バラマキは生産の源となり、労働の価値を生み出す | うずらのブログ
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積極的な財政金融政策による豊かで成長力に満ちた社会を目指します

積極財政策を恐れ忌み嫌うバカが持ち出す批判のパターンは、
① 通貨価値が毀損する
② 金利が急騰する
③ 国債利払い費が増える
④ ハイパーインフレになる
⑤ 日本終了
といったループをぐるぐる回り続けるのが常だ。

これらはすべて、積極財政派の論者によって散々論破され尽くしたものばかりだが、元来他人の声に耳を傾けることのない増税緊縮派のバカどもは、何度論破されてもそれを認めず、敗着を打ち続けるから滑稽でしかない。

彼らの態度で最も醜いのは、増税緊縮策がもたらす社会的な弊害、例えば、供給サイドの没落や国民所得の低下、通貨価値の毀損、スタグフレーションなどといった諸問題噴出の責任を積極財政策に押し付けようとする態度である。

『やっぱりMMTに飛びつくべきではないたった一つの確かな理由』(佐藤治彦/経済評論家)
https://hbol.jp/224004

以下、佐藤氏のコラムから文章を抜粋し、その誤りを指摘していく。

「MMT理論に基づいて、もっと財政出動をしよう。金のない人に金を渡し、古びた道路や鉄橋、公共施設を建て替え、インフラを21世紀後半にも耐えうるものに造り替えよう。(略)どんどん国債を発行し、現金を刷って使えばいい。何しろ、元本も利息も日本円で返せばいいからだ。コロナで困ってる今ならば、特別定額給付金も1人10万円なんてみみっちいことを言ってないで、1人100万円、いや500万円渡したらいい。
この文章をここまで読んでくださってる読者で、経済のことにあまり関心がない人でも、そんなことはきっとおかしい。それは、何が何でもちょっと滅茶苦茶だと感じるだろう。直感でダメだと思うのだ。私は、その感覚こそ正しいと考える。」


→インフラ投資の増進や国民への給付金大増額…、需要不足に起因する日本型不況を克服するにこれほどの妙案はあるまい。
 これを滅茶苦茶だと感じる思考自体が負け狗根性そのものであり、インフラ老朽化や地域経済の衰退、国民の貧困化に無関心で国内に山積する課題を解決しようとする意志に欠けるナマケモノの発想だ。
 こういう感覚の持ち主は、ガラクタになったインフラやボロ雑巾のような社会基盤、つまり先進国の名に値しない没落国家というツケや借金を次世代にブン投げようとするクソ野郎と言ってよい。


「だから、私は容易に想像できる。MMTを民主主義国家で本格的に採用するとなったら、選挙を前に政治家たちは大盤振る舞いの競争をするだろう。あなたにも、あそこも、もっと金を出す必要があると始まるはずである。」

→佐藤氏がMMTを揶揄するために書いた「(MMTによると)政府はもっと臆せず財政出動していい。どんどん金を使っていいことになる。なぜなら、国債の元本も利子も、貨幣を刷ることによって、いくらでも、確実に返済できるからだ」の部分は、別にMMTを持ち出さずとも、管理通貨制度下の国家が当然有する通貨発行権で十分説明できる。
 よって、MMT云々以前に、社会基盤の強靭化のため政府は臆せず財政支出すべきだし、“自国通貨建て債務のデフォルト”とか“日本は財政危機”という概念自体が存在しえないゆえ、政治家連中はもっと声高に選挙向けの大盤振る舞いをせねばならなかった。
 だが、現実には、そうした訴えをする政治家などごく一部でしかなく、緊縮思考や新自由主義思想に染まったアホな政治家どもは、国民に負担と試練を課すのが真の政治家だと勘違いし、大盤振る舞いどころか増税や社会保障の削減ばかりを訴えてきた。
 政治家連中は、成長意欲を失った日本人にとって、希望よりも試練の方が、幸福よりも負担の方がより大きな歓心を呼び起こすことを感じ取り、自らを現実派の政治家だと売り込むため、選挙のたびに苛政を訴えるのがもはやトレンドと言ってよい。
彼は、そんなことも解らぬのか?


「私は1970年代の原油価格高騰によって引き起こされた狂乱物価を経験している。バブル経済の狂気も渦中にいた。インフレ率が高くなってきたので、積極財政をやめ増税し金融をひき締めて落ち着かせよう。実際の経済は、そんなにうまく手綱をさばけるものではない。むしろ、物価高に一度火がついてしまえば、実質15%や20%のインフレになるかもしれない。私はそう危惧する。」

→バブル期のインフレ率はせいぜい2.5~3%程度でしかなかったのは有名な話だが、佐藤氏はそんなことも知らないのか?
 狂乱物価とやらを持ち出してインフレの恐怖を煽るつもりだろうが、「消費者物価指数は1973年で11.7%、1974年で23.2%上昇、1974年の実質GDPは-0.2%となった。春闘での賃上げ率は1973年で20%、1974年で33%上昇した。(Wikipediaより)」で話は終了だ。
 なにせ、賃上げ率が物価上昇率の1.4~1.8倍にも達した“幸せな時代”なんだから、そんなものを例え話にしても、現代人にしてみれば「なんだ…、給料がぐんぐん上がった時代の自慢話かよ!」ってなもんだろう。


「もしも、日本円が過去30年間のような安定感を失ってしまったら、日本からの資本逃避=キャピタルフライトが起こる可能性は否定できない。」

→過去30年は安定感どころか、日本人の所得を減らし、日本が世界唯一の非成長国に成り下がった“没落の30年”だったが、緊縮主義者が大好きな資本逃避とかキャピタルフライトなど微塵も起きていない。
なのに、積極財政により間違いなく好景気に沸くであろう日本経済から、いったい何処の誰が資本を逃避させるというのか、具体的に説明してもらいたい。
 政府による莫大な財政支出は、企業や国民の消費や投資を大いに刺激し、そこに商機を見出す国内企業の人材投資や技術開発、設備投資、IT投資などを誘発する。
 そして、日本経済の爛熟ぶりを欲の深い外国資本が見逃すはずもなく、こぞって日本への投資に乗り出し、日本円の需要はますます高まるから、キャピタルフライトどころか空前の円投資ブームを惹き起こすだろう。


「世界的に金余りの市場参加者は日本の弱みをひとつひとつ取り上げて、円と円資産を売り浴びせる口実を探し始めるだろう。日本の中央銀行のバランスシートはめちゃくちゃだ。債務残高が先進国で飛び抜けて大き過ぎる。生産性が低い。成長率が過去30年間、ほとんど1%程度だ。資本効率が良くない。災害大国である。国際金融市場はこうした日本の売り要因を見つけてとことん貶める。日本円の資産を持つ人や会社が逃げていくだけではなく、先物市場で空売りが始まり、デリバティブ市場から、どでかくレバレッジを効かせて売りに来る連中も出てくる。」

→“政府債務残高の多さ、生産性の低さ、低成長率、災害大国”なんてのは今に始まったことじゃないのに、国際金融市場とやらの有象無象の連中がいまだに円を売り浴びせないのはなぜか、佐藤氏にきちんと説明してもらいたい。
 金融マーケットによる円売りというオオカミ少年の常套句は、いい加減聞き飽きた。
 仮に日本政府が政府紙幣を大増刷したとしても、マーケットで起きるのは大規模な円売りではなく、国内投資の大活況を見越した円買いだろう。
 金融マーケットに巣食う博徒どもは哲学や倫理観など持ちえない連中ゆえ、円の大増刷という積極策に対する批判よりも、眼前に噴出する円需要の暴発という商機に飛びつくしかあるまい。


「インフレが起きれば金利は上がっているだろう。そして、その時に日本は1000兆円の政府債務が重いのにも気がつくはずだ。1%金利が上がれば、借り換えたあとは毎年10兆円多く利息を払うことになる。2%なら20兆円多くなる。」


→国債は固定金利ゆえ、平均残存期間が9年2ヶ月ほどの現有国債がすべて借り換えられるまで利払い費が急増することはない。
 まぁ、国債の利払い費が増えるのが気に喰わぬなら、日銀に国債を買い取らせて永久国債化するも善し、政府紙幣発行額(現在2千億円ほど)を大幅に増やして財源とするのも善し、打つ手はいくらでもある。


「原発も理論上は制御できるはずだった。問題が起きても抑え込めるはずだった。しかし、できなかった。」

→東日本大震災における福島第一原発の津波被害を以って原発が制御不能に陥ったなどと大嘘を吐くのは止めてもらいたい。
 まず、原発事故は人災ではなく、誰も予想し得なかった大規模自然災害による天災であることを理解し、そうした事実を前提に論ずべきだ。
 佐藤氏は、原発事故=人智による制御不能と勝手に結論付けているが、何のことはない、福島第一原発は残念ながら廃炉せざるを得ないとしても、反原発ゴロのキチガイが大騒ぎするような放射能被害などまったく起きていないし、原発事故による直接の死者は一人も出ておらず、十分にアンダーコントロールの状態にあると言えよう。
これのどこが制御不能なのか? まったく理解に苦しむ。
 いまや、福島第一原発の現場に近づくもので、物々しい防護服を着る者はいないし、福島県産の海産物や農産物の安全性を疑う非国民もごく一部の偏屈物だけだ。


「日本をMMTの実験場にするべきではないと思うのだ。」

→佐藤氏は、「(MMTをやると)金利は高めで、通貨安で物価高になり不況にもおちいった、そんなスタグフレーションの状態(になる)」、「MMTは単にインフレを引き起こすだけではない、国の経済の基本であり、血液である、お金、通貨に対する信頼感を貶めてしまう」と批判しているが、そうした惨状をもたらすのはMMTが属する積極財政主義ではなく、彼が信奉する増税緊縮主義であろう。
 通貨が信認を失い過度なインフレを招来する原因は、通貨価値を担保する主要な土台の一つである供給力(人材・科学技術力・生産力・サービス提供力・流通網など)の劣化や陳腐化にある。
 供給力とは、使えば使うほど高度化・進化・強靭化するが、逆に稼働率が低下するほど加速度的に劣化してしまう。
佐藤氏が忌み嫌うバラマキは、供給力の稼働率を上げるのか、下げるのか?
 彼が大好物の増税緊縮主義がもたらす不況は、果たして供給力の稼働率を上げられるのか、下げてしまうのか?
 そんなものは小学生でも解る問いだろう。
 通貨や貨幣の経済的効用を理解できぬバカに限って、円を増刷しても供給力は高まらないと文句を垂れるが、円の増刷は国内の経済主体(家計・企業)の所得を増やして購買力を高めるから、消費と投資を刺激し、その対価として生産・供給されるモノやサービスを飛躍的に増大させるのは当然である。
 通貨の価値を貶めたがる観念論者は、労働本位制だのという空論を崇拝し、バラマキを卑下するが、バラマキ=カネを使うという行為は、必ず、カネと交換されるモノの生産やサービスの提供、つまり「労働」を生み出すという事実を直視すべきだ。

 四半世紀にも及ぶ不況を生み出したのは、緊縮財政に端を発する所得低迷と需要不足であり、これまでの常識ではインフレ誘発剤としてご法度だったバラマキ政策に対する認識を改め、それを積極的に活用すべき時機に直面している。

 いまは、日本が30年不況に突入するか、20年不況からの大脱出に成功するか、まさに剣が峰であり、古ぼけた常識や固定観念を一掃せねばならない。

 佐藤氏をはじめとする増税緊縮主義者の連中は、需要不足型不況に対する認識が極めて杜撰で、変化や進化に背を向け緊縮政策や増税を繰り返し、民から所得のみならず未来への希望をも奪い、日本経済を成長軌道に乗せまいとする非国民そのものだ。

 変化を嫌う彼らに未来などない。
 日本を増税緊縮主義による永久不況の実験場にしてはならない。