、岡山、埼玉、熊本、薩南などで古代史を探っています。「うっちゃん先生」こと九州古代史研究会主宰 内倉武久

ブログNO152

やっぱり黙ってはおられない

ロシアの恐ろしい蛮行、次々明らかに


 いろいろ難癖をつけてウクライナに侵攻し、戦車やミサイルでウクライナの国土を蹂躙し続けているロシアが「これが人間のやることか」思えるほどの信じがたい蛮行を続けているらしい。しかし、過去のロシアのやってきたことをよく知れば、決して「信じがたいこと」ではない。

侵略がいつまで続くのか、目下のところ予想不能だ。だが、戦いがどれだけ続こうと、最後はプーチンの目論見は外れ、決して勝利を得ることはできないだろう。プーチンらは、戦車やミサイルのほかに、フェイクニュースやサイバー攻撃など様々な策を使って、ロシア内外に自国の正統性を訴えようとしている。しかし国内はどうあれ、国際社会は騙されるほど馬鹿ではない。

戦いがおわれば、国際社会がどう出るか次第ではあるが、ロシア国民は後50年とか60年間、ウクライナに対する賠償などで塗炭の苦しむみを味わうことになるだろう。政治にあまり関心を払わず、プーチンの大ウソを見抜けず、ついに残忍な本性を発揮させてしまった。こんな男を20年以上も大統領に選び続けた報いだ。

気の毒だがしかたがない。何回も言っているが、こんなことにならないよう、小さい事にも気を付け「他山の石」としなければならない。

 各種の報道によればロシアは、224日に首都キーウの制圧を目指して戦車とミサイルで攻撃を仕掛けた。が、この戦いはウクライナ側の反撃で成功しなかった。戦車部隊は大損害を被ったらしい。しかし兵士や軍事施設だけでなく、民間人を狙い撃ちし、死体を路上に投げ捨てた。

  逃げ遅れた若い娘らは、ロシア兵の性の対象となって犯され、挙句の果て殺害された。爆撃をまぬかれたアパートなどは徹底的に略奪の被害にあった。

第二次世界大戦の末期、不可侵条約を破って満州に侵入したロシア兵は満州に進出していた日本人女性をやはり同じ目にあわせた。ロシア兵に犯され、妊娠してしまった女性たちは舞鶴の港で堕胎手術を余儀なくされ、なかには自殺する人もかなり出た。

負けた日本軍や夫、父親は銃で脅され、守るすべをもたなかった。

戦争となるとロシア兵だけでなく、チェコやベトナムでも同じような蛮行は繰り返された。米軍の応援に駆り出された韓国軍の高級将校は、若いベトナム女性を何人も使用人として雇い、やりたい放題の行為を続けた。そして兵士たちは各地で銃で女性を脅して犯しまくり、5000人以上の女性が妊娠させられて戦後問題になっている。

それだけでなく韓国軍は北ベトナムのある村を包囲し、16歳の少女を引きずり出して村人の面前で輪姦を続け、挙句の果て村人全員約300人とともに殺害した。生き残った3人の村人の証言でこの恐ろしい蛮行は明るみに出た。まさしく鬼畜のふるまいだ。

この事件はさすがに韓国内でも問題になり、週刊誌に取り上げられた。保障問題がどう処理されたかは聞いていない。

日本軍は第二次大戦では、韓国の一般女性に性的な被害をもたらさないよう、韓国の女衒(ぜげん)に慰安婦を集めてもらい、性問題に対処した。大きな違いがある。

「日本の首相は心からの謝罪をしていない」などと言って何回も何回も大金を要求し、挙句の果て金を元慰安婦に渡さず、自分の懐に入れていた運動家ら。開いた口がふさがらない連中の仕業だ。妥協すればとことんしゃぶられるだろう。

中國でも同様なことは起こっていたらしい。チベット仏教が民衆を不幸にしているなどと難癖をつけ、チベットを軍隊で蹂躙した。小国のチベットはなすすべもなく国を滅ぼされた。

チベットを逃れて難民となり、ヨーロッパに逃げた人の手記を読むと、中国軍は韓国軍ほどはひどくないが、同様の犯行を繰り返していたらしい。


最近のニュースでは、ロシアは侵略以上の悪行を繰り返しているらしい。ウクライナ東部で集中砲火を浴びせて地域を掌握し、略奪を繰り返し、逃げ出そうとする市民を拘束した。 

そのうえで拷問によって親ロシア派と親ウクライナ派を選別し、親ウクライナ派を有無を言わさずシベリアに設けた収容所に送り込んでいるという。そこで何をさせられるのか、故郷に帰れるのか、悲惨と言うほかない。

子供と勘違いされて難を逃れた人の証言では、拷問にあった人は何日間も狭い部屋に立たされっぱなしにされた。食事とトイレは一日一回だけ、スマホなども徹底的に調べられ、殴られて半死半生の目にあった。証言者の父親も頭を殴られて目が見えなくなったと語っていた。

第二次世界大戦でロシア共産党は、負けた日本兵の多くを極寒の当地に送り込み、強制労働に従事させ、多くが骨と皮だけになって息を引き取った。


他国の話や昔の話だと思ってはいけない。日本周辺の国のはなしだ。核で脅し、軍隊で脅し、空母で脅す。嘘をついて日本の固有の島をかすめ取る。国家として自分の国、国民を守れないようでは、間違いなく同じことをされるだろう。

日本を骨抜きにする必要があった時代につくられた「戦力のない国家」のままでいいのだろうか。多くの市民が感じているように、小生もこれではいけないと思う。参院選、衆院選も近い。自分だけは被害にあわないと思い込んで、身を守らず、ただ「戦争反対」を叫んでいる連中、そして占領されても占領者にゴマをすれば何とか生き残れるだろうなどと考えているかがわしい連中、そんな連中の党に投票したら、とんでもない巻き添えを食うだろう。(20225月)

ブログNO151

事実に基づく歴史教育、道遠し?

嘘八百も「権威者」に寄り掛かる文部科学省

 

 歴史の探求に興味を持つ多くの人々が、自らの研究の成果を発表しようと、著作を世に出している。表紙カバーに趣向を凝らし、読者の興味を引こうと様々な言葉を並べている。だが、大方は〝羊頭狗肉〟と言っては失礼だが、相変わらず限られたデータをもとに想像を重ね、事実とは縁遠い間違えた結論に達しているケースが多いと感じる。

 何よりとんでもない大嘘の歴史を作り出している『日本書紀』の記述を基本に据えたものとか、恨みやコンプレックスの裏返しでもある朝鮮人研究者の事実とは思えない意見に惑わされた所論も多い。

 各地の図書館の棚にはこうした本や〝専門家〟を集めて書かれた「通史」などがずらりと並んでいる。奈良、平安時代以降の記述は大筋としてほぼ間違いはないのだろう。が、古墳、弥生時代などそれ以前の記述は相変わらずほとんど事実とは縁遠い話になっているケースが多い。

小生は普段、時間の無駄だから、こうした本は読まないようにしている。自分が聞き、自分が見て、「事実をつづっている」と確信が持てる記録、資料だけを研究の基にしたいのだ。

大いに助かるのは関西にも設けられている国立国会図書館の存在だ。奈良と京都の境界辺りの学研都市にあり、自宅から車で一時間ほどかかるが、よく利用させてもらっている。

 

151-1 先日、珍しく地元の図書館に寄った。ここにも多くの古代史関係の本が並んでいた。何気なく見ているとたまたま二冊の本が目についた。小生の研究対象である奈良時代以前と関係がある本「元号読本」(所功、久禮旦雄 吉野健一著 創元社 2019年)と「逆転した日本史」(河合敦著、扶桑社、2018年)だ。

元号読本」の主たる著者所功(ところ いさお)は、「九州年号鎌倉時代偽作説」の久保常晴を引き継ぐ〝研究者〟だ。20数年前だったか、古代史専門の月刊誌に投稿していた所論を見て、何といい加減な〝研究者〟なんだろうと思った。久保の研究をそのまま引き写しているだけで何も新しい研究をしていない。

もちろん、このブログを読んでいただいている方々なら久保の研究は「研究の名にも値しない、でたらめなもの」であることはこのブログで何回も指摘していて、先刻ご承知だろう。

『日本書紀』の記述を歴史事実とするいわゆる「守旧派」に媚び、彼らの主張が間違いないものであることを世間に印象付けようとするためだけの「研究」と言えよう。20数年を経て所の研究がどう変わったのか、ちょっと興味をもって著書を開いてみた。

「読本」の経歴欄によれば、所は名古屋大学の卒業で、京都産業大学の名誉教授。久禮は同志社大学の卒業で京都産業大学の准教授、吉野は東京都立大学の卒業で、京都府文化財保護課に勤務。久禮と吉野は京都大学大学院で学んだ。3人とも博士号や修士号をもち、年号に関して何冊かの著書がある。所はモラロジー(道徳)研究所の教授で、久禮も同研究所の研究員を務めたという。

「読本」を見てみたが、何とまったく進展もなく新しい展開もないようだ。「元号読本」と銘打っているのに「九州年号」に関する著述は全くない。この問題を取り上げれば彼らの主張がまったくの虚構であることがばれてしまう。そこで一切無視する作戦にでたのであろう。なんと嘆かわしい連中だろうか。

「大化」が我が国の年号の始まりだ、と書いている。『日本書紀』が「九州倭(ヰ)政権」によって制定された「大化」年号を50年さかのぼらせ、読者にあたかも「大和政権」によって制定され、「大化の改新」など政治改革が行われた年の年号だと勘違いさせるように偽った年号だ。

しかし『日本書紀』は、ちゃんと「孝徳天皇の4年、改元して大化となす」という「暗号」?を書き添えて、この年号記事が偽りであることを読者に伝えようとしている。「孝徳天皇の4年」はもちろん年号ではないし、「改元」というのはその前に元号があり、それを変えた時だけに使える言葉であるからだ。

所らはそんなことはおくびにも出さず口をぬぐい、「日本で最初の年号は大化です」と書く。彼らの主張通りだったら「建元して大化となす」と書いていなくてはならない。「大化」の次には「白雉」と「朱鳥」が続くと書く。20年以上使われ、使用例も最も多い「白鳳」はどこにいったのか。美術史で一時代を表す「白鳳時代(7世紀後半)」としても使われている。これらはすべて「九州年号」なのだが、何の記述もなく頬かむりを続けている。

日本の「権力」についてまったくいかがわしい嘘を書いているのが『日本書紀』だ。奈良時代以降の「正史」である『続日本紀』には、「大和政権」が制定した最初の年号についてちゃんと「建元して大宝(701年~)となす」と書いている。この記述の意味についても知らん顔をしている。

所らは「建元」という言葉が「始めて永続的な元号を建てる」という意味であることはちゃんと承知しているだろう。「年号学者」を自称しているのだから。

ではなぜこのような嘘を平然として述べるのか。「どうせ市民はそんなこと知らいないよ」と、はなから市民をだまそうとしているのだろう。「東大教授とか、京都大学教授などという〝権威者〟も言っているのだからいいだろう」というわけだ。まったくとんでもない連中ではある。

国立の京都大学大学院や名古屋大学、東京都立大学、同志社大学などの文学部では学生にどんな教育をしているのだろうか。「どうせ市民は歴史なんて関心が低いんだから、嘘でもなんでも言ってごまかしなさい」と教育しているのだろうか。もちろんありえない事態だろう。だが、根っこには何かがあるのではないか。

所らが勤務するモラロジー研究所ってどんな「道徳」を研究しているのだろうか。「市民は国家を構成する分子ではない。だから市民は騙してもよい。国家権力の方が大事だ」と言うのだろうか。こんないかがわしい考えと嘘が市民を地獄に落とし、300万人以上の命を奪うことになった。その恐ろしいことについての反省はまったくないようだ。

 

「逆転した日本史」は副題を「聖徳太子、坂本龍馬、鎖国が教科書から消える」という。古代史だけでなく中世、近世について文部科学省の「学習指導要領」による小学校から高校までの「歴史教育」がどう変わってきたかを分かりやすく書いている。

筆者の河合は青山学院大学文学部史学科卒で、高校で日本史を教えた。著作も多く、テレビなどにも出演しているという。
151-2 ここで取りあげたいのは「推古天皇と聖徳太子について」の一項だ。河合は「聖徳太子」のフアンだと言い、
2002年に改訂された教科書から「聖徳太子」の名称が消え、「厩戸(うまやど
皇子」に変更されたことにショックを受けたという。

そして高校の教科書にはこう書いてあったという。

「推古天皇が新たに即位し、国際的緊張の基で蘇我馬子や推古天皇の甥の厩戸王(聖徳太子)らが協力して国際組織の形成を進めた。六〇三年には冠位十二階、六〇四年には憲法十七条が定められた」(『詳説日本史』山川出版社)

そして小学校の教科書はこうだ。

「天皇の子として生まれた聖徳太子は20才の時に天皇の政治を助ける役職である摂政になりました。当時大きな力を持っていた蘇我氏とともに天皇中心の新しい国づくりに取り掛かりました。また、仏教をあつく信仰していた法隆寺などを建てて仏教の教えを人々の間に広めようとしました」(『新編新しい社会 6年上』東京書籍 2015年)

そして2020年から実施された新学習指導要領でもこれは変わらなかった。その解説では「聖徳太子が法隆寺を建立し、小野妹子らを遣隋使として隋(中国)に派遣することにより、政治の仕組みなど大陸文化を積極的に摂取しようとした事」、そのことが分かるように指導せよと述べているという。

 

名前が変更されたのは、一九九九年、中部大学名誉教授の大山誠一氏がその著『(聖徳太子)の誕生』(吉川弘文館)のなかで太子の実在を否定し、かれは政治の中心になるような人ではなかった。後の権力者である藤原不比等や長屋王などによって創作された聖人であると断じたことが関係している、という。

古田武彦らも「モデルは別にいる」とこの件を詳しく論じている。実は戦前から津田左右吉らがその実在を疑っていたが、東大の坂本太郎や国学院の滝川政次郎らが歴史教科書に深く関わったために実在説が定着したとされる。

 

聖徳太子と推古天皇については、このブログで何回も扱った。『日本書紀』には聖徳太子の話がたくさん盛られているが、もちろん「法隆寺を創建した」などとはいっさい書かれていない。「607年にすべての堂宇が焼けてしまった」とは書いている。当時の人々は皆、丸焼けになった法隆寺の跡地に、九州から移築された寺が建てられたことを知っていただろう。

また、「九州年号」の実在や『隋書』の記述からみて『日本書紀』がいう「豊御食炊屋姫(とよのみけかしきやひめ)=推古天皇(在位593628年)」という図式や、世にはびこる「日出る処の天子=聖徳太子」は大嘘であることがわかる。

だから『日本書紀』は「隋からの使者」を「唐からの使者」と偽り、使節団長「裵清」を「裵世清」と変えて嘘を取り繕ろい、おそらく九州倭(ヰ)政権の史書から切り取った記事を「豊御食炊屋姫との会見記事」としてでっちあげているようだ。

当時の天皇(或は天子)は九州の福岡県みやこ町にいたと思われる「阿毎の多利思比孤(あまのたりしひこ=天の足彦、あるいは帯彦)だ。名前や妻の名も記されていて、男性とわかる。『隋書』にきちんと「会見した」と記録されている。この天皇は「九州年号」を建て続けていた国、すなわち「九州倭(ヰ)政権」の天皇であることに疑問はない。

筆者河合は聖徳太子のフアンだというだけあって、偽書であることが証拠立てられている『四天王寺(御朱印)縁起』の記述にも「分かっていても心を動かされて」いるようだ。

 

いかなる国にもない客観性ゼロの「史書」を「正史」と偽り、記述されたすべてを「歴史事実である」としている「国史学界」が文部科学省の学習指導要領の基本になっているのだ。根底にある「帝国主義」が市民の地獄への入り口となったこと、そして子供たちに同じいかがわしい教育を続けていれば、将来の日本でも再び同じ悲劇が訪れる端緒となるであろう。そのことへの反省は何もない。「嘘を誠だ」と教えているからだ。

筆者河合が「聖徳太子フアン」を自称するのは自由だ。が、誤ったデータから導かれた情念であることを自覚しなければならない。小、中学、高校はもちろん、大学の教員も「教えるべき歴史事実」は『日本書紀』からでは決して導くことはできないことを認識してほしいものだ。(20222月)

 

ブログNO.150

 

ウクライナが大変だ。何とかならないか

 

 

 

 共産主義国家の旧ソ連の束縛から逃れて西欧と組しようとしたウクライナが、ソ連の跡を引き継いだロシアに224日、軍隊を送られ、核攻撃も辞さないぞと脅かされて窮地に立っている。

 

まったくとんでもない事態だ。独裁的国家や独裁に陥らざるを得ない共産主義国家の恐ろしさをまざまざと見せつけられた。子供たちをはじめ市民は爆殺され始め、このままだと国家としての存続も危ない。

 

28日には隣のベラルーシで「和平交渉」が始まったが、「軍の完全撤退」を主張するウクライナと「国軍の解体、中立化=傀儡(かいらい)政権の樹立」を主張するロシア側との意見は真っ向から食い違っていて、すぐに話し合いはつかないと見られている。

 

国境を接するウクライナ東部や北部、ベラルーシ側など多方面から一斉に攻撃がなされたが、国境から50キロ内外という首都キエフや第二の都市ハリキウはまだロシア側の手に落ちていないという。

 

「ウクライナに軍隊は派遣しない」と言っていた米国は、ロシア側の攻撃を予想していて、対戦車ミサイル砲などの兵器を送っていた。ヨーロッパ諸国もそれぞれウクライナへの援助を申し出ている。メルケル首相時代を通じて、ガス燃料の供給をはじめ、ロシアとの関係を深めていたドイツも世論に押されて反ロシアに舵を切った。兵器を送るという。

 

怒涛の如くウクライナ領土に侵入したロシア軍だったが、強力なウクライナ軍の抵抗に会い、三日ほどで首都を占領すると言っていたのに、一週間たっても首都に入れない。ウクライナ側の発表ではロシアの兵士4300人余りが死に、戦車や装甲車852台やヘリコプター26機など多数を破壊、撃墜したという。

 

国外に逃亡せず、SNSを通じて「国にいて侵入者と戦う。ともに戦おう」と国民に呼びかけたゼレンスキー大統領は、大統領になるまでは俳優でコメディアンだったという。呼びかけに応じて市民は老若男女を問わず、配布された銃を手に戦いを挑んでいるという。なんという勇気だろう。すごいなあと感激だ。

 

最近たくさん誕生している日本のコメディアンも「それ見ろ」と思っているだろう。そのうち総理大臣になる人も出現するかもしれんね。

 

ユーチューブで盛んに警告が発せられているのは、この事件を日本に置き換えてみる試みだ。多くが中国共産党が尖閣列島、台湾、そして沖縄の乗っ取りに乗り出すだろうとする意見だ。

 

確かに習近平らがこの事件の推移に目を凝らしていることは間違いないだろう。中国共産党はまずチベットで、そして今、新疆ウイグル自治区で回教徒(イスラム教徒)、イギリスから返還された香港で弾圧を強行し、勝手な法律を作って自由の束縛、強制労働、強姦などを繰り返している。

 

日本に向けては、南京占領時に30万人もの一般市民を虐殺したとほとんど嘘を宣伝、尖閣も沖縄も元来中国のものだったと主張する論文を政府の機関紙「人民日報」に掲載している。

 

南京には当時20万人しか市民はいなかった。ほとんどは日本軍が攻めてくると読んで市外に避難していた。南京を守備していた蒋介石の国民党軍が軍服を脱ぎ、市民のような服装をしてゲリラ戦を繰り広げたのだ。南京を訪問した時、小生が知り合いの南京人から直接聞いた話だ。

 

南京虐殺話は毛沢東が自らの大失政(鉄生産など大躍進政策)を隠すためにでっち上げた話だ。いずれ日本のどこかを攻撃するための口実に使うつもりかもしれない。朝日新聞の本多勝一は中国共産党政府の宣伝と用意された「うそ証言」にまんまと乗っかってしまい、大嘘を真実の如く書きまくった。頬かむりを続け、未だに訂正していない。

 

今、日本では自衛隊を正式な国防軍と位置づけし、本格的な軍隊として扱うことを主眼とした憲法改正論議が続いている。現在の憲法は当ブログNO.71124などで指摘しているように、太平洋戦争に勝った米国が日本を二度と軍国主義国家にしないよう、無力化を図って作らせた憲法だ。これは間違いない。

 

非改憲論者が指摘するように、いったん軍拡をするようになれば止めどない軍拡競争になってしまう恐れが強い。だが、かなりな軍事力は必要だ。人間社会のおろかしさは歴史が証明している。とても難しい問題だ。

 

国防を米国や同盟国に頼ってばかりでいることも危険極まりないことだろう。自国を自分で守れないようではいずれは欲望をあらわにしたどこかの国に攻撃され、飲み込まれてしまうだろう。日本の周辺も憲法に言うような「信義にあふれた立派な国」なんて今のところないからだ。

 

条約なんて糞くらえ、と北方領土の返還にも応じないロシアのプーチンが策動するウクライナ占領。うまくいかないよう、国際世論と制裁を高めなくてはならない。ウクライナ市民への援助も絶対に欠かせない。がんばれウクライナ。(20223月)