2011-04-05 17:25:23

坂本龍馬の長州脱藩道の五大峠

テーマ:坂本龍馬脱藩の道長州路関連

坂本龍馬の長州内脱藩の道の峠はどれも標高が低く、ウォーキング程度で簡単に越えることができます。

自然、戦跡、ときどき龍馬-佐野峠碑


長州脱藩道は平野部が多いとは言え、名の付く峠や坂はかなりの数ありました。現在ではその多くが車道化されていますが、何割かは往時のまま残っています。


その多くの峠のうち、目ぼしいものは以下の通りになります。尚、下記の峠名の「峠」はいずれも「たお」若しくは「だお」と読みます。


[1]佐野峠(防府市)

長州脱藩道のうち、最初に現われる顕著な自然、戦跡、ときどき龍馬-追剥峠の国境碑 で、藩の参勤交代時の駕籠立場でもあり、茶屋もありました。


この峠は文化二年、この地を訪れた文人・大田南畝によって全国に「中国路随一の見晴らし」と紹介され、その名は全国区となりました。


現在、峠一帯は「佐野峠水道公園」として整備されており、今でも防府平野から大海湾を見渡すことができます。山陽自動車道・佐波川SA上の巨大な貯水タンクの横です。

東麓の西ケ原下池沿い車道と登山口にそれぞれ、道標が立っており、古道が残っています。


[2]追剥(おいはぎ)峠(山口市と宇部市の境)

現在は国道2号が一直線に貫いているため、傾斜もあまりなく、峠の風情は皆無ですが、かつては峠の標高は今よりも高く、道は鬱蒼とした樹林の中を曲がりくねって上がっており、よく追剥が出没したと言います。自然、戦跡、ときどき龍馬-玉木坂の西側の道


今は峠跡にその名も「お食事処・おいはぎ峠」が建ち、身包みを剥されることなく、安心して食事ができます。


また、この峠は藩政期の周防国と長門国との国境で、峠に建っていた国境碑が今、10mほど西に移設されています。


[3]玉木坂(宇部市)

別名「どんだけ道」。これは去年、龍馬とIKKOとの無理矢理な関係を述べた記事で解説しました。こちらも古道が現存。登山口に道標あり。


[4]船木峠(宇部市)

こちらは峠自体は藪化し、廃峠となっているため、峠に立つことはできませんが、峠のやや西方から麓までは当時のままの古道が残っており、龍馬の追体験ができます。自然、戦跡、ときどき龍馬-船木峠西側の道


その入口は、国道2号の方の峠から少し下った南側にあるレストランの東。急傾斜の道の最上部終点から斜面を上がったところが、藩政期の峠道。かつて複数の茶屋がありました。


[5]蓮台寺峠(山陽小野田市と下関市との境)

峠北方にある花山天皇開基の寺・蓮台寺から名付けられた峠。峠道の八割方は車道化されているものの、峠から東方は何年も前の豪雨で路肩が崩落しているため、車での通りぬけは不可。

自然、戦跡、ときどき龍馬-蓮台寺峠


車道は未舗装林道で、道沿いの田園や樹林を愛でながら、楽しくハイキングできますが、八合目位から峠までは途中、藪化しているものの、古道が残っています。


この峠も参勤時の駕籠立場で、峠手前(古道の方)の北側には、藩主が休憩していたであろう屋敷の井戸だけが残っています。峠には庚申塔と開作記念碑が並んで建っています。


当ブログでは脱藩道の解説は現在、高知県梼原町の箇所。山口県の脱藩道が解説されるまで待てない、という方は拙著「長州・龍馬脱藩道」を。

尚、当本は登山の全国誌「岳人」の先月発売号にも紹介されました。

最後までお読み戴いた証に次の二つのバナーをプリーズ・クリックonMe&東日本大震災義援金バナーにもご協力を。

にほんブログ村 歴史ブログ 坂本龍馬へ
にほんブログ村

AD
いいね!した人  |  コメント(0)  |  リブログ(0)

AD

油未使用のヘルシーフライヤー 無煙無油の卓上遠赤グリルで何でも焼ける HDD&ブルーレイレコ内臓小型テレビ レコードをCD以上の音質で聴くにはこれ

ブログをはじめる

たくさんの芸能人・有名人が
書いているAmebaブログを
無料で簡単にはじめることができます。

公式トップブロガーへ応募

多くの方にご紹介したいブログを
執筆する方を「公式トップブロガー」
として認定しております。

芸能人・有名人ブログを開設

Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
ご希望される著名人の方/事務所様を
随時募集しております。