久本雅美氏の母と昭和の城主の関係 | 自然、戦跡、ときどき龍馬
2018-06-06 01:26:37

久本雅美氏の母と昭和の城主の関係

テーマ:他の偉人・著名人関係

[雅美の父になるはずだった恵山城主]

徳島県の公的機関が発行した観光冊子の一つに、「カラオケ城」(美波町木岐)なるものが掲載されている。掲載写真を見ると本格的な天守閣のようだが、個人宅でカラオケ教室も行っているとのこと。しかし詳細な地図の記載はなく、ネット検索しても中々ヒットしない。

 

そんな中、なぜかお笑い女優の久本雅美氏が出演したテレビ東京の番組内容を紹介したサイトが検索一覧にあった。そのサイトには雅美氏の母で故人の敦子氏とそのカラオケ城の城主との関係が記載されていたのである。尚、以降の内容は当方がそれに基づき、独自に調べたものも含まれている。

 

雅美氏の父・久本雅弘氏と母・旧姓、木里敦子氏は共に美波町の旧由岐町出身。父は漁村・伊座利で母は農山村・木岐の徳竹。二人は戦後、大阪に出て、見合いで顔を合わせ、昭和32年結婚し、翌年、雅美氏が生まれた(下の写真)。

 

尚、当方がカラオケ城に注目したのは、旧日和佐町の山間部の滝に行く際、木岐の近くを通るため、ついでに寄ってみようと思ったのである。

ところで敦子氏は徳竹在住時の高校時代から美しく闊達で、男子や女子からも人気があったという。

 

敦子氏は高校を卒業すると保育専門学校へ進学し、卒業すると保育士となった。専門学校時代か保育士になってからかは分からないが、敦子氏の父・木里政岩氏は地元木岐の敦子の同級生・柿本氏に「うちの敦子を貰ってくれんか。」と言ったという。

保育士として働いていたのは大阪だったため、柿本氏と結婚すれば地元に戻ることになり、また頻繁に会える、と思っていたのかも知れない。

 

前述のサイトには、雅美氏が番組スタジオで、柿本氏の邸宅は「お城のような豪邸」だった旨、語っていたことも記載されていた。ここでカラオケ城=柿本邸ではないかと思い、詳細な住所を打ち込んで改めて検索してみると、「恵山城歌謡スタジオ」(上の地図)がヒットしたのである。これは電話帳にも登録されている名称。

 

前述のサイトには雅美氏が「母の生家跡へ向かう途中、自分が幼少期(親族の法事等で帰郷した時のことか)からあったお城のような豪邸を発見」と記述されていたことから、恵山城の奥の集落に敦子氏の実家跡があるものと推測できる。

 

奥の集落は徳竹のみで、10数年前の住宅地図には三軒の木里家が描かれている。生家跡には雅美の従兄が居住しているとのことだが、その住宅地図には従兄の名前がない。そこでYouTubeで雅美氏が登場する回の「ファミリーヒストリー」を確認すると、従兄の父親の名が映った。その名は住宅地図にもある。これで敦子氏の生家跡が同定できた。

 

そこで先日、滝を探訪する前に高丸山東麓の徳竹集落を訪ねた。が、住宅地図より実際の家屋の数が多く、主屋の区別もつきにくい。住宅地図上で三軒並ぶ木里家の内、一番北の家が生家跡のはずだが、私道沿いとその西上にも家屋が見える。前者が新宅で後者が旧宅か。テレビ東京の番組で雅美氏が訪ねたのは後者ではないかと思われる。

 

三軒の木里家の東向かいの三差路には「木里家先祖の墓」なる墓碑があった。そこから上に何段か墓所があったのだが、敦子氏の先祖墓所は最上段にあった。生家跡も三軒の木里家の内、徳竹川ぞいの上流部にあることから、敦子氏の木里家は徳竹の木里一族の宗家であることが分かる。

 

雅美氏の曽祖父にあたる木里弥三吉(やそきち・上の写真が墓)は由岐町史にも記載されている石工で、日露戦争の出征時はその技術を買われ、ロシアの要塞の破壊に尽力したという。

 

弥三吉の長男で雅美氏の祖父・政岩(上の写真が墓・地図は下)は農業の傍ら、村芝居で女形をやっていた。偶然だが、雅美氏の父方の祖父も地元で女形の芝居を行っていたのである。この二人のDNAを雅美氏は受け継いでいるのだろう。ただ、村芝居で「よろちくびー」等はやらないが。

 

恵山城は木里家先祖墓碑の南東、本村集落にある。木岐奥多目的集会所の東側である。日中、開門されている城門奥に「二の丸」らしき建物がある。恐らくこれが「カラオケ道場」こと、歌謡スタジオだろう。母屋の天守閣はその西に連なっている。以前紹介した西予市の個人が建てた城位の精巧さ。

 

恵山城天守閣は集会所右奥の天王神社参道から見下ろすことができる。参道終点には天王神社の祠と出雲神社の祠(下の地図)が並んでおり、小屋のような拝殿は共有になっている。この二社の改修や修復には当然、地元の柿本氏や敦子氏の先祖も費用負担しており、祭りの日等は敦子氏や柿本氏も足を運び、下の広場で直会に参加していたものと思われる。

 

尚、伊座利は未探訪だが、十数年前の住宅地図には一軒の久本家が描かれており、そこに雅美氏の親類が居住しているものと思われる。雅美氏の名付け親である元侠客と同じ苗字の家もあることから、その子孫か親戚も在住しているのだろう。

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